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ブラックフライデー
hiko1985.hatenablog.com
NHKの夜ドラマ『ひらやすみ』が毎日の清涼剤である。真造圭伍による原作漫画が大傑作なのはもちろんとして、その空気感を立体的に浮かび上がらせる完璧な実写化だ。キャスティングがあまりに素晴らしくて、漫画から飛び出してきたような吉村界人のヒデキなんて腰を抜かすのだけども、なんと言っても“なつみ”を演じる森七菜が凄い。軸の定まっていない青年期というやつを体現したかのような、グニャグニャとした身体性と発話。どう凄いかと言うと、登場シーンでの「あ いや~美大なんてただのフリーター製造機らしいですよ〜」という台詞。それを ああっふうっ、いやぁぁ なんっ、美大なんて、ただのフリーター製造機らしいですよっ とやるのだ。言葉にならなり空気のような音をたくさん含ませながら、青春期の照れと謙遜と自虐がごった煮になったようなフィーリングを見事に表現している。身体性で言えば、第3回でのマンガを描いていることが発覚して
『じゃあ、あんたが作ってみろよ』は2025年秋の地上波ドラマの最大の話題作と言っていいだろう。谷口菜津子の原作漫画の良さはもちろんなのだけども、テレビドラマとしての完成度が頭一抜けている。さすがはドラマのTBS、さらには名門の火曜ドラマ枠*1という感じ。撮影・照明・美術の質感、音楽のリッチさ(流れるタイミングも完璧)、ふざけ方の塩梅・・・などなど、テレビドラマという文法の中で最上級の妙技がこれでもかと発揮されている。細かいところも良いのだ。たとえば、ゴミ箱にコンビニのビニール袋をハメようとしてもサイズが合わない、みたいな些細な営みの事象であり、あまり他の作品ではお目にかかれない上質な“あるある”をきっちり撮っているところ。料理をする際に、竹内涼真がちゃんとワイシャツを脱いで肌着になるところがいい。テレビドラマで、部屋に帰ってもずっとスーツ姿のままでいる登場人物を観ると、「そんなわけないだろ
『週刊ビッグコミックスピリッツ』で連載中の『路傍のフジイ』がおもしろい。おもしろい、というか沁みまくる。X(旧Twitter)のTLに出てきた"試し読み広告"にまんまと釣られた第1話に心撃たれてしまい、慌てて全巻を揃え、ページをめくるたびに胸を震わせている。無表情な三白眼の男の話に一体なぜここまで魅了されるのだろう、と繰り返し読みむ。なんというか、心の柔らかい場所をそっと撫ででくるような漫画なのだ、『路傍のフジイ』は。 40過ぎで非正規社員_独身男。 どう見てもサエない―――正直もう上り目ないよな… 真面目だけどなんかズレてるって言うか…正直ナメられてる。 もしかしたら…俺も10年後、ああなってしまうんじゃないか…いやだ…ああはなりたくない。 この人に比べたら俺はまだマシだ。 そこまでひどくない。俺は大丈夫だ。大丈夫… 同僚の田中から心の中でこんな風に思われている主人公のフジイは、40代独
父上はね・・・立ち尽くしちょるの 時代が変わって、明治の世になって戸惑って それからずっと立ち尽くしちょるの このドラマには、この世の中から疎外される小さく弱き者たちへの眼差しがある。社会から、「怠け者」と罵られている司之介(岡部たかし)を、妻であるフミ(池脇千鶴)は“立ち尽くしているだけ”と庇う。そして、トキ(福地美晴)はそんな父を化け物に見立てて、先生すなわち社会を食べ殺してしまうという絵を書くことで、家族の鬱憤を晴らしてみせる。トキやハーンがこれから取り扱っていくであろう“怪談”、そこに描かれる妖怪や幽霊というのが、社会から疎外された者たちのメタファーであることが提示されている。怪談は怖くて、さびしいもの。この過酷な社会で生きるわたしたちの寄る辺なさが、このドラマには落とし込まれている。 怪談をテーマにしたドラマであるからなのか、第1週目からして、朝の連続テレビ小説とは思えぬほどに不
そのときぼくはどういうわけか! 煙草の灰のことを思いだしてたわけで しかし人間には冬眠は許されず。 こんど生まれてくるときは、熊かシマリスがよいと思われ 『北の国から』という作品のトーンを形づくっているのが、「拝啓、恵子ちゃん」から始まる手紙を模した純(吉岡秀隆)によるナレーションであることは間違いないだろう。“今、ここにいない人”への呼びかけ。『北の国から』の台詞はどこを拾い上げてみても、声に出して真似してみたくなるような魅力がある。倉本脚本における、あのオリジナルな文体、音の響き、リズム、間。倉本聰には「就学前から父親に宮沢賢治の作品を音読させられていた」という有名なエピソードがあって、自身の脚本のリズムは宮沢賢治にあると語っていて、『北の国から』は“音”を聞いているだけで、楽しい作品だ。というように、「倉本聰とは言葉の人である」と思っていたわけだけど、連続ドラマ版の『北の国から』を改
『リンダ リンダ リンダ』(2005)が公開20周年を記念して4Kになってリバイバル上映!ぺ・ドゥナ、香椎由宇、前田亜季*1、関根史織・・・唱えているだけでいい気分になれる永遠の名作だ。『どんてん生活』『バカのハコ船』『リアリズムの宿』といった“童貞感”というようなダメ男の小さな躍動をフィルムに収めてきた山下敦弘(監督)と向井康介(脚本)が、まさかの女子高生の青春を撮る。しかも、題材はブルーハーツだ。山下と向井の2人は、その事実にとことん“照れ”ていて、そのモジモジした感じが生み出したであろう女優とカメラの距離感、そして物語としての盛り上がりを回避したオフビートのアンチドラマ性が、結果として耐久度の高い普遍的な青春映画を生み出してしまったのだ。 カメラが女優の顔に寄ることがない。ソンがブルーハーツを聞いて涙するという、本来であれば映画のキーになるであろう表情はカメラに映し撮られない。恵、響
ラジオ関西制作のPodcast『マユリカのうなげろりん!!』は聞かれておりますでしょうか。2021年の放送開始から5年前を数え、放送回数は200回を突破、各種サブスクリプションではPodcast視聴ランキングの上位に連ね、初期に発売した水着写真集『Perfect!!』は重版を繰り返し7500部突破、イベントを開催すると配信のチケット販売枚数が20000枚を超える、という完全なるモンスターラジオなのである。 番組はコーナーなし、リスナーからのハガキなし、2人のフリートークだけで30分を突っ切るストロングスタイル。やや色物に見られがちなマユリカであるが、2人だけの濃密な空間を立ち上げ続けるトークの地力は、もっと正統に評価されてもいいだろう。番組開始から抜群におもしろく、「#2 小僧解体新書」や「#4 マユリカ聖地巡礼」あたりを聞けば一発で虜になること間違いなしなのですが、最近の回じゃないと聞く
テレビ朝日のバラエティ番組『有吉クイズ』において5月終盤の第1弾から、はやくも第2弾が放送中の新企画「有吉と行くメモドライブ」、これはギャラクシー賞ものの大ヒットではないだろう。ヒコロヒーの言葉を借りるのであれば、“発明的な企画”というやつだ。内容としては、普段あまり交流のないメンバーでドライブロケをしながら、お互いに気になったことをスマートフォンなどにメモし合うという至極シンプルなもの。第1弾のロケメンバーが有吉弘行・河井(アインシュタイン)、小宮(三四郎)、兎( ロングコートダディ)、水川かたまり(空気階段)、第2弾が有吉弘行、水田信二、奥田(ガクテンソク)、中谷(マユリカ)、草薙(宮下草薙)という、ややこしい自意識が交錯するあまりにも絶妙なバランス感覚のメンバーチョイスに舌を巻く。ドライブ中の座席の位置によって、役割が固定されていき、各々の個性が際立っていくという建付けも見事だ。あと
ダウ90000(以下ダウ)というユニットの魅力を一言で表すならば、“会話のおもしろさ”だろう。人と人との言葉と感情のやりとり、その密度の濃さ。もしくは、リアリティのある男女の会話の機微。まずもって、あの演劇らしからぬ、どちらかと言うとボソボソした発声のお喋り。ぼやきというか呟きというのか、それでいて的を射たことばかり喋っているので、Twitter(X)以降の若者のリアルを感じる。また、その秀逸な固有名詞の扱い方も、大きな見どころだろう。第七回演劇公演『ロマンス』であれば、コンビニのアイスケースのラインナップによっては高確率で手にとってしまう“明治パルム“、買って数年は台所からなくならない“味覇”の缶、“ゴミ袋ホルダー”に溜まっていくビニール袋、“マルちゃん焼きそば”の魔法のように麺に絡む粉、春の訪れを教えてくれる“てりたまバーガー”・・・などなど、絶妙な暮らしのあるあるが、劇中の人物の実存
大きな事件は起きないのだけども、その一方で実に複雑な心の機微を掘り下げている。心の葛藤をありのままに描いており、ヒロインである武藤里伽子のことを観客に好きになってもらおうなんて媚びがまったくない。 杜崎くんお金貸してくれない? あたし生理の初日が重いの 貧血をおこして寝込むこともあるのよ 男の人はわからないでしょ、どうせ 壁紙なんて濃いグリーンなのよ! 私グリーンって大嫌い! あたしってかわいそうね ようやく起きたのね トイレも洗面所も使えなくて困っちゃった 高知も嫌いだし、高知弁喋る男も大嫌い! まるで恋愛の対象にならないし、そんなこと言われるとゾッとするわ! 終盤にハイライトのようにリフレインする里伽子が劇中で発した台詞がどれも酷くて最高だ。恋愛アニメ映画として砂糖でコーティングすることなく、若者が混乱し、傷ついているさまを生々しく提示している。だからこそ、異様な実存感があり、この映画
あなたがギターポップ愛好家であるのであれば、やまもとはるとの「初恋の約束」は、事件だ!と大騒ぎしていい1曲だろう。若干25歳のシンガーソングライターの新星。あいみょんの「ラッキーカラー」のアレンジもナイスだったミツメ川辺素がサウンドプロデュース(ギターを弾いて、コーラスも添えている)ということで聞いてみたのだけども、「うわ、ヤバっ」と声が出た。ひさしぶりの”出会ってしまった”という感覚。日本語が流麗にメロディに乗った、瑞々しくも低温で、どこかストレンジなギターポップ。おそらく、聞いた誰もが“あのバンド”を頭に浮かべることだろう。そう、スピッツ。いや、わかります。これまでどれほどの数のアーティストが、ポスト”スピッツ“の名を課されては、その重さに耐えきれず埋もれていったことか。結局のところは、比類することのできない”草野マサムネの歌声“というのがネックとなるのだけども、やまもとはるとのその歌
『鈴木もぐらの雀荘放浪記』(BS-TBS)の放送が開始された。初回を観ただけですが、これはもう最高ではないでしょうか。とりあえず全4回とのことですが、これは定期的に放送を続けて、全国の雀荘を巡り巡って欲しい。タイトルロゴもいいし、OPは思い出野郎Aチーム「楽しく暮らそう」、EDは銀杏BOYZ「なんとなく僕たちは大人になるんだ」*1、最高っ。そして、この番組にはたしかな“旅情”がある。見知らぬ土地を歩き、現地の人々との触れ合う中で簡単に芽生えてしまう“この土地で暮らしていたかもしれない自分”の知覚。旅の終わりとともに、そんな感触は泡のように消え去り、自分がその場所にいたという実感さえも失いながら、帰路につく。そういった切なさが旅だ。だが、そんな喪失を重ねる放浪こそが、自分自身というものを再認識させる。 鈴木もぐらという無頼芸人にはそんな放浪がよく似合う。放浪は、「こうでなくてはならない」みた
<『3年B組金八先生』第3シリーズの素晴らしさについて> 1988年に放送されていた『3年B組金八先生』第3シリーズは、数あるシリーズの中でも群を抜いて影の薄い、不遇の作品である。浅野忠信、萩原聖人、森且行(元SMAP)*1、長野博(元V6)、菊池健一郎、金杉太郎など、シリーズ最高レベルの出世株が生徒役に揃っているというにも関わらず。2007年にDVD化されるまで、シリーズで唯一ソフト化されておらず、視聴することが困難であったことも大きいのかもしれないが、それだけではないだろう。通例2クール放送の金八先生シリーズにおいて、この第3シリーズだけ1クール放送という尺の短さ。さらに、舞台はお馴染みの桜中学ではなく同区内の松ヶ崎中学であり、これまでのシリーズが積み上げてきた教師陣や卒業生らの恩恵もない。さらに放送尺が短いために、卒業式すら描かれないのだ。そんなこんなで、黒歴史扱いすら受けているシリ
藤井隆プロデュースによる麒麟・川島明『アメノヒ』はポッミュージックファンとして見逃せないアルバムになっている。大江千里、堂島孝平、神田沙也加、中崎英也、 She Her Her Hers、Le Makeupという世代をまたいだポップマエストロが提供した良質なポップソングたちが、藤井隆によって丹念に編み込まれたことで、アルバムとしての統一感を持って胸に迫ってくる。She Her Her Hersによる「D Breeze」は今年リリースされたポップソングの中でも指折りの出来栄えだろう。言葉にならない夜の感覚が歌われている。 藤井隆が、各楽曲のクリエイターに提示したテーマはこう。 朝の顔の川島くんがどういう夜を過ごしているのかを一緒に考えてもらえませんか? ニュースもワイドショーもない、ただただ“楽しい”しかないという革命的な朝の帯番組『ラヴィット!』を作り上げた朝の光の裏には、一体どんな暗闇が
星野源のニューアルバム『Gen』が素晴らしい。断トツの最高傑作。研ぎ澄まされたその音像について適切に言語化できる能力を持ち合わせていないのがもどかしいのだが、これまでのアルバムから数段に進化を遂げている歌詞とフロウがデリバリーする『Gen』というアルバムのフィーリングみたいなものについて、何か掴み切れないものかと、すがるようにして『SONGS』『あちこちオードリー』『EIGHT JAM』といった星野源が出演しているテレビ番組を注意深く視聴してみる。どの番組においても、「とことん言いたいことはない」「伝えたいことはない」「何にも興味がない」「もういいかな」「どうでもいい」といったネガティブな響きの強いワードが頻出している。しかし、これはすべてを手に入れた男の虚無感、ミドルエイジクライシスといった話では決してない。星野源は、“意味がない高み”という表現の領域に突入せんと、静かに燃え上がっていて
2週間くらい体調を崩してしまい、ここ数日やっと回復の兆し。この体調がなかなか治らない感じ、老化だ。「最近のこと」も途中まで書いたけど、消してしまったので仕切り直し。大阪では万博が始まった。今のところは対岸の火事だが、なんとなく駅や街は混み合っているような気もする。大阪万博のフューチャーライフゾーンというところに“太陽のつぼみ”なるサウナ施設があって、その仕掛け人は元・俳優の小橋賢児であるらしい。小橋賢児という響きがもたらす平成ノスタルジア。彼がどんな俳優だったのかを説明するのは難しくて、「河合我聞とか加藤晴彦の類似タレントです」としたいところなのだけど、小橋賢児を知らない人は河合我聞や加藤晴彦のことも知らないので有効ではない。小橋賢児ってどんな番組に出演していたのかまったく思い出せないな。河合我聞は『三姉妹探偵団』(1998)だし、加藤晴彦はアルペンのCMと『あいのり』があるし。あと、わた
『0.5の男』というドラマ、個人的にはここ数年のベスト作品として推薦したい。2023年にWOWOWで放送されていた連続ドラマなのだけど、今はU-NEXTでもNetflixでもPrime VideoでもHuluでもFODでも観られるようになっていますので、今さらですが紹介させて欲しい。今作には複数の監督・脚本がクレジットされているが、メインで統括しているのは沖田修一。『南国料理人』(2009)、『横道世之介』(2013)、『子供はわかってあげない』(2021)、『さかなのこ』(2022)など優れたフィルムを何本も献上している日本映画界のトップランカーで、個人的にも大好きな監督なわけだけども、そのフィルモグラフィーの中でも1番の輝きを放っている。『0.5の男』は一応連続ドラマなので、映画と比べるのも野暮な話なのですが。テレビドラマかつ全5話という尺の丁度良さもあって何回も観返していて、その度に
<A面> 映画『バトル・ロワイアル』が公開25周年を記念して、2週間限定ながら全国75館でリバイバル上映。スクリーンで『バトル・ロワイアル』が観られるだなんて!!2000年に公開された『バトル・ロワイアル』は、わたしにとってあまりにも特別なフィルムだ。というのも、公開当時わたしは中学3年生、劇中の登場人物と同い年の15歳であったのだ。この映画はその過激な内容から映倫によってR-15にレイティングされていて、15歳なら観てOKだったのか、中学生は問答無用でNGだったのか、そこらへんの記憶が定かではないのだけど、「中学3年生の俺たちが観られないなんておかしいじゃないか!!」と虚勢を張りながら、内心は「逮捕とかされないよね」とドキドキしながら劇場に足を運んだのを覚えている。年齢確認や身分証提示などはないとのことだったけど、念のため大人びた顔をしていた友人を連れていったのも覚えている。藤島くん、元
<A面> 『片思い世界』は、目には見えないけども、たしかに世界に存在している少女たちのお話。そう、幽霊についての物語なのだ。彼女たち幽霊は、その透明性によって、社会の誰からも相手にされることがない。 わたしたち、ありえないって言われないといけない存在なの? これは坂元裕二がこれまで描いてきた、“生きづらさ”の象徴だろう。『カルテット』(2017)のオープニングショットは、路上チェロを演奏する世吹すずめ(満島ひかり)を捉えたものであった。しかし、道行く人の中に、彼女の音に耳を傾ける者はいない。まるで、すずめなどこの世に存在しないかのように。しかし、彼女は演奏を続ける。坂元裕二が描くのは、社会と上手に接続できない、それでも、なんとか世界と繋がろうと「わたしたちはここにいます」と小さな声で叫ぶ者達の物語であり、『片思い世界』はその最新型だ。 幽霊である彼女たちは社会から無視されるばかりか、世界へ
Netflixが新たに贈る恋愛リアリティーショー『オフライン ラブ』が抜群のおもしろさだ。MCに小泉今日子と令和ロマンという人選で、「なんだか新しい恋愛リアリティーショーが見られそう」と思わせるワクワク感がある。3人の察しの良さなのか、編集の妙なのか、事前に入念に打ち合わせしたのか、そのすべてなのかわかりませんが、出演者にはなるべく負荷をかけまいという強い意志を感じるスタジオトーク。過剰な弄りではなく、知性に裏付けられた観察と考察の応酬で、笑いを巻き起こしていく。とにかく、VTRで巻き起こっている現象に対しての解像度が高すぎる。その着眼点と圧倒的な言語化能力を浴びる気持ちよさ。髙比良くるまがあまりにおもしろいのは周知の事実として、松井ケムリも抜群の仕事をしていて、“愚か者過ぎる”、“完封グリコ”、“酔拳みたいな恋愛”など名フレーズ生産マシーンと化している。そして、小泉今日子の存在としての説
これまで登場人物の衣装のカラートンが話ごとに統一されていて、「これは何の伏線なのだろう?」と世間が盛り上がっているなか、「そんなの洒落た感じを出すための画調の統一だろう」くらいに思っていたわけですが、最終話で主要メンバーが異なる色調の、“隠し撮り”をするにはあまりに場違いなビビットカラーの衣装で横並んだルックに、思わず涙腺を刺激されてしまう。宇宙人、超能力者、未来人、幽霊、タイムリーパー・・・とSFモチーフの渋滞がもたらす多様性の肯定みたいなものが、画の力でバシっと示されていて、またこれまでのカラー統一からの解放があるからこそ、よりグッときてしまうではないか。 下手したら、ほらあの『E.T.』みたいに 政府の機関とかに追われちゃう可能性もないとはいえないから えっ『E.T.』知らない? 超ヒットした映画なんだけど 『E.T.』観ましたよ あっ、観た?おもしろかったでしょ? 高橋さんってああ
YouTubeチャンネル『Official令和ロマン【公式』】の「松井ケムリ、故郷に帰る。」が実に素晴らしい。あまりに気が早いのだけども、今年のベストYouTube動画の予感だ。26分ほどの動画なので、ぜひともチェックして頂きたい。 松井ケムリが「1人になりまして、自分を見つめ直すいい機会なんじゃないかということで」と地元である“たまプラーザ駅”周辺を巡る動画なのだけど、M-1グランプリ2連覇という偉業を成し遂げた矢先に相方の活動自粛、といったゴシップ的な要素はこの動画の魅力に少しも関わっていない。このタイミングで原点に立ち返り自分を見つめ直している、といった構成が素晴らしいわけでもない。では、なにがこの動画の魅力なのかということをここから書き連ねていく。 ケムリの歩調に合わせて、たまプラーザの“田園都市”としての風景が画面に映し出されていく。まずもって風景が鑑賞に堪えうる強度を持った美し
バカリズム脚本ドラマを支える雑談、その徹底したリアリズム。会話劇を得意とする作家は多くいるが、バカリズムの手掛ける会話には一つの大きな特徴がある。それは、登場人物らがおそろしく“察しがいい”ということだ。会話におけるディスコミュニケーションを笑いやドラマに展開していくというのはよく目にするのだけど、バカリズム作品の場合は「あぁ、それね」とすぐに理解し合うし、言ってもないことを、「えっ、今、〇〇って思ってたでしょ?」と言い当てていく。これはバカリズムが狭い範囲での親密なコミュニティを題材にしているからであろう。しかし、今作における異様なまでの高橋(角田晃広)の察しの良さときたら。 あのさ、ひょっとしてだけど、もう言っちゃってない? ねぇ、今さぁ、時期が早まっただけで、能力使わなくも剥げてただろうって思った? えっ、今、おれのことちょっとヤバいやつだと思った? これはもうエスパーである(高橋は
ひさしぶりにブログを更新したら、文章を書くのが楽しくてなんでもいいから書きたくなり、「最近のこと」を更新。『君たちはどう生きるか』のエントリーを更新した時もまったく同じことをしていて、2回しか続かなかったのだけど。昨年に子どもが生まれてから、「最近のこと」を書くのははじめて。父としてのわたしの日常。ずっと読んできてくれた人は違和感を覚えるだろうか、それともすっと受入れてくれるだろうか、なんて自意識過剰なことを思った。6000字くらいあるので、暇なときにお読みください。 2月11日火曜日 「建国記念の日」であるらくし、祝日。この歳になるまで2/11は「建国記念日」だと思っていたけども、「建国記念“の”日」なんですね。2/11が「初代天皇の神武天皇が即位した日」という設定なのも完全に失念していた。教養が不足している。せっかくの祝日なので、車で出掛けることにした。YouTubeチャンネル『山名家
物語は餃子ではじまり、餃子に終わる。焼き焦げた餃子。焦げる前にはもう戻れない。「(唐揚げに)レモンするってことはさ、不可逆なんだよ」という『カルテット』(2017)の名シーンを思い出さずにはいられないその不可逆性。起きてしまったやりきれない後悔を、“タイプリープ”という坂元作品にしては珍しいリアリティラインの逸脱でもって、覆してみせる決意のロマンティックラブコメディSF。 どこかでお会いしたことありましたっけ? ありふれた恋のはじまりの常套句。もしくは、何度も交わされる「はじめまして」の挨拶。そんななんでもない台詞が、タイプリープによって過去と未来が同時に流れ込み、どこまでも切なくロマンティックに、複層的に響いてしまう。“3年待ちの餃子”の変容で泣けてしまうのである。こんな作品、観たことない!“ラブストーリーの名手”坂元裕二の面目躍如の傑作SFの誕生だ。 坂元裕二が描くキャラクターのリアリ
TBSドラマ『VIVANT』がおおいに盛り上がっている。個人的には心の1本になるような作品ではないけども、“テレビドラマ”というジャンルを愛好するものとしてはテレビが巻き起こす、この熱狂がとてもうれしい。実際のところ、おもしろいのだ。ツッコミどころ満載ながらも、莫大な予算感の壮大なスケールで黙らされてしまう。このおもしろさと支持のされ方の秘訣は、『VIVANT』に息づく “浦沢直樹”感ではないだろうか。『MASTERキートン』『MONSTER』『20世紀少年』・・・モチーフやルック、謎が謎を呼び伏線を回収していく筋運びなどがどこか似ていて、この国のエンターテインメントの中道とでも言うべき浦沢直樹作品との相似が、『VIVANT』の圧倒的な大衆性を支えているように思う。*1 登場人物たちが常にマージナルな立ち位置を貫いているのもおもしろい。乃木(堺雅人)は、野崎(阿部寛)は、ノーゴン・ベキ(役
7月21日 Blurのニューアルバムがリリースされたので、聞きながら通勤。 ザ・バラード・オブ・ダーレン (特典なし) アーティスト:ブラーワーナーミュージック・ジャパンAmazonとても良いインディーギターロックで、全編にわたってグレアムのギターサウンドに聞き入ってしまう。先行シングル「The Narcissit」と3曲目の「Barbaric」のポップネスがとくに好き。やや後追いながら10代の頃は、“ブリットポップ”と呼ばれたイギリスのロックバンドはよく聞いていた。Pulp、Suede、Supergrass、Ocean Colour Scens、The Bluetones、Kula Shaler、Mansun・・・懐かしい。シーンの中心だったOASIS vs Blur抗争は、自身のパーソナリティーからすると、酒とサッカーなOASISよりインテリジェンスな印象のBlurに惹かれそうなものだ
夜が更けた帰り道、親の運転する車の窓から見上げる、「静かに」と書かれた青い看板が好きだった。お出掛けが終わってしまう“寂しさ”と、知っている場所に帰ってきた“安心感”がないまぜになったような感覚。幼心に芽生えたちょっとだけ複雑な感情が、あの看板に今でも宿っているような気がする。 そもそも、道路標識というものは、運転中にドライバーが目にするものだから、注意喚起するわりには情報量が少ない。じっくり読ませてしまったら事故を起こしてしまうから。「結局のところ、どういう意味なんだっけ?」と混乱することもあるが、効率や機能性を追い求めるこの情報社会において、あの“抜け感”がちょっと心地よいのだ。 個人的に「普通自転車等及び歩行者等専用」(得体の知れない物語性*1)とか「動物が飛び出すおそれあり」(シカ、タヌキ、サル、ウサギなどバリエーションがあるところかわいい)の標識あたりが好き。 そういった道路標識
今年の2月に引っ越しをした。大阪での3回目の住居変更になるのだが、新しい街もとても気に入っている。大阪にしては、緑や坂が多くて、感性が刺激される、気がする。これまでは職場から徒歩10分くらい都市部に住んでいて、家の周りにコンビニが数えきれないほどあり、飲食店も充実していて、あれはあれで快適だったのだけども、いわゆる住宅街みたいな場所で暮らすのも落ち着きがあって悪くないなと思う。というわけで、ひさしぶりに家から駅まで歩いたり、電車に揺られたり、ターミナル駅で乗り換えたり、と“通勤”というものを体験している。絶望だ!と思いきや、本当にすぐに通勤そのものには慣れたのだけど、単純に自由時間が少なくなったので、ブログを更新する気力が減少していました。先日、ひさしぶりに文章を書いてみたら楽しくて、なんでもいいから書きたくなったので、「最近のこと」を更新してみる。 7月14日 有給休暇を申請していたので
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