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Claude Code
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ハーバード大学が主導する「グローバル・フローリッシング研究」は,世界22カ国から20万人以上のデータを集め,100人以上の研究者が分析に取り組む大規模国際調査だ。この調査を詳しく見ると,日本人は様々な調査項目で他国と大きく異なる傾向を示している。 研究の核となるのは「フローリッシング」という概念だ。本人が感じる「幸福度と生活全体の満足度」だけでなく,「自覚している健康状態」「人生の意味と目的」「性格と美徳」「親密な社会的関係」を示す4つの指標を幸福の側面として加えた。さらに良好な状態を長続きさせるのに必要な要素である「経済的・物質的な安定」も考慮してスコア化した。 提唱した米ハーバード大学教授のバンダーウィール(Tyler J. VanderWeele)は,フローリッシングを「人の人生のあらゆる側面が良好であり,生活環境や社会構造まで含めたよい状態」と定義する。 2025年5月に調査結果が
典型的な脊椎動物とは異なり,多くの爬虫類の雌雄は遺伝子で決まるのではない。人間の細胞内にあるX染色体やY染色体のような性染色体がないのだ。その代わり,巣の温度によってオスになるかメスになるかが決まる。例えばアオウミガメの場合,孵卵期間の中ごろの重要な時期に巣の温度が約29℃であれば,孵化する子ガメはオスとメスが半々だ。しかし,巣の温度が高いと子の雌雄比がメスに偏る。 温度依存型性決定を行う爬虫類〔ほとんどのカメ類とすべてのワニ類(クロコダイル科とアリゲーター科,およびその近縁グループ),一部のトカゲ類,そしてニュージーランドの固有種であるムカシトカゲ(トゥアタラ)〕は,何百万年,あるいは何億年もの間,地球の気候変動を生き抜いてきた系統に属している。だが,現代では人為的な生息地の喪失や,おかしくなった地球の温度調節機能など,彼らが長い歴史のなかで直面したことのない問題が同時に発生している。
2025年のノーベル物理学賞は「超電導回路における巨視的量子トンネル効果とエネルギー量子化の発見」の功績により,米カリフォルニア大学バークレー校教授のジョン・クラーク(John Clarke)氏,米エール大学と米カリフォルニア大学サンタバーバラ校で教授を務めるミシェル・デヴォレ(Michel H. Devoret)氏,米カリフォルニア大学サンタバーバラ校教授のジョン・マルティニス(John M. Martinis)氏に授与される。 量子力学によれば,原子や電子などのミクロな物体は,観測する前にはあっちとこっちに同時に存在したり,エネルギーが高い状態と低い状態を同時に実現しているかのような,「重ね合わせ」状態になっている。だが猫や私たち人間のようなマクロな物体が,量子の重ね合わせ状態になることはない。この差はどこから来るのだろうか? いや,その前に,そもそもマクロな物体は,本当に重ね合わせに
日経サイエンス編集部 編 2025年7月28日 A4変型判 27.6cm×20.6cm 128ページ ISBN978-4-296-12364-3 定価2,420円(10%税込) ご購入はお近くの書店または下記ネット書店をご利用ください。 人間はどのようにして複雑な言語を獲得したのか。人類学,遺伝学,心理言語学などの分野で答えを探る研究が続く。世界の言語の4割が絶滅の危機にある今,急速に失われつつある言語の多様性は我々に何をもたらすのか。言語を研究する多分野の研究者の視点から,その答えを見つけ出す。 日経サイエンス編集部 編 はじめに 世界で現在使われている言語の数 歴史言語学者の視点 Chapter1 言語の誕生 高度な言語が生まれた理由 C. ケネリー 赤ちゃんの超言語力 P. K. クール チョムスキーを超えて普遍文法は存在しない P. イボットソン/ M. トマセロ 「速い言葉」
M-O. ルヌー(仏国立情報学自動制御研究所サクレー研究センター) A. アシン(スペイン・光子科学研究所) M. ナバスクエス(オーストリア・量子光学・量子情報研究所) 3年前の2020年秋,著者の一人アシンは同じく著者の一人であるルヌーを,スペイン・バルセロナ近郊のカステルデフェルスにある光子科学研究所の自身の研究室に招いた。「あなたと議論したい問題がある」とアシンは切り出した。「ミゲル(ナバスクエス)と私が何年も取り組んできた問題だ」。興味津々の表情になったルヌーにアシンはいった。「標準的な量子論は虚数なしで成り立つだろうか?」 虚数は自身とかけ合わせると負になる数だ。哲学者デカルト(René Descartes)はそのような数を虚数と名づけ,彼が知っていて,その存在を受け入れていた,2乗しても負にならない数(現在,実数と呼ばれるもの)と区別した。その後,実数と虚数の和,すなわち複素
恒常的な摂取は善玉菌を育てる 毎朝,世界中の多くの人が湯気の立つ1 杯のコーヒーを思い浮かべ,ベッドから起き上がる助けにしている。このありふれた飲み物は,心疾患や大腸がん,2 型糖尿病などの病気のリスク低下と一貫して関連づけられてきた。だが,コーヒーが腸内マイクロバイオームに与える影響はほとんどわかっていない。こうした腸内細菌叢は,食事と健康を橋渡しするのに寄与していると考えられている。 コーヒーと腸内細菌叢の関係を調べた過去最大の研究が最近のNature Microbiology 誌に報告された。2万人を超える被験者に日ごとのコーヒー摂取量を記録してもらうとともに,採取した糞便中のDNA を調べた。この結果,恒常的にコーヒーを飲んでいる人はローソニバクター・アサッカロリティカス(Lawsonibacter asaccharolyticus)という腸内細菌が増えていることがわかった。「この
思考を処理するスピードは驚くほど遅い 頭のなかで様々なことを考え感じているのに,それをリアルタイムで表現して伝えることができないと感じることがままある。起業家のマスク(Elon Musk)はこれを“ 帯域幅問題”と呼び,自身も大いに悩まされていることから,人間の脳をコンピューターに直接つなぐインターフェースの開発を長期目標のひとつに掲げている。話したり書いたりするスピードの遅さに邪魔されることなく,脳とコンピューターを高速接続するアイデアだ。 だがマスクがこれに成功しても,おそらくがっかりするだろう。Neuron 誌に報告された最近の研究によると,人間が記憶想起や決定,想像などの処理をするスピードは決まっていて,毎秒約10 ビットと耐えがたいほど遅い。対照的に,感覚系は毎秒約10 億ビットのスピードで情報を集めているのだが。 この生物学的パラドックスはおそらく,人間の脳が無数の思考を同時に
ある種のスズメバチはアルコールだけで生きていける ほとんどの生物種は食物としてお酒だけを摂取しているとべろべろになってしまうが,ある種のスズメバチはエタノールを80%含む糖液だけで生きていけることが最近の研究で示唆された。特に機能が損なわれる様子もない。 ショウジョウバエやツパイ(リスに似た哺乳類)など多くの動物は果物が発酵して生じたアルコールを自然に摂取している。酵母やある種の細菌が,熟した果実に含まれる糖を分解して少量のエタノールを作るのだ。ほとんどの動物種は濃度4%以上のアルコールを摂取すると機能障害や中毒症状の兆しが表れる。だがイスラエルにあるネゲヴ・ベン=グリオン大学の動物研究者ブシェブティ(So a Bouchebti)は,スズメバチの仲間はアルコール耐性が高く,食料として利用しているのではないかと考えた。何せ,スズメバチの腸には果物の糖をアルコールに変える酵母がいることが知ら
量子力学の数式は,ミクロな物体を観測したときに見えることを予測する。しかしその物体が観測される前にどうなっていたかについては何も語らない。誰も見ていないとき物体はどういう状態にあるのか。見るという行為は物体を変化させるのか。量子力学の登場以来,100年にわたって物理学者を悩ませてきた量子力学の「観測問題」について,量子力学の基本問題に詳しい名古屋大学の谷村省吾教授に聞いた。 古田 量子力学は不思議な分野です。学校で習った物理学では,物理の式には「力が運動量の時間変化に等しい」といった明確な意味がありました。しかし量子力学の式は,実験とは合いますが,何を意味しているのかよくわかりません。専門家に聞いても,人によって説明の内容や表現が大きく違うことがしばしばで,びっくりします。 谷村 それはそうでしょうね。専門家もよくわかっていないので(笑)。 古田 なぜこんなことが起きるのでしょうか。 谷村
暗黒物質は原子サイズのブラックホールの可能性がある 小惑星1個分の質量を持つ原子サイズのブラックホールが,約10年に一度,内部太陽系を通過しているかもしれない。ビッグバン直後に形成されたと理論的に考えられているこれらの「原始ブラックホール」は,宇宙の物質のほとんどを占めるとされる見えない暗黒物質を説明できる可能性がある。そして,それが月や火星の近くをかすめたら検出できるはずであることが新たな研究によって示された。 原始ブラックホールは空間が一瞬にして大きく膨張したと考えられる宇宙誕生直後に容易に生じただろう。膨張の間,空間密度のごく小さな量子ゆらぎが大きくなり,いくつかの場所があまりに高密度になったために崩壊し,宇宙のあちこちにブラックホールができた可能性がある。原始ブラックホールによって暗黒物質が完全に説明できるとした場合,一部の理論によれば,原始ブラックホール1個の質量は1017~10
人類学者でなくとも,この分野で最も影響力のある概念の1つである「男性は狩猟者(Man the Hunter)」はおそらく聞いたことがあるだろう。狩猟は人類の進化の主な推進力であり,狩猟を担ったのは男性であって女性が狩りをする余地はなかったとする学説だ。人類の祖先は男性と女性の生物学的な差異に根ざして分業制をとり,男性は狩猟と獲物の分配を,女性は子育てと家事を担うよう進化したとする。また,男性は女性より身体的に優れており,女性は妊娠と子育てのために狩りの能力が低い,あるいはないと決めつけている。 この「男性は狩猟者」説は,人類の進化研究を半世紀近く支配し,大衆文化にも浸透した。博物館のジオラマでも教科書の挿絵でも,土曜朝のアニメや映画でもそのように描かれている。ところが,これは間違っているのだ。 マラソンなど持久力を要する運動は,男性よりも女性の方が生理学的に適していることを示す証拠が運動科
近年最も注目を集めた技術といえば,何といっても人工知能(AI)であろう。2024年のノーベル物理学賞は,人工ニューラルネットワークを物理現象を語るモデルを用いて構築し,現在のAIの基礎を築いた米プリンストン大学名誉教授のホップフィールド(John Hopfield)とカナダのトロント大学名誉教授のヒントン(Geoffrey Hinton)に授与される。 ニューラルネットワークは1943年,米国の神経生理学者マカロックと論理学者ピッツが提案した脳神経回路の数理モデルに端を発する。神経細胞に当たるノードが複数結合して相互作用し,入力が一定値を超えると発火するシステムで,任意の論理演算を実現できることを示した。 1957年には米国の心理学者ローゼンブラットが,ノード同士の結合の強さを変えることでパターンを学習する「パーセプトロン」を提唱した。電気回路に実装して注目を集め,ニューラルネットワークの
自分の心身で生じている感覚や感情,思考にありのままに気づいている状態「マインドフルネス」を実現する瞑想に,全世界で何百万人もの人々が取り組んでいる。メンタルヘルスのためだけではない。心身が健やかで満たされた状態(ウェルビーイング)やストレスの軽減,仕事の生産性向上を求めて行っている。 この10年間で瞑想の神経科学的な理解は目覚ましく進み,非常に多くの臨床研究でその健康上の利点が示されてきた。マインドフルネスはもはやマイナーではなく主要な健康習慣となっている。英国民保健サービスは,うつ病に対してマインドフルネス療法を推奨している。取り組み方を教えてくれるモバイルアプリも登場し,瞑想の実践に新時代が到来している。 瞑想の研究アプローチもまた,同様に進化してきた。その研究の“波”を振り返ろう。1990年代半ば頃から2000年代初頭にかけて起きた第一波では,様々な精神的・身体的な健康問題を解決する
私たちの体には,自分の意志で動かせる部位とそうでない部位がある。手足を自在に動かすことはできても,心臓や胃腸を好きなタイミングで動かすことはできない。筋肉に随意筋と不随意筋があることは,高校生物でも学ぶ話だ。しかし訓練を積めば,その垣根を跳び越えることができるらしい。ラットは訓練によって心拍数を意識的に制御できるようになるという論文が,2024年6月にScience誌に掲載された。研究を行ったのは,神経科学を専門とする東京大学教授の池谷裕二らのチームだ。池谷の研究室に在籍する博士課程の大学院生で,論文の筆頭著者である吉本愛梨に話を聞いた。� 心拍数が半分以下に まず,実験中の映像を見せてもらった。小さな部屋の片隅で,頭部に電極のつながったラットがじっとしている。一見変化はないが,このラットは今「心拍数を15%低下させる」という訓練課題に取り組んでいる最中だ。この課題が10回クリアできたら,
2024年のノーベル化学賞は「コンピューターを用いたタンパク質の設計」の功績で米ワシントン大学のベイカー(David Baker)教授に,「コンピューターを用いたタンパク質の構造予測」で英国Google DeepMindのハサビス(Demis Hassabis)氏とジャンパー(John Jumper)氏に授与される。 タンパク質は20種類のアミノ酸が数珠つなぎになった分子だ。それがくねくねと折りたたまれて,複雑な立体構造をとる。この「数珠つなぎ」と「立体構造」の間に,「50年来の生物学のグランド・チャレンジ」と呼ぶべき,大きな未解決問題があった。タンパク質の立体構造予測だ。 タンパク質の立体構造予測は,タンパク質の生化学はもちろん,創薬や医学研究の観点からも実現が望まれてきた。タンパク質の形状や表面の微細な凹凸などがタンパク質の機能を左右するからだ。 構造予測の歴史 1970〜1980年代
2024年のノーベル物理学賞は,「人工ニューラルネットワークによる機械学習を可能にする基礎的発見と発明」の功績で,米プリンストン大学のホップフィールド(John Hopfield)名誉教授とカナダのトロント大学のヒントン(Geoffrey Hinton)名誉教授に授与される。 ある技術が社会で広く使われ生活や産業を大きく変えたとき,その原点に立ち戻り,最初の一歩となった成果にノーベル賞が授与されることはしばしばある。今回の授賞がまさにその例だ。物理学賞を受賞した2人は1980年代に,今,最も注目が集まっている人工知能(AI)の根幹である人工ニューラルネットワークの基礎を築いた。 ヒントになったのは,磁性の振る舞いを語るのに使われている物理学のモデルだ。磁性体はしばしば,互いに影響を及ぼし合う電子のスピン(自転の向きに相当する)が縦横に並んだモデルで記述される。各スピンはお互いの距離と相互作
今年のノーベル生理学・医学賞は「マイクロRNAとその転写後遺伝子制御の仕組みの発見」の功績により,米マサチューセッツ大学のアンブロス(Victor Ambros)教授とハーバード大学のラブカン(Gary Ruvkun)教授に授与される。 ヒトの遺伝子の数は約2万個ある。しかし,それらの情報だけでは受精卵が正しく成長して赤ん坊になることはできない。いつ,体内のどの場所で,どの遺伝子を使えばいいかが分からないからだ。同じ2万個の遺伝子を持つ細胞が,あるものは筋肉へ,あるものは神経へと全く異なる細胞に姿を変えるためには,遺伝子の働きを制御する仕組みが必要になる。その仕組みに関わるのがマイクロRNAだ。 マイクロRNAは数十個程度の長さの塩基配列で,普通の遺伝子に比べるとずいぶん短い。マイクロRNAはタンパク質に翻訳されることはないが,他の遺伝子のmRNAと部分的に結合して,その遺伝子が働くタイミ
既知の原核生物からかけ離れた古細菌が見つかり,分類学上の位置が確定した 紀伊半島沖の暗い海の底から,新たな「界」に属する新種の古細菌が見つかった。これまで知られていた古細菌から遺伝的に大きくかけ離れた存在であると同時に,動物や植物をはじめとした私たち真核生物に近い特徴を有していた。つまり,地球の生物進化のミッシングリンクを解明するうえで重要参考人となる生物だ。海洋研究開発機構(JAMSTEC)の上席研究員である井町寛之らはこの古細菌の培養に成功し,2024年7月にInternational Journal of Systematic Evolutionary Microbiology誌上で正式な種名と新たな界・門・綱・目・科・属の名称を発表した。海底での採取からここまで,実に18年もの歳月がかかった。 長く伸ばした突起 培養した古細菌の電子顕微鏡写真。突起状の構造を伸ばしている。 普通の古
ネブラスカ州リンカーンの会社秘書ショシュ(Kimberly Chauche)は幼少期から太りすぎだった。43歳のとき,ウゴービという抗肥満薬を処方された。2024年3月に彼女は初めてこの薬を自己注射した。2カ月で体重は9kgほど減り,素晴らしいと感じた。しかし食べ物に対する反応の驚くべき変化に比べると,体重の減少はおまけのようにすら思えた。 ある日息子がポップコーンを食べていたが,彼女はそれを素通りした。それまでは手を出さずにはいられなかったのに。「常に活動していた脳のある部分が,突然黙ってしまったかのようだった」とショシュは言う。 ウゴービのおかげで頭が食べ物に占領されることがなくなったと熱心に語るのは,彼女だけではない。この現象は近年,「フードノイズ(食べ物のことばかり考えてしまうこと)の沈静化」と言われるようになった。この大ヒット薬の開発を率いた人々を含め,研究者たちはその理由を解明
日経サイエンス編集部 2024年6月24日 A4変型判 27.6cm×20.6cm 128ページ ISBN978-4-296-11967-7 定価2,420円(10%税込) ご購入はお近くの書店または下記ネット書店をご利用ください。 私たちは何者なのか──。人類学や考古学の研究に触れる時,私たちはある種の切実な好奇心をかき立てられる。近年,ゲノム科学がこれらの学問分野に盛んに取り入れられ,新たな発見が相次いでいる。縄文・弥生時代の日本列島を中心に,ゲノム科学を駆使した世界の歴史研究の成果を伝える。 重版出来日 2025年5月30日 日経サイエンス編集部 はじめに Chapter1 先史時代の日本列島 47都道府県人のゲノムが明かす 日本人の起源 出村政彬(編集部)協力:大橋 順/篠田謙一/藤尾慎一郎/斎藤成也 浮かび上がる縄文人の姿と祖先 古田 彩(編集部)協力:篠田謙一/神澤秀明/佐藤孝
蜂蜜と酢を混ぜた伝統薬は単独よりも殺菌効果がはるかに高い 蜂蜜と酢を混ぜ合わせた「オキシメル」は伝統的な薬で,大昔からあった。中世の薬屋が売り,ヒポクラテスが処方し,医師で哲学者でもあったイブン・スィーナー(Ibn-Sīnā)はその効果を激賞した。現代ではそのような混合物は傷口につけるよりもサラダにかけるべきものに思えるが,抗生物質耐性菌が増えつつあるなか,難治性の感染症と闘う新たな方法が強く求められている。最近のMicrobiology誌に発表された研究は,この点でオキシメルが実際に役立つ可能性があると報告している。 「現在,蜂蜜と酢酸はそれぞれ単体で創傷感染の治療に使われている」が,通常は混ぜて使うことはないと,この研究論文の共著者で伝統薬の抗菌特性を研究している英ウォーリック大学の学際研究者コネリー(Erin Connelly)はいう。蜂蜜は高い糖濃度と酸性度で細菌にストレスを与えて
白菜に葱,大根,人参──こうした野菜はどれも日本の食卓に欠かせないものだが,来歴をたどれば全て原産地は海外だ。たとえば白菜の原産地は中国北部,人参の原産地はアフガニスタンやイランのあたりとされる。大陸から海を渡ってきた縄文人や渡来人と同様,野菜もまた海の彼方からこの日本列島へやってきたのだ。しかしゲノム解析によって,赤飯やあんこに使われるアズキが縄文時代の日本列島で作物に変化し,アジアの大陸地域へ広まった作物であることが明らかになった。この研究を行った,国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)上級研究員の内藤健に話を聞いた。 再録:別冊日経サイエンス269『ゲノムで解き明かす人類史 縄文・弥生を生きた人々のルーツを探る』 協力 内藤 健(ないとう・けん) 農研機構遺伝資源研究センター上級研究員。農業への応用の観点から,海沿いや乾燥地,寒冷地など様々な環境に適応する野生アズ
イヌは最も古くから人間のそばで生きてきた動物だ。2万~4万年前にユーラシア大陸でハイイロオオカミから分かれて,猟犬として飼い馴らされた。日本列島には縄文時代に入ってきたとする説が有力で,国内最古のイヌの骨は神奈川県の夏島貝塚から出土した約9500年前のものだ。愛媛県の上黒岩岩陰遺跡では7200~7400年前にイヌを埋葬していたとされる骨も見つかっていて,考古学的な史料からは「縄文犬」が狩猟採集を営む縄文人にとって欠かせない存在だったことがわかる。 最近の研究では,日本列島におけるイヌの変遷も少しずつ見えてきた。遺跡から出土した縄文犬の骨からミトコンドリアDNAを抽出して配列を調べたところ,全て縄文犬だけに見られる固有のタイプで,1万1500年前に大陸で他のタイプから分岐していることがわかった。夏島貝塚の年代も考慮すると,イヌは9500~1万1500年前の頃に日本列島に入ってきたとみられる。
1万6000年前から3000年前まで日本列島で縄文文化を支えた縄文人の遺伝子はいま,どこにあるだろう。縄文人集団と,大陸から渡来した東アジア人集団が混血して現在の日本人集団となった。縄文的特徴は薄くなったが,その遺伝子のかけらは今も日本人集団の中に存在している。縄文人のかけらを現代日本人のゲノムから抽出しようという研究が進んでいる。 東京大学大学院理学系研究科でヒトゲノム多様性をテーマに研究している渡部裕介と大橋順のグループは2023年,日本の現代人ゲノムから縄文人に由来するとみられる変異を特定し,それに基づいた「縄文人度合い」で日本本州の各地域の差異を見ることに成功した。 さらに,縄文人由来変異は今の日本人に具体的に表れている形質,つまり表現型を見る新しい視点にもつながる。日本人のゲノムを「縄文人由来」と「渡来人由来」に分類し,これまでのゲノムワイド関連解析でわかってきた60種類の量的形
ノルウェー科学技術大学のデータ科学者ベンジャミン・A・ダンが1枚の画像を見せてくれた。点が均一ではなく,なんとなくストーンヘンジの岩のように分布している画像だ。その全体的なパターンは少なくとも人間には明らかだ。「私たちが見ればこれは間違いなく円だ」とダンは言う。しかし,コンピューターはこのシンプルな形を認識するのに苦労するだろう。「コンピューターは全体像をつかめないことが多い」。 多くの科学プロセスにはループ,つまり繰り返しが含まれている。コンピューターがこうした関係性を捉えられないことは,極めて多数のデータ点に潜む円形パターンを明らかにしたい科学者にとって問題だ。データは多くの場合,夜空の星のように,空間に浮かぶ点として視覚化される。例えば,公海上での船の位置を示す緯度と経度の2個の数字は,物理的位置として1つの点でプロットされる。同様に,遺伝子は多くの次元を持つ数学的空間中にプロットで
「木を見て森を見ず」ということわざの存在は,物事の全体像を捉えるのがとかく難しいことを表している。ビッグデータの解析は,ちょうど巨大な森を一望しようと試みるようなものだ。近年のデータサイエンスでは,ビッグデータの全体的な構造をうまく捉える「トポロジカルデータ解析」という手法が注目されている。今世紀に入ってから急速に発展したこの手法は,材料科学や生命科学から企業の技術戦略に至るまで,幅広い分野で威力を発揮しつつある。� トポロジカルデータ解析とは,その名の通りトポロジー(位相幾何学)を使ったデータ解析手法だ。トポロジーで最も有名なのは,「穴の開いたドーナツと持ち手の付いたコーヒーカップ」の例だろう。トポロジーの観点で見ればこの2つは同じ形だ。どちらも立体の中に穴が1個貫通しており,穴を残したまま残りの部分を粘土のようにぐにゃぐにゃと変形させれば,両者の形の間を自在に行き来できる。 中学校の数
この半世紀における最も衝撃的な発見の1つは,私たちの住む世界が局所的かつ実在的であるという,これまで当然とされていた前提が覆ったことである。ここでいう「実在」とは,物体が観測とは無関係に確定した性質を持つ,という意味だ。一方「局所的」とは,物体は周囲の環境からしか影響を受けないし,その影響が光より速く伝わることはない,ということを意味する。ところが量子物理学の最前線の研究は,この2つの性質が両立することはありえないことを明らかにした。 この発見は,私たちの日常的な経験とは大きく違っている。かつてアインシュタインはこれを嘆き,友人に「君は本当に,君が見ていないときには,月はそこにないと思うのかい?」と問うたという。作家ダグラス・アダムスの言葉を借りるなら,局所実在の前提を捨てることには「多くの人がたいへん立腹したし,よけいなことをしてくれたというのがおおかたの意見だった」(『宇宙の果てのレス
ある数学愛好家が発見した帽子に似た図形に数学界が沸き立っている 英ヨークシャー在住の数学愛好家スミス(David Smith)が,とある13角形を発見した。数学者による探索を何十年もかいくぐってきた図形だ。いかつい帽子に似たその形(次ページの図で太線で描かれている図形)は,ドイツ語で「1個の石」を意味する「アインシュタイン」という名で呼ばれている。アインシュタイン・タイルを使うと浴室の床を隙間なく敷き詰めることができ,しかも同じパターンが繰り返されることが決してない。浴室の床だけでなく,どんな平面でも,それが無限に広がっていても,これが可能だ。 非周期的にしか敷き詰められないタイル 数学者は長年,敷き詰めが必ず非周期的になる「強非周期的タイル張り」を実現するタイル形状を探し求めてきた。まず見つかったのは形状が様々に異なるタイルのセットだった。1964年に発見された最初のセットは2万426種
2023年のノーベル化学賞は,「量子ドットの発見と合成」の業績で米マサチューセッツ工科大学のムンジ・バウェンディ(Moungi Bawendi)教授,米コロンビア大学のルイス・ブルース(Louis Brus)教授,旧ソビエト出身のアレクセイ・エキモフ(Alexei Ekimov)氏の3氏に贈られる。 高性能ディスプレー,安価な太陽電池,体内の物質動態を追いかける蛍光マーカーなど,今,極めて幅広い技術に応用されつつあるのが量子ドットだ。量子ドットとは,直径が数ナノメートルから数十ナノメートル(ナノは10-9,つまり10億分の1)ほどの半導体の微粒子のことだ。 物質をナノサイズに縮めると,中の電子が狭い範囲に閉じ込められ,物質の特性が大きく変わることは,量子力学が確立して間もない1930年代から理論的に予測されていた。 1980年代前半,旧ソ連の研究者エキモフ氏は,塩化銅を同じだけ添加した色ガ
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