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コーヒー業界の新たなエコシステムを構築するTYPICAの挑戦【知られざる起業の世界】
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コーヒー業界の新たなエコシステムを構築するTYPICAの挑戦【知られざる起業の世界】

世界中でされる嗜好品「コーヒー」。その背後には、複雑なサプライチェーンや価格決定の仕組みが存在し、多くの課題が潜んでいます。そんなコーヒー業界に変革をもたらしている日本発のスタートアップがあります。

TYPICAのCEO後藤将さんとエチオピアの生産者(TYPICA提供)

大阪市中央区に登記上の本社を構えるグローバル企業・TYPICA Holdings株式会社(以下、TYPICA)は、生産者とロースターを直接つなぐオンラインプラットフォームを提供することで、従来の取引構造を根本から見直し、より持続可能な未来を目指しています。
 
TYPICAのCEOである後藤将さんは、「コーヒー業界には搾取的な構造や情報の非対称性といった問題が存在しています。我々はそれを解決するため、生産者と消費者が直接つながり、互いに価値を認め合えるプラットフォームを作りました」と語ります。


CEOの後藤将さん(TYPICA提供)

長期固定価格によるダイレクトトレードの推進

2025年3月26日、TYPICAは、日本とブラジル間で初となる長期固定価格によるダイレクトトレード案件に関する覚書を締結しました。
 
この覚書は、日本の大手カフェチェーン「ドトールコーヒー」、ブラジルでコーヒー倉庫・品質管理を担うACAUA社、持続可能な農業ソリューションを提供するFertinutri社とのパートナーシップに基づくものです。

2025年3月26日に開催された「日・ブラジル経済フォーラム」(TYPICA提供)

総額80億円規模の取引が予定されており、2030年までに10件、総額1000億円規模の市場創出を目指しています。
 
この取り組みは、従来の先物市場に依存した価格決定プロセスに変革をもたらすものであり、生産者とバイヤーが実際のコストと付加価値に基づく長期固定価格で取引できる新しい枠組みを提供します。
 
生産者は安定収益を確保し、中長期的な視点で品質向上や持続可能な生産に取り組むことが可能となります。

TYPICAのビジネスモデルの図表(TYPICA提供)

コーヒー業界では、投機マネーが流入する先物市場が価格決定の中心となっており、生産者やバイヤーが安定的な経営を行うことが非常に困難な状況です。この仕組みでは、生産者は短期的な価格変動への対応を優先せざるを得ず、品質向上や持続可能な生産への投資が後回しになってしまいます。
 
「私たちは、この構造的な問題を解決するため、生産者とバイヤーが直接つながり、長期固定価格で安定的に取引できる仕組みを作りました」(後藤さん)
 
さらに、今回の覚書締結について後藤さんはこう話しています。
 
「『これだけの物量を、これだけの期間で』という明確な条件があることで、生産者にも安定した需要があることを示すことができます。これは単なる取引ではなく、生産者とバイヤー双方にとって信頼関係を築く重要な一歩であり、業界全体のサステナビリティ向上にもつながります」
 
生産者が短期的な価格変動に振り回されることなく、中長期的な視点で経営や生産活動に集中できる環境を提供するものです。また、大手ロースターとマイクロロースターが共存する新たなコミュニティ形成にも寄与し、「規模の経済」と「質の経済」の相乗効果を生み出す可能性も秘めています。


コーヒーの生産者(TYPICA提供)

米西海岸のスペシャルティコーヒー文化がもたらした転機

後藤さんは19歳で起業家としてのキャリアをスタートさせ、その後もさまざまな事業に携わってきました。2013年、西海岸でスペシャルティコーヒー文化に触れたことが転機となりました。その理念に感銘を受けた後藤さんは、日本国内ではその本質が十分に体現されていないことに課題を感じ、自ら解決策を模索しました。

30歳の頃の後藤さん サンフランシスコにて(後列左から3人目)/TYPICA提供

「スペシャルティコーヒーという概念は素晴らしいものだが、日本ではスタイルだけが輸入され、その本質的な価値が薄れているように感じました。そこで、生産者とのダイレクトトレードによる透明性と公平性を重視した、新しい仕組みを作ろうと考えました」と後藤さんは振り返ります。
 
当初、ダイレクトトレードには多くの課題がありました。たとえば、コンテナ単位でしか取引できない構造や高額な前払いなど、小規模ロースターには手が届かない条件が多かったのです。しかし後藤さんは、この問題を解決するためにクラウドファンディングやシェアリングエコノミーの考え方を活用し、コミュニティ型プラットフォームとしてTYPICAを立ち上げました。

サービスローンチ発表会での後藤さん(TYPICA提供)

TYPICAが注目される理由の一つは、小規模生産者が1袋(約60kg)単位でコーヒー豆を販売できる仕組みを構築したことにあります。
 
従来、コーヒー豆はコンテナ単位(約18トン)で取引されることが主流でした。この仕組みは小規模生産者にとって大きな障壁となっていましたが、TYPICAはそれを打破し、生産者が自ら価格を設定できる環境を提供しています。
 
その取り組みが注目され、現在107カ国、約17万件の生産者やロースターが、同社のプラットフォームに登録しています。

2022年10月に開催されたTYPICA初の年次総会「TYPICA Annual Meeting」(TYPICA提供)

TYPICAとの連携で品質向上と収益増加を実現する生産者

TYPICAの取り組みは既に多くの成功事例を生んでいます。
 
その一つがボリビアのカルメロ・ユフラさんとの協力です。カルメロさんの生産量は病害によって激減し、一時はコーヒー生産から撤退せざるを得ない状況にありました。
 
しかし、TYPICAとの連携によって品質向上と収益増加を実現し、ボリビア国内品評会「プレジデンシャルカップ」で優勝するまでになりました。


カルメロ・フユラさん(TYPICA提供)

また、タンザニアではキリマンジャロ付近で活動するレオン・アイディーン夫妻との協力が挙げられます。
 
市場価格による不安定な収益構造から脱却し、現在ではほとんどをTYPICAプラットフォーム上で販売することで安定した収益基盤を築きました。生産者・ロースター・消費者間でコミュニティ意識が高まり、新たな価値創造につながっています。
 
TYPICAは「美味しいコーヒーのサステナビリティ向上」をビジョンとして掲げています。同社は今後、大企業向けダイレクトトレード市場への進出など、新たな挑戦を続けていく予定です。
 
後藤さんは、「我々は全ての流通サプライチェーンを透明化し、生産者とバイヤーが直接取引できるエコシステムを整えています。このモデルを、グローバルスタンダードにします」と語ります。その言葉通り、TYPICAは持続可能なコーヒー業界実現への道筋として、新たな国際市場づくりに邁進しています。

ヨーロッパチームとの食事会(TYPICA提供)

バイヤーの需要データを生産者に公開する仕組み

新たな取り組みも始めています。TYPICAが新たに導入した「ウィッシュリスト」機能は従来のコーヒー取引モデルとは全く異なる革新的な仕組みです。
 
従来は生産者がバイヤーに対してニュークロップ(新収穫)を販売するという形態が主流でした。しかしこのモデルでは、生産者側から見ればバイヤーのニーズや市場動向について十分な情報が得られず、不利な条件で取引せざるを得ない状況が続いていました。
 
ウィッシュリストでは、バイヤー側が調達希望情報(国別・物量・品質・納期など)を登録し、需要データを全世界の生産者へ公開する仕組みとなっています。この機能によって、生産者はバイヤーから提供された情報に基づいて生産計画や商品開発、マーケティング戦略を立てることが可能となりました。    

ウィッシュリスト機能の図解(TYPICA提供)

「この透明性こそが生産性向上や品質改善につながり、業界全体の流動性と公平性を高めていく鍵です」(後藤さん)
 
TYPICAは、コーヒー業界の構造的な課題を解決し、持続可能な未来を築くために革新的な取り組みを続けています。生産者とバイヤーの間に存在していた情報の非対称性や搾取的な取引構造に挑み、透明性と公平性を実現するプラットフォームを構築してきました。


ボリビアにて(TYPICA提供)

しかし同社が掲げるビジョンは経済的利益の追求だけではなく、社会や環境への貢献を通じて新しい価値観を創造することでもあります。
 
後藤さんが語るように、「経済成長と人類の幸福は矛盾しない」という信念のもと、TYPICAはコーヒー業界における持続可能性の向上を目指しています。
 
この取り組みは、ビジネスモデルだけではなく、人々と自然が共存し、互いに感謝し合える場を提供するものといえるでしょう。

後藤さん(左下)と生産者たち/TYPICA提供