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Claude Code
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歳をとると、自分の身体の短所だけでなく長所もわかってきて、そのおかげでやってのけられること・アドバンテージを確保できることがある。私の場合、インフルエンザなどにかかった時にカップヌードルを食べるのもそのひとつだ。 ネットで検索すると、インフルの時にはカップ麺を食べるな、という助言が見つかる インフルエンザにかかった時にはどんなものを口にしたらいいのか? 一般には、食べやすいものや消化しやすいもの、口当たりの良いものだろう。オンライン診療のクリニックさんのページを見ても、だいたい、そうした食べ物がすすめられている。そうした助言のなかに、「コンビニで買える食べ物」についてのセンテンスがあったので紹介する。 消化がよいおかゆやうどん、スープ類、ゼリー飲料、ヨーグルトなどは、食欲がないときでも取り入れやすく、コンビニやスーパーでも手に入ります。 おかゆや雑炊はパウチタイプの商品もあり、保存しやすく
おとといの続き。 おととい、「日本が好き」な理由なんてなんでもいいじゃないですか、と書いた。そうした後に、私にとって日本が好きな理由、日本で好きなもの、日本で助かっていることを色々と思い出してみた。 振り返ると、日本が好き・日本で良かった理由はたくさん思いつく。文学やサブカルチャーはもちろん、食生活、風土、制度、個別の要素はいくらでも挙がる。他国と比べて劣っている部分、不便な部分がないとは言えないけれども、「住めば都」とはよく言ったものだ。 私は日本の翻訳者にめちゃ助けられています ところで、私の「日本が好き」のひとつに、優れた翻訳者がたくさんいて、海外の読み物を母国語で読めることを挙げたい。以下、幾つか例を挙げてみます 消費社会の神話と構造 新装版 作者:ジャン・ボードリヤール紀伊國屋書店Amazon 私が若かった頃にめちゃくちゃな影響を受けたフランスの社会学者・ボードリヤールの『消費社
日本が好き好き言う割に、古事記も日本書紀も源氏物語や伊勢物語も知らなかったり、お札にもなった日本を代表する文豪の小説を一冊も読んでいないとなると、何が好きなのかな、って気になります。 私は日本の文学が大好き。日本語も美しいと思う。特に夏目漱石の言葉選びが好き。— れな (@rena07110) 2026年2月9日 Xというプラットフォームは、何かしら意見が衝突するようにできているのかもしれない。それが反目を生むのか議論を生むのか、社会の一隅を照らす窓となるのかは、さまざまだろう。 今朝、私は上掲のようなポストをXで見かけて「なんだこれは?」と思った。 だからブログで問うてみたい。 古典の作品や文豪の作品に日本らしさ・日本ならではの良さがあるのは私も理解しているつもりだ。私は勉強不足なので古事記や日本書紀についてあまり知らないし、伊勢物語も読んでない。しかし源氏物語については部分的に読んだ記
※この文章は、途中から機動戦士ガンダム閃光のハサウェイキルケ―の魔女のネタバレに変わります。ネタバレしたくない人は、途中で警告しますので引き返してください [GUNDAM]映画 機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ キルケ―の魔女 映画チラシ 日本アニメ Ξガンダム 小野賢章 2026 ガンダム(GUNDAM)Amazon 『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ キルケ―の魔女』を観てきました。 前日譚にあたる『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』や原作小説から継承した諸々を踏まえつつ、2020年代のガンダムのひとつとして何かを表現している・描いていると伝わってくるガンダムだった。もちろん、こうした野心的なトライアルに賛否が生じるのは避けられない。さまざまな世代のさまざまなガンダムファン、ひいてはアニメファンがいるなかで、すべての視聴者が満足し、納得するガンダムをつくることなどできない。そのうえで
数年前に、ある人から防災グッズをプレゼントしていただき、我が家も防災について考えるようになった。 アイリスオーヤマ 【防災士監修】 防災グッズ 防災リュック 1人用 31点 エアーベッド、エアー枕付きで避難所でも快適に過ごせる防災リュック 簡易トイレ 撥水加工 ブラック BS131 アイリスオーヤマ(IRIS OHYAMA)Amazon 防災グッズといっても、このアイリスオーヤマのものほど完璧にパッケージされた品ではない。けれども、これに近いものがすぐ取り出せる体制にたどり着いた。防災グッズのプレゼントは効果てきめんだ! まだ持っていない人にはプレゼントのしがいがあるかもしれない。ただし、既に用意している人も多かろうから、贈る前に要確認だが。 災いが絶対にないと言い切れるなら、防災グッズなんて無用の長物だ。けれども巨大地震などでライフラインが不通になった時、それがあるのとないのでは生命や健
ブログを使って誰かに返信を書く時、私は自他の違いを意識し、自分の輪郭がいつもよりくっきり見えるような気持ちになります。今回、小島アジコさんから返信をいただいたので、返信がてら、「才覚」が求められる時代に対する私の不安を可視化してみたくなりました。 1.お手紙ありがとうございます! どんな時代にも頼れるのは「才覚」っすね! orangestar.hatenadiary.jp こんばんは、アジコさん。私の最後に頼れるのは才覚ぐらいしか思いつかない - シロクマの屑籠に返信くださりありがとうございました。おっしゃるとおり、最初っから最後まで、人間、頼れるのは「才覚」しかないっすね! アジコさんがご指摘されたとおり、今回私が言っている「才覚」は広義のもので、才覚、能力、長所、できること、が含まれます。アジコさんが丁寧に補足してらっしゃるように、先天的なものから後天的なものまで、生物学的なものから社
togetter.com togetterに、「最後に頼れるのは制度か、それとも血縁か」という話に関して、核家族の耐用年数切れといった話が記されていた。以前から私は個人主義や核家族システムの隘路について考え、書き記すのが割と好きなほうで、たとえば十年前には「人は一人では生きられない。もう一度群れるしかない。」という文章を書いている。私と同じように考える人が増えているならば、今はそういう趨勢にあるのだろう。 一人暮らし、核家族、個人主義の前提条件を振り返る 一応断っておくと、独り暮らしや核家族を貫き、独り身の気楽さ、しがらみからの自由を満喫する方法はこれからもある。ずっと未来においてさえそうかもしれない。しかし、それなら先立つものについて考えなければならない。独り暮らしや核家族を成立させるに足りる金銭や収入、あるいは財産といったものだ。 個人主義というイデオロギーをベースとした、独り暮らしや
blog.tinect.jp 2017年5月にブログに書き、今年、books&apps用にリライトした「内容のないコミュニケーションを馬鹿にしている人は何も知らない」。 上掲リンク先では、「コミュニケーションには報連相的に正確な情報を伝える機能のほかに、不審を取り除き、親しさを確認しあう挨拶みたいな機能もある」さまを紹介した。そうしたコミュニケーションが得意なことは立派な長所だし、それを疎かにすると人間関係に支障をきたす。 それから歳月が流れ、私なりにコミュニケーションについて色々な文献から学んだ。この「内容のないコミュニケーション」について、学問的にもっとうまく表現している人はいないかと探し回ったりもした。去年、かなり近いことをまとめている社会学者を発見したので、その人の論説に基づいて「内容のない会話」について再考してみたい。 社会学者は、それを「面目行為」と呼んだ しょうもないことしか
p-shirokuma.hatenadiary.com 上の文章の続きとして、中年危機の心境や心情をバックグラウンドとして起こることがある、重症度の高いうつ病について紹介したい。 人間は変わり続けていくから、変化にあわせてライフスタイルを変えたほうが生きやすい、のはリンク先に書いたとおり。でも、「変化にあわせてライフスタイルを変える」といっても簡単とは限らない。表向きはライフスタイルを変えているつもりの人でも、主観的には気持ちが若いままってことは割とよくある。 一般に、「気持ちが若いまま」はポジティブな特徴とみなされがちだ。しかし、その気持ちの若さが仇になることもある。50歳、60歳になっても気持ちが若いままの人が、あるとき、自分の身体や境遇が全く若くなくなっていると悟ってしまった時、主観的に、とてつもない衝撃として受け取られることがある。身体疾患、更年期障害、死別、退職といった出来事が、
NotebookLMのインフォグラフィック生成機能、 今更に使ってみたけど凄い!!(驚き男) pic.twitter.com/HGQfE91SJg— まめ狸@パラオ泊地 (@mametanuki) 2026年1月11日 ツイッター時代からの相互フォローのmametanukiさんが、AIに上のようなイラストを出力させてらっしゃった。オタクの中年危機はどういうもので、どういう解決があるのかについてのイラストだ。 なお、mametanukiさんは「「ニュータイプ」になれなかった中年オタクの生存戦略」という文章のなかで、現実主義的なオタク撤退論についても書いていらっしゃる。求道者として趣味の道を突き進むのでなく、もっとまったり・身の丈にあった趣味生活になっていくことを勧める文章だ。私は、それでいいよねと思った。 私は、若い頃に求道的なオタクだった人がぬるくなっていくことを悪く思わない。何十年もその
あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。 年末年始がずっと考え事と仕事ばかりだったので、ブログの感覚が思い出せない。なので、以下の文章でリハビリさせてください。 blog.tinect.jp 前日譚:去年、「AIは面白い」と教えてもらった 上の文章にある「ChatGPT100日修行」を、私は去年から知っていた。なぜなら、筆者のいぬじんさんから、大阪の飲み屋で直接うかがったからだ。それから私もAIをさわりはじめ、約300日が経った。はじめに複数のAIを比較した結果、「AIのある生活」をやってみる対象としてChatGPTを選んだ。特定の用途があったなら他のAIにしていたかもしれないが、私の当初目的は「AIのある生活をやってみること」だったからだ。 はじめの頃、私は「課金したんだから元をとらなきゃいけない」「生産的なことに使わなければならない」などと考えながら試行錯誤し、使い
今年も年末になってしまいました。毎年恒例、今年飲んで良かったと思えたワインについて紹介します。なお、今年の裏テーマは「インフレ下でどうワインを飲むか」です。 インフレや円安も進み、国際情勢が不穏の度合いを深めていくなか、私のワイン選びは慎重に、けちくさくなりました。"神の雫"を求めて無茶をするのでなく、これからも付き合っていけそうなワインと付き合いやすいように選ぶ。ワインを選び、買い、飲む最中にそんなことを考える機会が増えました。それだけに、コスパが良くておいしいワインを探している人の参考にはなるかもしれません。 ギガル コート・デュ・ローヌ ブラン 2021 フランス南部・ローヌ地方で最も量販品をたくさん生み出し、それでいて最高級品まで作っているギガル。ギガルのワインは白も赤も、典型的な国際品種(シャルドネとか、カベルネ・ソーヴィニヨンとか)でないことを気にしなければ、すこぶる美味く、す
内田樹氏のツイートをきっかけに、日本が終わっただの、終わっていないだのといった応酬がXで繰り広げられているのを見かけた。起点となった投稿は以下のものだ。 Twitter見ていると、日本がすごい勢いで沈んでいるのがわかります。止める手立てを思いつきません。とりあえず都市住民は里山にセカンドハウスを持って、食べるものを作ってください。ソ連崩壊のときに人民が飢えずに済んだのはダーチャ(菜園付き別荘)があったからです。— 内田樹 (@levinassien) 2025年12月21日 X(twitter)を眺めて日本の沈下っぷりを憂いた、それ自体は理解できることだ。Xを眺めて憂国する人は、思想信条にかかわらずたくさんいるものである。しかし日本の都市住民に対し、「来るべき崩壊に備えて菜園付き別荘を持て、食べるものをつくれ」と言うのは、私にはまったく理解できない。内田氏のいう都市住民とは、菜園付き別荘を
最近、色々な人が合理性とか合理主義といった言葉を用いているのを見かけた。しかし、合理性や合理主義の指し示す内容、およびそれらに沿った行動の内容がまちまちだったので、いろんな合理性や合理主義がある気がしてきた。 いろんな合理性や合理主義があり、それに基づいた色々な合理性や合理主義が語られているとしたら、それらの言葉を見かけたからといって、自分が思い描いている合理性や合理主義とは一致しないかもしれない、とも思った。そのあたりについて、頭の整理がしたくなったのでここにまとめる。 その合理性・合理主義は資本主義に仕えている? 一例として、12月17日にbooks&appsに寄稿した、恋愛と結婚と合理主義について書いた文章を挙げる。 blog.tinect.jp この文章には、二種類の合理性や合理主義が登場する。 ひとつは、経済的視点からみた合理性や合理主義、資本主義の観点から見たそれらだ。コストパ
なんか、Xでやたらとバズったので自分のブログで意見をまとめておきますね。 きっかけとなったはてな匿名ダイアリーとXのポスト 今回の起点になったはてな匿名ダイアリーはこれだ。 anond.hatelabo.jp 11月25日のはてな匿名ダイアリーに、「オタクを降りた。何も残ってない」という文章が投稿され、はてなブックマークが集まっていた。 この文章を読んで最初、私はサブカルチャーの儚さについて思った。たとえば10年前に見たアニメ、20年前に熱中したゲーム、それらが傑作で心動かされるものだったとしても、社会からは次第にフェードアウトしていき、自分自身のなかでも思い出、それも遠ざかる思い出になってしまう。リメイクが作られる作品もあるが、だからといって、たとえば『銀河英雄伝説』や『らんま1/2』が過去そのままに蘇るわけではないし、それらにタイムリーに触れていた頃と同じ熱気を伴って蘇るわけでもない。
2025年12月4日の23時15分頃、「教養をつけるべし」という霊言が私に降ってきた。 12月4日23時15分、この、2025年の惣流アスカラングレーの誕生日にポストモダンの霊言が私のもとにおりてきた。霊言に曰く、「教養をつけよ、励め」だそうな。— p_shirokuma(熊代亨) (@twit_shirokuma) 2025年12月4日 うん、私は今、教養が欲しい。 なぜならポストモダンが本当にやってきて前が見えないからだ。 「フェイクかファクトか」と考えることに、今、意味があるのか ここ一か月ほどの私はインターネットが億劫だった。Xやブルースカイは特にそうで、疲弊した金曜夜にそれらを死んだ目で眺める時間が呪わしかった。こんな蜃気楼を眺めて何になる? と。 この一か月ほどX等を眺めていて思うのは、ファクトかフェイクかといった思考法はここではなんの意味も持たず、たぶんここの外においてもそれ
いつも読書の参考にさせていただいているホリィ・センさんのアカウントに、ゆうべ、以下のようなメンションがあった。それを読み、勝手なことを書いてみたくなった。 令和人文主義者全体それぞれの人たちはあまり分からないが、少なくとも三宅さんの言う「読書」はけっこうラディカルなものを志向しているように見えるが— ホリィセン放言取り急ぎ (@noisysen) 2025年12月1日 読書をすることで一人になれるだとか半身になれるだとか言っているのって、今ある社会秩序を揺るがそうとしてはいるよね— ホリィセン放言取り急ぎ (@noisysen) 2025年12月1日 ホリィ・センさんのこのメンションは、最近一部で話題になっている「令和人文主義」なる語彙に関連したものらしい。私は、この「令和人文主義」なる語彙についてよくわからない。「令和人文主義の解説」なるものを読んでも理解した気持ちにならなかった。ただ、
私の2024年は、まだ終わっていない。 私にとって2024年は「人間の自己家畜化」と「推し活」と「中年危機」についてひたすら書き続け、しゃべりつづける年だった。ありがたいことに色々な人にご関心を持っていただき、私もたくさん課題を持ち帰った。それは良かったのだけど、2025年になっても問い合わせが続くのは想定外だった。ちょっと負担になりはじめている。 そのなかで、今日は「中年危機」についてグチグチ書きたい。 私は現代人と私自身の年の取り方に関心があって、2010年代には当時の若作りな傾向、たとえば"美魔女"や"チョイ悪オヤジ"に象徴されるようなエイジングの混乱に違和感を表明する本を書いたりした*1。当時は現在以上に中年や老年に対するネガティブなイメージが流通していて、加齢恐怖症めいた、若さ至上主義っぽい社会風潮があったように思う。 で、あれから10年が経過し、好ましい中年像や老年像は少しはで
ちょうど一か月前に「早起きできるようになった。年を取った - シロクマの屑籠」と書いたけれども、11月に入ってからは過労死な気分だ。矛盾も甚だしいが、矛盾した状況を生きていることを書き残せば、生命力の不安定な脈動を思い出せる気がするので書いてみる。 今週はとても忙しくて、週のはじめからフルパワー稼働だった。最近は午後8時を回っても普通に全力で働けてしまうので困る。リンク先にあるとおり、あまり遅くまで働くと眠れなくなるので午後9時までには作業を停止したいのだが、昨日とおとといは午後10時まで働いてしまったし、働く必要のあることごとが存在していたりする。今期唯一楽しみにしている『ウマ娘シンデレラグレイ』を視聴するのも遅れているし、『ヨーロッパユニバーサリス5』を遊ぶなど夢のまた夢だ。 昭和時代には「24時間働けますか」などとリゲインのCMは歌っていたが、密度の高い令和の労働状況のなかで同じ時間
いい本に出会ったので紹介したくなりました。紹介します。 なぜ人は締め切りを守れないのか 作者:難波優輝堀之内出版Amazon この本は「人はなぜ締め切りを守れないのか」という疑問から出発して、人間にとって時間とはどういうものなのか、ひいては「いい時間」「悪い時間」とはどういうものなのか等を論じている本だ。締め切りをひとつのキーワードとして、古今の哲学者や思想家のお話を引用し、はるか昔からの人間の時間観念を振り返り、時間に追われる現代人のありようを紐解いていく(そうしたうえで著者自身の展望も記される)。こう書くと重たそうな本に思えるかもしれないが、この本は内容に比してかなり軽やかだ。 本書には良い点がたくさんある。 ひとつは、時間について“哲学する本”なのに難読ではない点だ。 哲学と銘打った本、哲学に明るい人が書いた本は読みにくいことが多い。少なくとも20世紀までに書かれた哲学系の書籍は、ど
orangestar2.hatenadiary.com こんばんは、小島アジコさん。シロクマです。 次々にブログサービスがなくなり、綺羅星のようだったウェブサイトまで消えていくのは悲しいものですね。 リンク先でアジコさんが書いてらっしゃるように、 (株)はてな がネットメディアの金剛組のようになって、数百年後もブログサービスを保守してくれたらすごくいいなと私も思います。とはいえ、(株)はてな も営利企業のひとつではあるので、依存してばかりってわけにもいきません。 私は広告を消すためにはてなブログに課金をしています。インターネットに広告が溢れてしまっていること、単に広告があるのでなく、00年代などと比較しても苛烈な広告にさらされていることもインターネットという場の変質に関わっていることでしょう。ただし、広告を消してもプロパガンダは消えません。そしてインターネットはプロパガンダの場、動員の場で
www.nikkei.com news.yahoo.co.jp クマ害に悩む秋田県で、とうとう自衛隊要請が出た。 上の記事によれば、自衛隊による駆除自体は法的権限からみてできないと認識したうえで、自衛隊にしかできない仕事を要請するという。下の記事によれば、防衛省は派遣の方向で考えていると。 地方都市に住んでいる私にとって、秋田県の報道は他人事ではないから動向は気になっていた。ただし、今年の秋田県の報道を眺めているとスケール感が違うというか、東北地方のクマの出没頻度と被害が桁違い過ぎて驚くしかない。 獣害列島 増えすぎた日本の野生動物たち (イースト新書) 作者:田中淳夫イースト・プレスAmazon ところが、田中淳夫『獣害列島 増えすぎた日本の野生動物たち』によれば、本来、江戸期から日本列島では獣害があるのが当たり前で、19~20世紀にかけて獣害が少なかったほうが特別なのだという。 ……時
動物化するポストモダン オタクから見た日本社会 (講談社現代新書) 作者:東浩紀講談社Amazon 最近私は「近代社会ってなんだろう?」ってことに関心があって、近代社会とその続きについて書いてある本を再読してまわっている。ゆうべは東浩紀『動物化するポストモダン』を数年ぶりに読んだ。ただ懐かしいだけじゃない。読むたびに発見があって「こんなことを著者は書いていたのか!」と驚いた。それからインスピレーション。自宅の本棚のいちばんいい場所には、読むたびにインスピレーションが刺激される本を並べておきたいよね。 昨日の私は「動物化したオタクって、どのあたりのオタクまでで、どこからのオタクは元々動物だったんだろうか?」ってことを読みながら考え続けていた。 『動物化するポストモダン』でいうところの「動物」とは、コジェーヴという哲学者の言っていた「動物」のことらしいが、私はこのコジェーヴという人自身の本を読
日の出が遅くなってきたのに、朝、早くに目が覚めてしまう。昔は早起きが苦手だったはずなのに、午前6時、なんなら午前5時半には起きだしてジョギングしたり、『艦これ』のデイリー任務をこなしたりするようになった。 早朝には、人の気持ちを引き締める効果があると思う。 ひんやりとした、人気の少ない路地の空気を思いっきり吸う。薄暗い10月の朝でも花々は一生懸命に咲いていて、草むらからは秋の虫の声が聞こえる。紅葉は始まっていないが、路上の落ち葉や広葉樹の葉がいくらか黄色くなりはじめた。毎年あれを見るたび「人間の白髪みたいだな」、などと思う。 そういう涼気をたっぷり吸い込んでから仕事に向かうと、始業時間からフル稼働できるように整う。10~20年前なら眠たさを引きずっていたはずの午前8時も、今は苦ににならない。一日のタスクに素早く取り掛かれるのは幸先良いことだ。できることが増えるし心にも余裕が生まれる。昼食と
2025年10月17日をもって、このブログ『シロクマの屑籠』は20周年を迎えました。 私が20年間ブログを続けられたのは、第一に、このブログを読んでくださる方々、特にはてなダイアリー・はてなブログ・はてなブックマークをとおして繋がり合ってきた知己の皆さんと常連読者さんのおかげです。長きにわたってご一緒してくださった常連読者の皆様、ありがたいトラックバックやリンクを送ってくださる方々、暖かい言葉をかけてくださったり、貴重なご教唆をわけてくださったりする方々に、深く御礼申し上げます。 しかし振り返って、20年という歳月は短くはありません。 この間にブログブームは沈静化し、Youtube、ニコニコ動画、そしてSNSが代わって栄えていきました。歳月は、私と私をとりまく環境を変えてしまい、ネットコミュニケーションの趨勢まで変えてしまいました。20年前と同じインターネットを『シロクマの屑籠』でやっての
こんな文章は20代の人がnoteにまとめて胸を張るべきもので、私が書いてどうすんの? な感じだけど、有料記事パートの枕としてまとめておきたくなったので簡単に書く。 世の中には、自分と同じ場所に集まり、同じことをやっているようにみえる人がたくさんいる。でも、その人がやっていることの意味、やらざるを得ない理由や背景は自分と同じとは限らない。この「やっている意味ややらざるを得ない理由や背景は自分と同じとは限らない」が把握できているかできていないかは、ときにコミュニケーションの成否をひっくり返したり、会議などの帰趨を左右したりすることがある。 たとえばある職場、ある職種において、あと1年で退職が決まっている人と、最近家を建ててローンを支払い始めたばかりの人と、仕事はひととおりできているが身を固めるようなことは未だしていない人では、同じ仕事をしていても、その仕事のバックグラウンドにある動因はかなり違
日本人男性は安全・安心を想像できる身なりと行動ができてなければ不審の目でみられる……ということが実際あったし今でもあると思うんですが、だとしたら、それと同じ目線と論理が素性の想像しがたい外国人男性に向けられるのはスムーズな流れだと思われます。是非はさておいて。 https://t.co/ool9m6xRz5— p_shirokuma(熊代亨) (@twit_shirokuma) 2025年10月3日 「不審者注意!」という看板を見るたび、「やめてくれ、その術はオレに効く」みたいに思う。 ある時期まで、私はそうしたことを意識することなく日本社会で暮らし続けていた。けれども40代後半に入って、いい加減な恰好で住宅街を歩いていると不審の目で見られること、警戒されていることに気付くようになり、中年男性は身なりや恰好、振る舞いに気を付けなければ不審者とみられることを知った。そこから更に、もっと若い男
はあ、「秋の日はつるべ落とし」とはよく言ったもので、最近、日没がどんどん早くなっていきますね。 しかし「一日がどんどん短くなっていく」のは秋の日だけではないのでした。「50代に突入した私の一日も、随分と短くなったなぁ」と毎日のように悲しんでいます。 私がインターネットに夢中になりはじめた頃、インターネットといえば24時を過ぎてからが本番でした。テレホーダイ時間の名残りで23時過ぎぐらいにアクセスしてくる人が多かったし、夜になるとテンションがあがってきて、日付をまたいでからが本番、といった趣がありました。それで夜ふかしをし、翌朝はぐったりした顔をしていたわけですが、24時間のうち18時間ぐらい、いや控えめに言っても17時間ぐらいは動き回っていたのでした。 それが今では19時には眠くなってくるのです。19時って言ったらNHKの「7時のニュース」の時間ですよ? そんな時間に自分の意識に帳が降りて
goldhead.hatenablog.com 1. こんにちは、黄金頭さん。シロクマです。ご論、楽しく拝見しました。ブログが趣味である私にとって、こうしてお手紙をいただけるのはブロガー冥利に尽きる瞬間です。 さて、黄金頭さんはブログエントリのタイトルを「なにが悲しくて趣味でまで他人とかかわらなければいけないのか?」としました。たとえばカラオケ、例えばオンラインゲームをなさらない黄金頭さんはコミュニケーションが嫌い、人が嫌いだとおっしゃいます。 しかし黄金頭さん。 https://t.co/A7zIS8kOFE— 黄金頭 (@goldhead) 2025年9月19日 黄金頭さんは、くだんのブログエントリをお書きになったその日のうちに、Xにてスペースを利用して、『チェーンソーマン』についておしゃべりしているのです。 ええっ? コミュニケーションが嫌い? 人が嫌い? タイムスタンプによれば、こ
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