サクサク読めて、アプリ限定の機能も多数!
トップへ戻る
衆議院選挙2026
kandatas.hatenablog.com
ウルティマ基礎知識 1986年『ドラゴンクエスト』のもとになったゲームとして、『Wizardry』と一緒によく紹介されているのが1981年の『Ultima』だった。その特徴は2Dで描写されたフィールドマップ。 ドラクエ以降の世代にとって、ウルティマの認識はこの程度です。 僕だって知らないんだ。 いや、それにしても。 ウィザードリィと比べてウルティマの内容よく知られてない問題、そのことは前々から少し言ってきたが。 1983年のウルティマ3まで、ようやくクリアしてきた。 ドラゴンクエストに対する初期ウルティマの影響、はっきり言って名前だけ知っているのでは不十分です。国産RPGの歴史を語る気であるのなら… ウルティマ基礎知識 ドラクエと同じ2Dマップ 不思議のダンジョンに近い 3Dダンジョンがある 対面式戦闘がある 世界のスケール感が独特 経験値とレベルがアレ ゲームバランスが粗い 乗り物が多い
『Akalabeth』(アカラベス)は「ウルティマ」のリチャード・ギャリオットがウルティマより前に制作した作品だ。後年に「Ultima 0」という別名も与えられており、プロトタイプ的な作品としてよく紹介されている。 販売は1979年と言われ、ウィザードリィより古いウルティマより古いローグよりもっと古い、歴史的にも重要な作品である。 なお「世界最初のコンピュータRPG」ではない。非商用のコンピューターRPGは遅くとも75年、「商用のRPG」でも78年には存在していたことがわかっており、最初ではない。 もっとも、78年の商用RPG「BENEATH APPLE MANOR」(ビニース・アップル・マナー)を紹介している日本語の文章がめったにないのに比べて、Akalabethを紹介している文献は80年代から現在まで結構あるのだが、その割に最初のRPGとして紹介しているものも、ほとんどない。アカラベス
ドラゴンボールの話をすっぞ。 ブウ編の序盤、悟飯が高校に通っているあたりが通称「ハイスクール編」。公式な区分ではないと思う。個人的には悟飯が高校を休んでトレーニングに入るまでがハイスクール編だと思うが、かなり短い。悟飯が高校に通うシーンも、グレートサイヤマンの戦いもほんのちょっとしか描写されず、すぐ終わってしまった。 ハイスクール編が短い理由について、人気が落ちたせいだと訳知り顔で言ってる人がいるが、これは正しい説明ではない。 まず、言うまでもないが人気が落ちたというソースはない。 www.jajanken.net 掲載順はこちらにまとめておられますが、どうやらブウ編どころかレッドリボンの末期あたりから掲載順位は全く落ちなくなる。ドラゴンボールはずーっと人気のまま最後まで走り抜けた。 これは当然で、アニメも大ヒット中で人気絶頂のドラゴンボールが少しハズしたくらいでアンケートが落ちたはずはな
本記事を読む前に、以下の記事を必ずお読みください。 めでたしめでたしと書いたのはそのままの意味で、ウィザードリィの版権問題はもう解決しており、良いところに収まっている、という意見です。 現在の版権はわかりやすい形で約2社に分かれ、彼らは持っている権利を生かし、長年動きの止まっていた一作目のリメイクを行い、そして北米主導のリメイクながらも日本に対しても十分な販売展開を行いました。 限定版の発売に際し、現在権利を保有しているシロテック兄弟も、メディアを通じて日本向けにコメントを発しています。 過去の権利をめぐる動きには一定の疑問を残してはいますが、2024年現在とくに心配するようなことはないでしょう。 そのリメイクの出来に文句があるぞということなら、まあないわけじゃないとして。 今回は現在の話ではなく、「過去の疑問」についての話、ついに書いていこうということです。前の記事を書いたあと、そのよう
ウィザードリィ。それはコンピューターRPGの歴史における重要なタイトルだ。1981年に発売したそのゲームは80年代から90年代前半を通して広くプレイされ、多数のゲーム開発者に多大な影響を与えた。 堀井雄二や坂口博信も初期にその面白さにハマったプレイヤーで、ドラゴンクエストもファイナルファンタジーもウィザードリィがなければ生まれなかったというくらいの存在。 たとえば、ドラクエ・FFの歴史を考えてるときにウィザードリィの名前が出てきたら、このぐらいの説明で十分でしょう。 超簡易年表 Wizardryの誕生まで 日本輸入初期 Apple2を買えたのか? 国産RPGの登場と日本版ウィザードリィ発売 ドラクエ登場から ファミコンの性能が向上 ドラクエ伝説の裏で ファミコン版ウィザードリィの成功 誤解は広がる ウィザードリィより古いRPGの知識 世代別分類 ウィザードリィってどんなゲーム 高く評価され
『マンガ ドラゴンクエストへの道』は、エニックスが出版事業に参入してまだ日が浅い1990年2月に出版された。 同時期の「モンスター物語」などと同じB5判で、280ページ以上もある長編だ。 中身はご存じだろうが、堀井雄二と中村光一がエニックスと出会い、ドラクエ1を開発するまでの経緯をマンガにしたもの。 有名な本だ。 現在も本書は一線級の資料として扱われており、ときにはゲーム史の参考文献として使用されていることもある。 本の中にはフィクションともノンフィクションとも書いてないのだが、大部分は事実に沿って構成されているが、もちろん一部は脚色も入っているという見方が一般的である。 そこに罠があったという話を、今回やっていこうと思う。 いろいろあったが、結局入手するしかないという考えに至り、こうなった。 のち91年にガンガンコミックスから再編集版が出ているが、単純にオリジナル版のほうが内容が多いよう
このブログでは、数ヵ月前から延々とFFの歴史を追いかけるということをやってきた。それは「FF1の歴史上の意義とかちゃんと評価してる本あるのか?」という疑問から生じた話だった。 流れで目に入ってきたのがこの本だった。 >国産RPGクロニクル ゲームはどう物語を描いてきたのか? >日本でRPGはなぜ人気をえたか。物語はゲームでどう表現されるようになったのか。 >国民的RPG、ドラクエとFFの功績をあらためて徹底検証! ドラクエとFFの歴史を中心に追いかける本。責任上、読まないわけにいかない気がしたし、以前から考えていた「FF1の歴史的扱いが載ってる本ぜんぜんない問題」についても反証のひとつになる、かもしれないと思ったのである。 とはいえ、事前にそこまで期待はしてなかったことも正直に言うが。 著者の渡辺範明さんは2002年にエニックス入社で、入社翌年即スクエニになってたという経歴。10年ほどゲー
2023年9月16日、突如としてSteamで『ウィザードリィ』1作目のリメイク『Wizardry: Proving Grounds of the Mad Overlord』(日本版タイトル:ウィザードリィ 狂王の試練場)がアーリーアクセス版で配信された。 これまで、ウィザードリィには版権問題があることが知られていた。 現在ウィザードリィを販売している日本のドリコム社が所有しているのはWiz6以降の権利のみ。 5以前の権利は別の誰かが所有しており、この協力がなければ初期作品の移植やリメイク等は不可能と考えられていた。 だが、これが誰なのかは全くわかっていなかった。 Steamで配信されているリメイク版の権利表記はこう。 開発・販売を手掛けるDigital Eclipseと、版権を持つドリコム 。そしてもう一つ「SirTech Entertainment Corp.」から「狂王の試練場」のライ
私はミッフィーが好きで、いつも身の回りの全てをミッフィーで固めたいと思っているのだが、ストーリー部分については私も最近までちゃんと追っていなかった。 世間ではミッフィーのグッズは知られていても、「うさこちゃん」と「ミッフィー」の関係さえあやふやだということも知っている。これは良くないと思う。 うさこちゃんとミッフィーとナインチェ 発行順 1963年 初期4作 1970年代 シリーズ化の開始 1980年代 うさこちゃん4歳くらいに成長 1990年代 講談社翻訳期 2000年代から晩年 感想 うさこちゃんとミッフィーとナインチェ ミッフィーの原作と言えるものは作者のディック・ブルーナによる絵本シリーズだ。これが福音館書店による日本展開では「うさこちゃん」というタイトルになっている。 ミッフィー(miffy)というのは英語版の名前。 原語のオランダ語ではナインチェ(nijntje)で、これが現地
FF2の話をしたい。 いつにも増して、関係者に失礼な記述が含まれているという自覚があります。 あらゆる資料を精査して書いていますが、その結果憶測も非常に多い記事となっております。 事実誤認などがありましたら伝えてください… これまで書いてきた4つの記事と関連はあるが、とりあえずひとつ。 読まなくても大丈夫ですが、このFF1の開発経緯を調べた記事は、FF2の補足情報としても役立つ可能性はあります。 そして今回FF2本編、および小説『ファイナルファンタジーII 夢魔の迷宮』のネタバレも最後のほうまで書いてます。ご了承ください。 ラスボスが誰かくらいは、まあ知ってるでしょうが。 スタッフロールを確認 河津ゲーらしいという話 最重要動画 プランナーたちの担当範囲 石井浩一の絵コンテ 渋谷員子とフリオニール 坂口博信のやったこと チョコボ誕生の謎 寺田憲史についての情報 25thアルティマニア 開発
ここまでの記事 ここまで、FF1の発売付近のファミコンRPGの状況を振り返ってきた。 87年、ドラクエ3を前にFF1がどのようなゲームとして受け入れられたかは見えてきたと思う。 今回はユーザーに見えていない部分、FF1はどのように開発されたのかを追う。 人集め 膨大な量の参考資料 石井浩一から始まった FF1の開発期間 人が増えてくる FF1のスタッフ ストーリー制作過程 『スクウェアのトム・ソーヤ』について 社外シナリオライターの起用 ドットで描いてきた 中山美穂のトキメキハイスクール プレゼン、Aチーム結成の時期 Bチームについて 石井浩一の入社時期 河津秋敏の入社時期 影響を与えたゲーム GENESIS 脱線:不快な参考文献 ファイナルの意味 なぜ半年で作れたのか 直接聞いてはどうなのか 次の記事へ… 人集め 少し前に戻る。坂口博信が大学で田中弘道と共にApple IIのゲームにハマ
思えば『ファイナルファンタジー』(1作目)をプレイしたのは結構後の話であって、発売した1987年12月当時にどんなもんであったかなど、私は全く知らなかった。 ゲーム史というのは、その状況を伝えるためにありそうなもんなのだが、少なくない割合で『ドラゴンクエスト』1作目がいかに偉大だったかを讃えているだけで、その後のゲームはかなり大雑把な扱いで終わっているか、ひどいものだとドラクエ1で終了してその後は全く触れてない。 いや、ドラクエ前も、ドラクエ自体の認識も怪しいと言っていい。 FF1が作られていた1987年あたりのファミコンRPGを取り巻く状況、そこに至るまでの道のりはいかなるものであったか。 ファイナルファンタジーはどのへんがすごかったのか。 知りたいのはそういうことだったはずだが、誰も私の納得のいくものを書いてくれなかったので、私が書く。 本記事はファミコン史を俯瞰するものではない。書い
※本記事はリリースから日が浅い2021年に書かれたものでした。 下記に掲載しているバグのかなり多くは2022年4月以降のアップデートで修正されており、現在のバージョンでは起きない現象が多いです。仕様の不満も幾つかは改善されています。末尾に現状を少し書いておきます。 2024年12月 記 ええとこ 先に言っておくが良いところはある。ピクセルリマスターFF5のいいとこ: ドットのグラフィックが全体的に強化されている。ほらほら。 戦闘の背景もすごく綺麗だし、 隕石が落ちてくるときに山の背景が追加されていたり、 隕石もパーツの合成じゃなくて、全体が描きなおされてる。この隕石は旧スマホ版ではボコボコのパーツでひどい絵だった。 いろんなものが打ち上げられた砂浜も、SFCのメモリじゃちょっと表現できなかったかもね。丁寧にやってる。 ジョブのドットも結構手が入っている。特に違いが目に付くのは魔法剣士ファリ
ピクセルリマスターFF3もオリジナルの雰囲気を再現した出来のいいリメイクなのだが、オリジナルをベースにしたかのような売り方には不満が… こないだも似たようなことを書いたぞ。 kandatas.hatenablog.com リマスターFF3はFF1とは違い、極めてファミコン版に近いプレイ感を再現しているが、その実ベースになっているのはDS版であり、ファミコン版であり、どちらでもない。 マップ、アイテム、メッセージ、グラフィックなどの多くはファミコン版をベースにしている。 バトル関係はDS版をベースにバランスの大改造を行いファミコン版に似たプレイ感を得られるようにした感じである(が、よく見ると似ているが全然違う)。 新しいFF3としてゲームバランスを取り直したものであり、新しく楽しめる内容である。 ピクセルリマスター『ファイナルファンタジーIII』は、こんな感じのゲームである。 本作はわざわざ
2022年9月11日、アップデートに伴い追記 8月のアップデートで重大な変更があり、本記事のタイトルも含めて一部の情報が通用しなくなっています。 このアップデートについて、本記事の内容は修正せず、追記を少々行って最後に総論を追加しました。 前回書いたFF1ピクセルリマスターの記事 kandatas.hatenablog.com 続いて、FF2の話題に移ろう。 FF1がPSP版がベースだったことから予想はついていたが、この『ファイナルファンタジーII ピクセルリマスター』も当然GBA/PSP版ベースである。 なんで売る前に言わないんです。 2004年発売のGBA版とファミコン版の違いは多岐にわたるが、GBA版とPSP版の違いは少ない。 PSP版の変更点は追加ダンジョン「秘紋の迷宮」と「防御」コマンドが増えたこと、SORで手に入るアルテマの威力が本編と違う(詳しくは調べてないがアルテマ以外の熟
『ウィザードリィ』は、英語ではパロディを多数組み込んだ軽いノリのゲームだったが、日本に輸入された際にシリアスな世界観だと誤解されて人気が出てしまったのである。 というストーリーが近年、じゃなく十数年くらい前からインターネットで言われて広められているのである。今でもこんなことを言ってる人は少なからずおり、メディア上でも言われたりする。 最初に言っておくが、僕はこのストーリーは事実を誇張したもの、ほとんど創作だと考えている。 事実を一つ言うなら、初代「ウィザードリィ」にいくつかあるパロディ要素は日本人になじみがないネタが多く、伝わりにくかった。クイジナートは80年代の日本になかったし、70年代に放送されたモンティ・パイソンもソフト化が進んでいなかったり対象年齢がずれており、日本版、ファミコン版からウィザードリィに入った層にはやや難易度が高かった。 それくらいだろう。 「日本人はパロディに気づか
このページを最初にブックマークしてみませんか?
『kandatas.hatenablog.com』の新着エントリーを見る
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く