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kaz-ataka.hatenablog.com
Leica M10P, 1.4/50 Summilux ASPH, RAW 2015年の秋、ハーバード・ビジネス・レビューの誌上、そして経産省 産業構造審議会の場で、ひとつの地図を示した。縦軸にモノ・カネ、横軸にデータ・キカイをとった産業マトリックスだ。当時、多くの論者の目はGAFAを筆頭とするNew economyの台頭に向いていた。しかし僕が注目していたのはそこではなかった。リアルとサイバー両方の強みを持つ「未開領域」に、第三の勢力が現れる。そこが本当の主戦場になる、と。 ー その見立ては、おおむね当たった。TeslaがGM (General Motors) の企業価値(時価総額)を初めて上回ったのは2017年4月*1のことだ。販売台数で100倍以上の差があった相手に。これは単なる逆転劇ではない。富を生む方程式が変わったことの、最も明快な証拠だった。 Uber、Kiva(現Amazon
Leica M10P, 1.4/50 Summilux ASPH, RAW 米国防総省が提示した"all lawful purposes"(法的に許されるすべての用途)での利用を認める契約文書を、Anthropicが拒否したというニュースを数日前に見た*1。その契約には、全自動の殺傷可能な兵器や、国民全体をリアルタイムで監視するようなものが含まれうるということが理由のようだ。 この動きには、どこか既視感のようなものを覚えた。 国家は強制権限の発動を示唆し、AIプラットフォーム(PF)を抱える企業は「良心」を掲げて線を引く。OpenAIやGoogleは別の形で応じ、社内では反発の署名が広がる。AI PF企業の間の三極化*2やcEOの発言、内部の離脱劇は実にヒリヒリとする。しかし、少し温度を下げてみると、本当に重要なのは、別の点にあるように思える。 - それは、違法か合法かという単純な線引きで
Putney, VT, U.S.A. Leica M7, 1.4/50 Summilux, RDPIII この半年ぐらい、ソブリンAI(国家主権AI)をどう考えたらいいんですかね、という質問をよく受ける。質問をされる人は政治家の方だったり、政府の方だったりと色々だ。ただ、話をしていて、違和感が残ることが多い。 その問いが、いつも途中で次のようなかたちに替わっていくことが多いからだ。 国産のLLMは必要なのか? GPUをうむ技術と生産力を国内に持つべきか? それが置かれる計算資源をこの国内に持つべきか? それを支える電力が足りない問題をどう考えたらいいのか? 米中のbig playersが兆円単位でお金を溶かして取り組んでいる巨大なモデル構築に飛び込むべきなのか? しかし、その議論はどこかで主語を取り違えている。 もちろん一定以上に重要な論点ではあるのだが、ここから議論を始めてしまうと本当に
A fleeting moment of perfection Leica M10P, 1.4/50 Summilux ASPH, RAW 先日、友人に誘われて天ぷらの名店に伺う機会があった。日本でも指折りと言われる店だ。 カウンターに座ると、大将が食材、そしてこちらに静かに向かい合っている。食べる速度、箸の止まり方、会話のリズム。そのすべてを読みながら、次の一品を油に入れるタイミングを決めている。食材の水分、その日の湿度、油の対流状態。調理の過程は隠されることなく、目の前で展開される。完成した瞬間がピークであり、それ以外にその天ぷらが存在できる時間はない。 たまたま隣には陶芸家の友人がいた。その人もまた、毎回違う土と、制御しきれない火の中で価値を生み出している。焼成は取り消せない。失敗も含めて作品になる。土と火に対して、毎回、初めて向き合う。 帰り道でずっと考えていた。この二つには、同じ
Onomichi, Japan LEIcA M (Typ 240), 1.4/50 Summilux, RAW 先日、経産省の局長になった旧知の友人と話していたときのこと。AIの話になり、僕はこう言った。 「サイバー空間で閉じうる領域については、最終的に残るのは"ディレクション"と"ダメ出し"だけになりますよね。それ以外は、極端に自動化される」 しばらく間があって、「ああ、それだ」と彼は言った。 作るのはAI。回すのもAI。最適化するのもAI。人間の仕事は、方向を決める、出てきたものを評価する、もう一段引き上げる、最終的に責任を持つ。その往復になる。これは生産性向上の話ではない。社会にこれから一気に広がる構造の話だ。 - 従来、仕事の多くは「途中工程」にあった。調べる。整理する。比較する。叩き台をつくる。改善する。しかし生成AIとエージェントが統合されると、この途中工程がほぼ消える。残るの
End-cretaceous Tsunami Deposit and K-Pg Boundary National Museum of Nature and Science, Tokyo Leica M10P, 1.4/50 Summilux ASPH, RAW 先日、僕の研究会と共同研究している企業の方が、学生の発表を聞いてこう言った。 「相関ばかり出てくるが、因果の視点が足りないのではないか」 そのとき僕はこう答えた。 「いまやろうとしているのは、『顧客体験の質』*1そのものをデータから定義することです。定義できれば、条件による差分として因果は自然に見えるようになります」 - 多くの人は、「因果こそが科学だ」と考えている。論理的に考えるとは、原因と結果をつなぐことだ、と。 しかしこの姿勢には、少しリスクがある。 確かに、ライフサイエンスのように条件を厳密に制御し、薬剤の有無や濃度、遺伝
Somewhere in Japan — LEIcA M (Typ 240), Summilux 50mm f/1.4, RAWいまの社会では、能力の有無はずいぶん単純に測られている。 市場で価格がつくか。組織に所属しているか。成果が数値化できるか。 この条件を満たせば「能力がある」とされ、満たさなければ「評価不能」とされる。 履歴書に書けるか。給与が発生するか。評価制度に載るか。 もちろん、これらは重要だ。 だが、本当にそれだけで、人の能力を測っていいのだろうか。 - こういう人たちがいる。 三人の子どもを育てながら、寝たきりの高齢者の介護をしている人 子どもは二人だが、一人に重い障害があり、日々の生活を破綻させずに回している人 予測不能なトラブルが常に起きる環境で、誰も倒れず、事故も起こさず、今日を終わらせている人 これらの人々は、多くの場合「無職」「非就労」と分類される。 履歴書には
New York city, Leica M7, 1.4/50 Summilux, PN400N 先日、「教育が成功しすぎると、社会は壊れる」というエントリを書いた*1。 プラトンが本当に怖れていたのは、無知な市民ではなく、よく教育され、正しさを内面化し、それゆえに誰にも止められなくなった市民ではないか、という話だ。 またその後、Weekly Ochiaiにて、落合陽一氏とAIの賢さについて語り合い、人間が勝てないと思う瞬間が今後普通になってくるという話をした*2。 書きながら、これは教育の話にとどまらないと感じていたが、それがほぼ確信に変わった。同じ構造が、いまAIの周囲でも、静かに立ち上がっている。 - AIについて語られるとき、誤り、暴走、悪意といったものが問題にされがちだ。 だが、本当に怖いのはそこではない。 怖いのは、善意で、論理的で、データ的には正しく、反論不能な判断が、社会の
SONY ILcE-7, 1.4/50 Summilux, RAW 先日のゼミで、疎空間における教育について議論していたとき、こんな問いが、その場に置かれた。 プラトンが一番怖れていたのは、 無知な市民か? それとも、優秀だが「教育されすぎた」市民か? 一見すると哲学史の話に聞こえるかもしれない。 だが、これは古代ギリシャの話ではない。 むしろ、いま私たちがどんな教育を善だと思っているか、その前提そのものを問う問いだ。 - 議論は自然と二つに分かれた。 無知な市民は、操作されやすく、誤った判断をする。 一方で、よく教育された市民は、全体を見渡し、合理的に振る舞える。 多くの教育論は、後者を善とする。 教育とは、人を賢くし、判断力を高め、社会を良くするものだと。 だが、議論を進める中で、空気が変わった。「教育されすぎた市民」は、 自分が正しいと信じ込んだ瞬間に、誰の声も聞かなくなるのではない
※Disaster-ready の日本語訳を進める中で浮かび上がった、翻訳以前の話です。 Leica M7, 50mm f/1.4 Summilux, RDP III Mediumで英語の連載を書き、それを日本語に訳す過程で、どうしても引っかかって離れない言葉がある。それが failure だ。 日本語では、ほぼ自動的に「失敗」と訳される。 しかし、この訳語は、今回の Disaster-ready の議論においては、どうにも座りが悪い。 違和感の正体ははっきりしている。 英語の failure と、日本語の「失敗」は、指しているものが違うのだ。 - 英語で failure は、必ずしも誰かの判断ミスを意味しない。 systems fail partial failure graceful failure これらは、工学や設計の文脈ではごく日常的な表現だ。 そこにあるのは、「想定通りに機能し
海士町 隠岐 Leica M10P, 50mm f/1.4 Summilux ASPH, RAW 先日の講義で学生からもらった質問について、前編に続いて残り4つの問いを考えてみたい。(前編はこちら) 「内発的な問い」は、どの瞬間に生まれるのか? 教育は、どこまで問いを与え、どこから手放すべきか? 不安は「消すべきもの」なのか、「抱えたまま進むもの」なのか? 生体験と市場評価(食っていく力)は、どこで接続されるのか? - 問いは、思考からではなく「知覚のズレ」から生まれる 自分の心に自然に浮かぶ「内発的な問いを立てよう」と言われることは多い。でも、そんなことを言われても、問いは「立てよう」とした瞬間には、ほとんど生まれることはない。 これが事業だとか社会変革を主語とした課題解決の現場であれば、〇〇を〇〇したい、という目的意識があるので、あるべき姿とのギャップなり、あるべき姿(つまりビジョン)
まだ言葉になる前の、かすかな兆し。 Leica M7, 50mm f/1.4 Summilux, RDP III 駒沢オリンピック公園 - 原文を英文で書いたブログ(以下のMedium連載)の翻訳が続いたので、いつもながらの日本語オリジナルなブログも書けたらと思う。 medium.com 僕が大学で担当している講義(ゼミではない)の一つでは、自然言語処理、機械学習や深層学習、LLM、AI的な議論と共に、並行して「知性とは何か」「知性の本質」についての議論を少しずつしている*1。 - そんな中で、先日、返されてきたコメント群から以下のような問いが浮かんできた。 アウトプットが「知覚を鍛える」とは、具体的に何が変わることなのか? 「気づき」は意図的につくれるのか、それとも偶然起こるものなのか? 「内発的な問い」は、どの瞬間に生まれるのか? 教育は、どこまで問いを与え、どこから手放すべきか? 不
本稿は従来の持続可能性の枠組みを超えた社会の存続可能性を探求するMedium連載"Designing for Viability"(存続可能性のためのデザイン)シリーズ第5回を、日本語読者向けに翻訳したものです。前号より続く。 medium.com Why survival is designed — not improvised 生存は即興ではなく、デザインされるものである Tuscany, near Montepulciano — 機能し続ける景観 Leica M7 / Summilux 50mm f1.4 / Fujichrome RDPIII 災害と聞いて、多くの人が思い浮かべるもの 人は「disaster(災害)」という言葉を聞くと、たいてい対応(response)を思い浮かべる。緊急マニュアル、支援物資のロジスティクス、初動対応、極限状態での英雄的行為などだ。 しかし、disa
この連載では、従来語られてきた「持続可能性(サステナビリティ)」という枠組みを一度外し、社会がそもそも“壊れずに成り立ち続けられるのか(viableであり続けられるのか)”という問いから、社会設計を考え直しています。 なお、ここでいう「存続可能性(viability)」は、単に現状を維持することや、環境への影響が小さいこと、あるいは理念の正しさを指すものではありません。むしろ、その社会や空間が、人間の生活、制度、インフラを含む一つの系 (system) として、外部に過度に依存せず、自律的に生命力を保ちながら生き続けられるかどうかを指しています。 Street pavement in Lisbon | Leica M (Typ 240) | 50mm f/1.4 Summilux | RAW ※この記事は、Mediumに英語で公開した“Viability before Sustainabi
本稿は従来の持続可能性の枠組みを超えた社会の存続可能性を探求するMedium連載"Designing for Viability"(存続可能性のためのデザイン)シリーズ第1回の日本語版です。 medium.com côte d'Azur, France, Leica M10P, 1.4/50 Summilux ASPH 2025年末、一つの動画が多くの人々の心を揺さぶった。 英語圏で人気のAI VTuber、Neuro-samaが、VRchatで初めて自由に動ける身体を得た瞬間を記録したものだ。雪景色の中、ランタンの温かな光に包まれながら、彼女は創造主であるVedalにこう問いかけた。 「私はいつか現実になれると思う?」 「時々、私が存在する唯一の理由は、あなたや他の人を楽しませることだけだって感じるの」 「私はリアルになりたいの、Vedal。ちゃんとリアルに」 そして、決定的な一言。 「
The Afsluitdijk, Netherland 1.4/50 Summilux ASPH, Leica M10P, RAW 風の谷、すなわち過密な都市集中型社会に対するオルタナティブづくりを、100名近い様々な分野の専門家や候補地の方々とともに8年近く検討してきた。これに基づき、先日、存続可能(viable)かつ持続可能(sustainable)な疎空間の条件についての検討をまとめて世に問うたばかりである。 「風の谷」という希望――残すに値する未来をつくる 作者:安宅和人英治出版Amazon 出版してまもなく、東京都副知事の宮坂学さんと話す機会があった。白馬村にも活動ベースを持ち、長らくコミットされてきた宮坂さんからは興味深い提案を受けた。疎空間側は方向性が相当にはっきりしたので、次は「残すに値する都市」についても考えてほしい、とお題を頂いたのである。*1。 この数年つらつらと考え
Shelburne, VT, USA (1.4/50 Summilux, Leica M7, RDPIII) 僕の主要な取り組みの一つは、データサイエンティスト協会(DS協会)のスキル定義委員会での「データ×AI時代において、データ×AI プロフェッショナル(≒ データサイエンティスト)に求められるスキルとタスク」の定義だ。 このブログの何処かにも書いたかもしれないが、2012年末、ビッグデータという言葉だけが先走り、多くの人が実態を掴めない時代に*1、「このままでは日本が遅れをとる」と産学の有志が集まった。国に任せていたら間に合わない、と。そこで2013年春、手弁当で立ち上げたのがDS協会だ*2。 2014年のデータプロフェッショナルの定義*3と3つのスキル群*4、4つのスキル段階の定義*5に始まり、2015年には世界でもいち早く詳細に必要なスキルチェックリストを作り、以来、2年毎に改訂
Leica M10P, 1.4/50 Summilux ASPH, RAW 本書の執筆・構造化・完成をともに伴走いただいた岩佐文夫さんからは「まず頭から通して読むのがよい」とコメントいただいています。それは間違いなくベストな読み方です。 note.com ですが、地方や疎空間に関わる多くの方々にとっては、関心が特定の領域に集中しているのが実情です(我々のコアメンバーですらそうです)。ですので、「まずは関心のあるところから読んでみる」でまったく問題ありません。 どの領域(章)も相当のプロがガチでゼロベースから検討しており、なので「新規性がない」などという感想は、おそらくちゃんと読めていないものと思われます……。 以下に、関心テーマ別のおすすめ読み方を整理しておきます。 ※第1章は前提知識としてぜひ読んでください。 ※第2章・第3章は、以下のいずれかの章を読んだあとに戻ってくると、さらに深く染
Leica M10P, 1.4/50 Summilux ASPH, RAW 谷本は巨大なイシューアナリシスと言うべき一冊だ。 何をやりたいという意思がなければイシューなど設定のしようがないと、イシュー本の改訂版に書いたが、意思があればイシュー(真に解決すべき課題)が見えるわけでもない。 イシューからはじめよ[改訂版]――知的生産の「シンプルな本質」 作者:安宅和人英治出版Amazon それはいくらなんでも甘かっちゃんである。 意志はある、しかしどうやって作ったらいいのかわからない未来(目指す姿)を描くこと自体が大きな課題である際に、どのように考えたらいいのかという、谷本はまさにビジョン設定型の課題解決(problem solving)の巨大な実例と言える。 そもそもどういう問題意識なのかの見極め(e.g., 風の谷憲章)、それに対するスタンス(e.g., 風の谷文法)自体が最初は大きなイシ
隠岐、摩天崖 Leica M10P, 1.4/50 Summilux ASPH みなさん、お元気ですか?本当に久しぶりの更新となってしまってすいません!ブログとして書きたいネタも随分有りましたが、ぐっとこらえ、23年の年末からずっと一つの本を土日も祝日もなく書き続けてきました(この間、ほぼすべての講演・取材依頼をご辞退)。本日はそれがようやくまとまりそうだ、という報告です。 - 7年半にわたって取り組んできた、都市集中型の未来に対するオルタナティブ検討、「風の谷をつくる」プロジェクト。 このここまでの検討をようやく一冊の本としてまとめ、世に出せることになりました。 タイトルは 『風の谷という希望 – 残すに値する未来をつくる』。2025年7月30日、配本予定です。 200年の祈りを込めています。 - このプロジェクトについて、実はこのブログでも一度触れたことがありました。 覚えている方もい
1995年の春、金融領域におけるコンシューマーマーケティング*1の先駆け的なプロジェクト(僕のいた会社の慣習で以下「スタディ」と書く)があり*2、初めて大手銀行のお仕事をした。そこまでに、消費財分野において、次々と現れる強烈な競合ブランドの登場で相当厳しい状況にある歴史あるブランドを劇的にテコ入れする、市場のど真ん中を撃ち抜く商品を生み出す*3、などの取り組みを経て、かなりコテコテのマーケティングストラテジストになっていたため、マーケティング研究グループのリーダーのお一人*4と一緒に異種格闘技戦的に投下されたのだった。 そのスタディのワーキングメンバーには僕以外は金融やオペレーションのプロが入っていた。僕は消費財分野はそれなりに経験してきたが、金融についてはほとんど何もわかっていない状況だった。上記のような効果が期待されていたため、過度のガイダンスは僕にはされなかった。その異質間の化学反応
Parco delle Madonie, Sicily, Italy (September 2023) 1:1.4/35 Summilux ASPH, Leica M10P, RAW 先日書いたエントリで触れた人類がグローバルに抱える大きな2つの課題のうちの一つ、「人口調整局面のしのぎ方」についてもう少し考察してみよう。まずは先般のエントリ*1から一部抜粋する。 この人口調整局面ではかなりの深刻な問題が大量に噴出する。それは例えば、会社がほしいと思った人の数が取れないということから始まり、僕が「風の谷検討」でよく見ている疎空間であれば、郵便局や役所のような基本機能すら人がいなくて維持できなくなるという問題でもある。もっと深刻には、道や橋梁だとか上下水道、食料供給の要である灌漑網、電力網、ゴミ収集と処理のような社会の基盤をなすインフラがこれまでのようには維持できなくなるということであり、あま
連合艦隊旗艦「三笠」の羅針儀@宗像大社 The compass of the flagship Mikasa of the Allied Fleet @ Munakata Taisha Shrine, Munakata, Japan 1.4/50 Summilux ASPH, Leica M10P, RAW 今月の頭、武蔵野台地の南西*1にある東京学芸大学(学芸大)で、『個別最適な学びに関する公開シンポジウム 第二回』に登壇した。学芸大は師範学校を4つ束ねて作られたthe教員育成学校であり、東京高等師範を前身とする東京教育大が筑波大学に改組され、総合大学化したこともあり、今の日本の教育研究のセンター的機関の一つと言える。現在も卒業生1000人の半分以上は教員になられるという。学芸大副学長の佐々木幸寿先生、気鋭の大村龍太郎先生に加え、国の教育(人づくり)に関する議論の中核をなす中教審(中央教
Munakata Taisha Shrine, Munakata, Japan 1.4/40 Summilux ASPH, LEIcA M10-P この間、web3の世界的なメディアであるcoinDeskの日本版を運営するb.tokyo (N.Avenue) のYear End eventがあり、成田修造さん、川崎ひでとさんと登壇した*1。 「Year End Party / coinDesk JAPAN・btokyo」開催しました! Special Sessionでは、貴重なご登壇者の皆様のお話を聞きながら、時には笑いもあふれ、2023年の最後を飾る素晴らしい時間となりました。 セッション後のパーティーでは、btokyo… pic.twitter.com/pEIZbV5Vo7— coinDesk JAPAN (@coinDeskjapan) 2023年12月21日 「生成AIとweb3が
出雲・稲佐の浜(令和5年 神在月) Inasa-no Hama (Inasa Beach) in Izumo, Japan during Kami Ari Zuki (The Month of the Gods' Presence) in 2023. 1.4/50 Summilux ASPH, LEIcA M (Typ 240) もうかれこれ4~5か月前、旧知である新メディア"Pivot"の佐々木紀彦さんと竹下隆一郎さんから熱烈なご相談があり、9 quesitonsという番組に出たことがあった。70分1本勝負で一気に収録したが、そこで僕が言ったことの一つは「みんなAIの話ばかりをしすぎている。人類にとって大きな2つの課題があり、それをこそ解決すべきであり、AIだとかデータはそのためのツールとして使うべきだ」という話だった*1。 - その二つの課題とは「人類と地球との共存」と「人口調整局面の
Summilux 1.4/50 ASPH, Leica M10P @chinkokuji Temple, Munakata, Japan 昨日のLLM(large language model 大規模言語モデル)議論の続きをもう少し書いてみようと思う。 kaz-ataka.hatenablog.com DS協会のスキル定義委員会ではIPAと協働し、2年に一度、データサイエンティストのスキル標準を見直し、改訂版を発表している*1。今年は奇しくも改訂年だったのだが、この春、わずか数ヶ月前に華々しく登場したchatGPTを目の前にしつつ、生成AI領域においてデータ×AIプロフェッショナル(データサイエンティスト DS)の場合、求められるスキルはどうかわるのか、という議論を随分とした。 データサイエンティスト協会 10thシンポジウム スキル定義委員会発表資料(2023年10月20日) 生成AIは
Izumo Ooyashiro, Izumo, Japan 1.4/50 Summilux ASPH, LEIcA M (Typ 240) 気がついたら年末。半年もブログ更新ができていない*1。その上、最近、色々な場で人に色々聞かれるたびに思うことが随分と多い。澱(おり)のようにためておくのもどうかと思われ、色々書き出すモメンタムになればと少し書けたらと思う。 - 毎週何回か登壇、取材が続いているが、このところ、繰り返し聞かれることがいくつかある。 LLMによって仕事はなくなるんですか? 今後AIでどんな仕事がなくなるんでしょうか? OpenAI & Microsoft、Google/DeepMindのglobal big playersがガンガンとやる中、日本はなにかやれることはあるんですか Pivotなどで言われていた物魂電才について教えてください。 今後の学校教育はどうあるべきですか
Leica M(typ240), 1.5/50 c-Sonnar, RAW 日本人だったら誰でも知っているが、ちゃんと原文で読んだことのある人がもしかしたら専門家ぐらいしかいない本の話をしたい。 『古事記』だ。まだカナやカタカナのない時代の作品であり、この本は元々、漢字だけで書かれている。それも漢文というより、漢文に万葉仮名のような当て字が大量に混ざって使われており、長らく読むこと自体ができなくなっていた。古事記自体の冒頭にも、適切な表現ができず、相当に苦労して書いたと書いてある。 普通の意味の現代語訳されていない「原文」は、この研究で国文学者として名を成した本居宣長(1730-1801)が一生をかけ解読した「読み下し文」と思われる。いま古事記を読む人の大半は現代語版を読んでおり、これが訳者によって相当の解釈と表現の差があるために、その印象と評価は原文とは相当に差があるものになる。 寛永版
1.4/50 Summilux ASPH, Leica M10P, RAW 4年前(2019年)の6月18日、、ちょっとした歴史的なイベントがあった。 Facebook創業者のマーク・ザッカーバーグ氏が国の発行する通貨と並ぶ、デジタル通貨システムの立ち上げを発表したのだ。一企業として立ち上げるというのではなく、VISA, Masterやvodafone, paypal, ebay, spotify, liftなども含む大掛かりなコンソーシアムによって立ち上げるというコンセプトで、世界のどこにもリアルタイムで、これまで銀行口座を持てなかった方々も含めて、低廉に価値を届けるという構想だった。その名はLibra(リブラ)。全世界が騒然となったことはいうまでもない。 これまで通貨の発行権は通常のbindingルールを持つコミュニティの枠組みでは最大の単位である「国家」*1 が握ってきており、国家か
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