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増田文学の人気記事 1001件 - はてなブックマーク

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増田文学の検索結果1 - 40 件 / 1001件

増田文学に関するエントリは1001件あります。 増田人生読み物 などが関連タグです。 人気エントリには 『新人にパワハラしていた先輩を通報した結果』などがあります。
  • 新人にパワハラしていた先輩を通報した結果

    パワハラしていた先輩=Aさん パワハラされていた新人=Bさん Bさんが入社したのは2021年1月。 3月で退職する社員がいて、その後釜だった。 前任者から引き継ぎを受けた後は、Aさんがサポート係になってペア組んで仕事してた。 Aさんのパワハラっぽい行動が目立ち始めたのは、たしか2021年の秋ごろ。 「それ何回教えたら覚える?」という言葉が頻繁に聞こえてくるようになった。 Bさんが何か質問すると「マニュアルに載ってる」「自分で調べなさい」「前回教えたときにメモしてなかったの?」と突き放すような言動が目立ち始めた。 そうやって突き放すわりに「なんで勝手に判断した?こっちに確認してから動いて」みたいなこともよく言っていた。 Bさんの仕事の覚えが悪いことは何となく察していたが、それにしたって言いようがあるだろと思っていた。 だんだんとAさんの態度はきつくなっていって、部署の雰囲気が悪くなっていった

      新人にパワハラしていた先輩を通報した結果
    • あえぎ声を書くバイト

      大学時代、ひたすらあえぎ声を書くバイトをしていたことがある。 先輩から紹介してもらった、エロゲメーカーのバイトだ。 その会社のエロゲはストーリーに力を入れていて、所属するライターも自分の文章にプライドを持っている人ばかりだった。 彼らからすると、Hシーンのあえぎ声を書くなどというのは苦痛でしかなく、学生バイトにでも任せておけということになったらしい。 仕事がどういう感じだったかというと、 1. まず、「チャックを開けた」とか「腰を動かすスピードが速くなっていく」といったHシーンの「ト書き」部分だけを渡される。 2. ここに私が「んっ……」とか「あんっあんっ」といったあえぎ声をてきとうな塩梅で足していく。 3. シナリオライターのチェックを受けて終了。 という流れだった。 簡単に思えるかもしれないが、これが意外に難しい。 まず、Hシーンにはある程度の長さがあるので、その範囲内で的確に盛り上げ

        あえぎ声を書くバイト
      • 2021年「はてなブックマーク年間ランキング」トップ100 - はてなニュース

        はてなブックマークのブックマーク数が多い順に記事を紹介する「はてなブックマーク年間ランキング」の2021年版を発表します。上位トップ100の記事をピックアップしました(集計期間:2020年12月11日~2021年12月10日)。 2021年 はてなブックマーク年間ランキング(2020年12月11日~2021年12月10日) 順位 タイトル 1位 ルックバック - 藤本タツキ | 少年ジャンプ+ 2位 浄土真宗の僧侶です。初めて書き込みます。 不慣れなため、先ほど書いた.. 3位 京都大学、Pythonの基本を解説した無料の教科書「素晴らしすぎる」「非常にわかりやすくて良い」 | Ledge.ai 4位 闇市化するAmazon「裏コマンド検索」で絞り込む 5位 財テク (住宅購入編) - shunirr 6位 台本11冊を入手 五輪開会式“崩壊” 全内幕 計1199ページにすべての変遷

          2021年「はてなブックマーク年間ランキング」トップ100 - はてなニュース
        • 名前も知らない人のアカウントを2年かけて特定したら人生が確変に入った|四月

          自慢じゃないけどネットストーカーが得意。彼氏の元カノのインスタグラムとか秒速で見つけちゃう。マジで自慢じゃないです。このあいだ、友人がVJをやっているというので1分でそのVJユニットのツイッターアカウントを特定して送り付けたら「ネトスト1級?」と聞かれた。粘着質の賜物ですわよ。 まあそれにしたってアカウント特定にはある程度の手がかりが必要になってくる。名前、居住地、出身大学、エトセトラ。なんらかのヒントが無いとさすがに難儀。別に特別な技術があるわけでもないし、本当にただ粘着質なだけで。 人生で特定したアカウントは数知れず、その中でも一番厄介で一番時間がかかった相手がいました。 かかった年数、約2年。 名前も居住地も知らなかった。知っているのは出身大学と顔だけ。共通の知人なんて1人もいない。 それでも絶対に見つけたかった。 2年間、ずっと膨大なネットの海を潜ってはきょろきょろと探し続けていた

            名前も知らない人のアカウントを2年かけて特定したら人生が確変に入った|四月
          • 近畿地方のある場所について(背筋) - カクヨム

            私は単行本の方から、この作品の存在を知りました。この作品を読むにあたって「マジで怖い」という事と、「行方不明の小沢君を、、、」というあらすじしか頭に入れていなかったのですが、マジで大正解でした。なんならリアルタイムでこの作品を閲覧したかったです。カクヨム、単行本、文庫本、映画、全て楽しませてもらいました。投稿して下さって、ありがとうございます。

              近畿地方のある場所について(背筋) - カクヨム
            • 桃太郎なのに、とっても Apple

              こんな桃、見たことない。 川上に目をやれば、どんぶらこ。 洗濯をしていたおばあさんが見つけたのは、世界でいちばん大きな、桃でした。 このような桃は、わたしたちも見たことがありません。もちろんおばあさんも、見たことがありませんでした。山に柴刈りに行っていたおじいさんも、見たことがなかったはずです。流れてきたのは、本当に大きな桃だったのです。 Hello, Momotaro. 家に持ち帰って割ってみれば、中にはなんと、玉のような赤ん坊。 おじいさんもびっくり。おばあさんもびっくり。わたしたちまで、びっくり。 おじいさんもおばあさんも、最初は食べるつもりで桃を切ろうとしたのです。でも、中から飛び出したのは、元気な男の赤ん坊でした。こどものいなかったおじいさんとおばあさんは、おおよろこび。桃から生まれた男の子は、桃太郎と名付けられました。 身長は4倍、パワーは最大300倍。 元気いっぱい、すくすく

                桃太郎なのに、とっても Apple
              • 子育て終わった!やったーー!!【問い合わせに関する追記】

                7/11 なんかツイッターの有名な方に拡散していただいたようでありがとうございます!!!とんでもないことになってしまった… 子育て終わった開放感で書き殴った日記がこんなことになるとは思ってもみませんでした。 取材に関しては、別の媒体で内容を掲載されることで息子に微妙に違ったニュアンスでこの日記の内容が伝わってしまうもしれないリスクがあるので申し訳ありませんがお断りさせてください。 ひぇーーーー!なんかめちゃくちゃ読まれてる!!今更恥ずかしい!! お祝いのコメントありがとうございます!!! めちゃくちゃ嬉しいです!!! 子どもはインスタとかビーリアル(ビリアル?かどっちか)をちょっとしかやってないらしいし、仕事に関する勉強で忙しいらしいからこの日記も読まれないと思ってはいるけど、もし読んじゃったら教えてね!!! 私が本当は愛せるか分からなかったし子供産むの怖かったって話はちょっと前チラッとし

                  子育て終わった!やったーー!!【問い合わせに関する追記】
                • 実家の近所に住むじいさんを車に乗せて買い物に連れて行った三日後

                  そのじいさんが亡くなった。 昨年に父が亡くなり、私の実家は車を処分したので、実家に帰省するときはレンタカーを予約する。この連休もそうした。 安いので、地元の自動車修理工場がフランチャイズでやっているインディーズ系レンタカーにしてみたら、受付してくれた事務の親切な女性は、レンタカー約款を読み上げる間中修理工場から爆音で流れてくる演歌のUSENに向かって突然「ああうるさいっ!」とブチぎれ、「あなたもうるさいと思うでしょう!?」と私に同意を求め、同僚に修理工場につながるドアを閉めさせると、「最後に乗っていたのは平成15年式のbB(みんなの地元のDQNがよく乗ってたやつ)です。令和になってもまだ乗ってました」というある意味SDGsでは? みたいなことを平気で言う私に、令和2年式フィットハイブリッドという、まさに隔世の感というほかない車の操作方法をとても丁寧におしえてくれた。 そんな調子で車を借りて

                    実家の近所に住むじいさんを車に乗せて買い物に連れて行った三日後
                  • 潰さない飲食店の始め方

                    プロを目指す人向けの料理教室を10年ほどやっているんだけど、 本当にたくさんの人がお店を持ちたくて、うちに習いにくる。 うちは、ただの料理教室でコンサルではないので、損得勘定抜きにして開業の相談に乗ったりする。 若い人だと20代から上は50、60代まで、みんな自分の店を持ちたがる。 一生懸命貯めたお金をドカンと使って、夢を叶えたいのだ。 でも実際、飲食店は1年で5割、3年で7割、5年で8割が廃業する。 お金で苦しくなるケースもあれば、体力的に苦しくなるケースもあったり、 モチベーションが保てないケースもある。本当にさまざま。 なので、うちの生徒さんから開業相談もらった時は、いくつかのことを試すことをお勧めしている。 これから飲食やってみたいという人は同士だと思ってるので、増田に潰さない飲食店の始め方を放流してみる。 1.まずはイベントをやれ まず、料理を仕事にしたいのであれば、人に料理を出

                      潰さない飲食店の始め方
                    • 人気エントリーで増田の15年の歴史を振り返る

                      いつもホッテントリを賑わせている増田だが、増田が始まってからこれまでの15年間について、年代別にブクマ数ベスト5を調査して、振り返っていきたい。 2006年1位:プログラミング用のフォントを探してたら一日が終わってた(366users) この時代は「技術のはてな」みたいに言われていたので、こういう記事に需要があって、よくホッテントリ入りしていた。 なんで増田に書いたのかよくわからんが。 2位:anond:20061214085342(155users) 有名なオーケン事件の2chコピペ。 2chコピペだとわかるように書いてある。 3位:手っ取り早くGIGAZINEになる方法(140users) gigazineはこの時代のホッテントリ常連だった。 deliciousとかdiggとか今はもうなくなってるよな。 4位:『はてな』がイノベーターに成り得ない5つの理由(132users) 頭のおか

                        人気エントリーで増田の15年の歴史を振り返る
                      • 最後の投稿です

                        引退します!今までありがとう! 16年と半年前、57歳になったばかりの2007年の9月に初めての投稿をしました。その2ヶ月くらい前から閲覧はしていた気がしますが閲覧履歴のようなものはないためわかりません。 ちょうどその頃、勤務していた会社で役員に昇格したばかりでした。法学部を卒業し新卒で入社して以来、ひたすら営業畑にいた私が役員になってから与えられたのは情報システム部を含むIT分野でした。 その10年前ごろから会社にパソコンが導入され始め、総務部門にいた同期が悪戦苦闘しており「大変そうだな〜」なんて気楽に思っておりましたが、まさか自分がそれらを統括する立場に置かれるとは思いませんでした。 IBMが主催する勉強会に参加したり、書籍を購入したり、パソコン教室にも通い、DELLのデスクトップPCを購入して大学生だった息子に助けられながら設定をしていました。 インターネットを徘徊する中で見つけたの

                          最後の投稿です
                        • ホストやってたけど普通はサイコパスになれんよ

                          俺はホストやってたけど、人間的に騙しまくるのは無理だったので辞めた。 まずホストに来る女は全員病んでる。必ず病んでいる。初回というのがあって金額が安いので「物は試しに」などと言う輩もいるが、基本的に何かしら心に闇を抱えていることが多い。それを「ホストに来さえすれば解決する。こっちは客だぞ」と思っていることが多い。 色んなホストで初回ばかり来るやつは初回荒らしと言われる。こういうやつは基本わかる。まず金を持っていない。金を持っていないのにも関わらず頼み慣れている。観光のような形で来るやつらだ。こういう相手には基本的にホスト側も全力で行かない。ゴミ客のような扱いでとりあえず義務的にやる。 ホストは女の金を見ている。服装から風俗嬢か、一般人かなどを見ている。一般人で1人で来るヤツは比較的狙い目だ。普通は1人でホストになんか来るわけがないからだ。友達がいない・繋がりがないことを証明している。 ホス

                            ホストやってたけど普通はサイコパスになれんよ
                          • 男がキャバクラに行く意味がわかった

                            当方、40代男性。キャバクラには行かない。 ずっと何が楽しくて、お金を払って、女性に話を聞いてもらうんだろうと思っていた。 性的なことをしてすっきりしたいという気持ちはわかるので、まだ風俗の方が理解できた 今から20年ほど前、増田が大学に通っていた頃、研究室にある陽キャの助教授(すでに准教授の呼称に変わっていたかも)がいた 学会などの出張のたびに、教授がやめろと言ってるのに学生を連れ回して飲み歩き、 最後には学生をキャバクラに連れて行っていた。自分もそれで一度連れて行ってもらったが、全く楽しみ方がわからず、 椅子に座って岩のようになっていた。 一応、大学の先生の名誉のために行っておくと、当時ですら上記のような先生は少数派であり、 おそらく現在の大学で、学生をキャバクラに連れて歩くような先生は絶滅危惧種だと思う 増田はその後、とあるIT企業でエンジニアとして働いていた。 仕事は楽しかったし、

                              男がキャバクラに行く意味がわかった
                            • 道民にはメジャー、道外人には「なにそれ?」なお土産

                              年末も近くなり、皆さんも帰省について考え始める頃だとは思うが、一方、旅行に行ったり、自分ではなくパートナーの帰省に随行するなどで飛行機や新幹線を調べる方もいるだろう。 その中で、北海道に来る人。 北海道のお土産というのは、個人的に質・量いずれも全国トップクラスだと思っており、札幌駅のお土産店や新千歳空港でよく知らないお菓子を適当に選んでも、そうそう外れる事はないのだが、道民として「これ美味いのに道外の知名度低いんだよなぁ」というものが結構ある。 北海道土産の王者白い恋人や、価格と品質のバランスでばら撒き菓子戦線上位に確固とした足場を築いた札幌農学校、ロイズのチョコレート、ルタオのチーズケーキなどは当然のように美味いし、あったら喜んで食べるのだが、今回はメジャーすぎるということで選外とし、もうちょっと「あれ美味しかったです」「そうでしょ、北海道では有名なのよ」となって内心ニヤけるようなものを

                                道民にはメジャー、道外人には「なにそれ?」なお土産
                              • 東京に住んでいない俺がどこで文化を享受しているか

                                これはいま、おれの中にひとつわりと明確な答えがあって、それは "スーパーセンタートライアルに向かう途中の田んぼ道"です おれの住んでる田舎は、市の人口5万人とかなんで、かなりザコいんだけど、24時間営業のスーパーセンタートライアルを抱えている そんで俺はそっからチャリで5分程度のとこに住んでいる そうすっと、夜10時からでも、思い立ったらチャリに乗って、でけえスーパーで買い物ができるわけですよ まずこれはひとつの文化資本と言って良い スーパー って博物館だからさあ! そんで、そこまで行く途中の道、これもまたいいわけ 中規模の川が近くにあるから、いまの季節、サワガニが地面を這い回っているんですよ まず、玄関からチャリまで歩く過程で、スマホのライトに照らされて、聞き取れるくらいデカい足音を立ててカニが逃げる、おれはウオっと思ってちょっとのけぞる、こういう体験が、よくわかんねえけど、ひとつの原体

                                  東京に住んでいない俺がどこで文化を享受しているか
                                • 5年くらいセルフネグレクトしてたこと

                                  弱者男性のセルフケア云々の話をぼんやり読んでいて思い出したことを書く。 自分の話であって弱者男性の話というわけではないが。 たぶん年数にして5年くらい、セルフネグレクトをしていた。 きっかけは前の職場を鬼セクハラと鬼パワハラでやめたことだ。 鬱状態で1年間くらい動けず、生活費が尽きて派遣やアルバイトをしていたが 遅刻したり休んだりで一つの職場で長く働けず金がなかった。 部屋は汚部屋で、服とゴミとが部屋中に散乱した上を踏んづけて暮らしていた。 洗濯機が壊れても買い替えられずにコインランドリーに通っていて、 毎日洗濯した清潔な服を着ることのハードルが無意味に高かった。 歯をほとんど磨いていなかったので、虫歯で口の中がぼろぼろだった。 奥歯に穴が開いて食べ物がいちいち詰まるのが煩わしかった。 食生活は適当で、たまにコンビニでアホみたいに買い込んで全部食べてしかも吐いたりしないので、大体30kg体

                                    5年くらいセルフネグレクトしてたこと
                                  • 問題職員の正しい辞めさせ方 1/10

                                    2023/1/2 part5を全体的に修正。出身会社について追記。 part10を全体的に修正。最後に加筆あり。 前職を辞めて1年以上が経った。そろそろ事業会社で働いてみようと決心したところで、キャリアの棚卸しをしてみようと思った。 私は、新卒で人材広告の営業会社に入った。その次は転職支援の仕事をしていた。いずれも管理職になって、いくつかのチームをマネジメントする立場になり、二番目の会社を数年後に退職してからは個人事業主になって、ひょんなことから地方自治体(市役所)に転職した。 そこを辞めてからは、幾ばくかの退職金を元手に、フリーランスをしながら自由な毎日を送っていた。今でも個人でコンサルの仕事を請けたりする。学生時代を懐かしんで、マクドナルドのクルーに応募して働いてみたりもした。 人生の休息はたっぷり取ったし、そろそろ本気で再就職を目指そうかと考え始めたところ、職務経歴書を書かねばならな

                                      問題職員の正しい辞めさせ方 1/10
                                    • 6歳のとき、友達のマホちゃんが誰も履いていないようなフリフリのスカート..

                                      6歳のとき、友達のマホちゃんが誰も履いていないようなフリフリのスカートを履いていた。みんなは可愛いねと言ったけど私は変だと思ったから、変だねと言った。マホちゃんは怒って泣いた。 8歳のとき、父親が知らない女の人といるのを見た。私はそれを浮気だと思ったから、晩御飯のとき二人にそれを伝えたら、数カ月後、両親は離婚した。母親は一言私に、アンタのせいよとだけ言って、それ以来父親の話をしなくなった。 14歳のとき、マホちゃんが好きだと言っていた先輩に告白された。マホちゃんがあなたの事好きらしいので、と断った。それを伝えたら、マホちゃんは怒って泣いた。 16歳のとき、初めてのバイト先で品出しをしていたらパートの人からバックヤードに呼び出された。私の品出しの仕方が間違っていると話し始めた。私は慌てて商品のところに行って、直してから退勤した。それ以来パートの人から無視されるようになった。 18歳のとき、美

                                        6歳のとき、友達のマホちゃんが誰も履いていないようなフリフリのスカート..
                                      • 精神障害者の俺、手切れ金としての年金、この世界への感謝

                                        世の中大変なことになってるなあと思いながらぼけーーーーっとネットやらテレビやら見て、好きな時にシコって飯食って寝て暮らしている。 俺は障害者だ。頭の方の。もともとアスペルガーだか自閉症だか知らないが、よくわかんねえけどとにかく一回就職して、働いて、しばらく耐えて、ぶっ壊れた。 そもそも生まれたときからおかしかったんだよ。だって生後3年間意味のある言葉をひとつもしゃべらなかったっていうんだから、そりゃおかしいよな。 親も医者に相談するなりすりゃよかったのだが、自分の子供がそういう子だと認めたくなかったんだろう、心療内科の類への来院歴は全く残ってなかった。(これ障害年金請求するときに調査が入るらしいのよ。そういわれたってだけだからほんとかは知らんけど) 小学校に上がっても「変わってるね」「おかしいよ」「あいつ面白いぜ」なんつって珍獣扱いされてちょっかいかけられてたし、学校の窓を蹴って割ったりと

                                          精神障害者の俺、手切れ金としての年金、この世界への感謝
                                        • 転職したら話し相手がいなかったんだけど

                                          20代アラサー男。 この度客先を回る営業職から、一歩たりとも社外に出ない事務職に転職した。 俺は幼少期に母が「言葉のない国に行きたい」と神に祈ったレベルのおしゃべりだ。そしてそのまま成長した。 先に書いておくけど、この話はマジで長い。なぜなら俺がおしゃべりだから。 転職してみたら、新しい職場で話せる相手がぜんぜんいなくて辛い。本当にいない。 下手したら 「おはようございます」 「お疲れ様です」 「お先に失礼します」 の3センテンスで就労時間が終わる。 当たり前なんだけど、営業と比べて「しゃべり無用」の業務が多すぎる。 激烈繁忙期のせいか、皆俺なんかに興味がないのか、仕事の合間にちょっと雑談、みたいなのも発生しない。俺の歓迎会はなぜか2ヶ月先に設定されている。 苦しい~~ッ! 人と話したい、そして人の話を聞きたい。 転職4日目くらいで窒息しそうになり、なんとか昼休憩の間だけでも話し相手を確保

                                            転職したら話し相手がいなかったんだけど
                                          • たまたま狂わずに生活している

                                            そう感じている。 毎朝、改札で止まっているおじさんがいる。先にカバンから出すなどして準備しておけばよいものを、必ず直前で立ち止まってガサゴソしているため非常に目立つし、「邪魔だろ」と叫びたくなる。出社すると業務の半分くらいは「てめーがやれ」と言いたくなるようなことであり、会議の9割くらいは「それ今?」と思う。 退社してスーパーで買い物をしていると、お刺身のパックを見て「イカで空いたとこ埋めるんじゃないよ」と思い、広告の品という黄色のポップを見て「いつもこの値段だろうがよ」とパネルになった香取慎吾の胸倉を掴みたくなる。レジではおばあちゃんがリュックサックからセカンドバッグを取り出し、セカンドバッグから巾着袋を取り出し、巾着袋から財布を取り出し、律儀に小銭を探す後期高齢者特有のマトリョーシカを展開していた。帰る前にコンビニに寄ると、いつもいる店員さんに「クイックペイで」と伝え、毎回Edyを用意

                                              たまたま狂わずに生活している
                                            • 東大卒だけど、チームみらいは苦手だ。

                                              私は東京大学を卒業した30代で、直接の知り合いが複数人、チームみらいの運営に携わっている。参院選の候補者も二人知っている。疎遠だけれど。 チームみらいに対して「エリートだから一般人の気持ちが分からない」という批判を見たが、私は実感を込めてそう思ってしまった部分がある。 東大生の親は平均年収が高いと言われたりするので漠然と金持ちのイメージがあるかもしれないが、国立大学だから私立より受験料も学費も安いのもあり、実際は様々な家庭環境の学生がいた。 生活費を自分で稼がなくてはならないからお金がなくて飲み会に来られない子がいた。友達がけがをして私が病院に付き添ったら、「親が仕事を転々としていて今保険証がない、どうしよう」とぼろぼろ泣いていたこともある。 そういう環境の中で、チームみらい運営の彼らはどうしていたのかというと、有名私立中高一貫校の出身者同士で、クラスの中心メンバーを担っていた。 彼らも別

                                                東大卒だけど、チームみらいは苦手だ。
                                              • 鬱で会社休むまでの記録と考察

                                                はじめに 私は今年の8月から、抑うつ症状および後述する諸症状の治療のため仕事を休んでいる。現在に至るまでのことを整理しようと思って書き出していたら、客観的に見ると楳図かずおの漫画みたいでちょっとおもしろいため公開する。ゆえにテーマ自体は重いものの、記載の内容については笑っていただいて問題ないということを予め書き添えておく。 背景情報 私…20代後半、独身。とあるゼネコンの現場勤務(正社員)。就業場所は北の方。 経緯としては、本来3名程度で行う仕事の担当に2020年04月から私1名が配属され、増員の予定をなんだかんだでうやむやにされ続けてきた、という感じ。 2020年12月 … オンオフの切り替えがパッカパカになる・職場(工事現場)が1〜3月のあいだ豪雪のため作業できなくなると予想されたため、突貫でいろいろ仕上げることになる。毎朝5時台に出勤して雪かき→仕事→雪かきの日々が続く。 ・これまで

                                                  鬱で会社休むまでの記録と考察
                                                • 50代独り身おじさんの自分語り

                                                  引退します!今までありがとう! 大学卒業後就職に失敗。アルバイトから物流会社に勤務するも辛すぎて数ヶ月で退職しそこから10年以上引きこもり。 母が職場で倒れたことをきっかけに介護施設に就職し、数年経って介護福祉士となった。それからしばらくして転職し現在も勤務する私立病院の事務職に就いた。この時41歳。 そこで知り合ったのが妻。 同い年でバツイチの看護師。自分も向こうも職場で同僚との人付き合いが殆どなかったが、何故か挨拶する様になって会話するようになって付き合い始めた。女性と交際したことは40年以上生きてて一度もなかったが、その歳だったからか初デートでも初セックスでも一切緊張しなかった。 約2年交際してから結婚。お互い歳で向こうは既に子宮を全摘してるってこともあり子なし夫婦。最初は母と3人で住んでいたが間もなく亡くなったため以後は二人きりの生活になった。ご飯食べて、仕事行って、ご飯食べて、各

                                                    50代独り身おじさんの自分語り
                                                  • 関東地方で桜餅を騙っている簀巻き野郎について

                                                    桜餅といえば、粒感のあるピンク色の餅で餡を丸く包んで桜の葉を巻いた和菓子だ。関西で生まれてこのかた、「桜餅」と言われればまずこれだった。それ以外の「桜餅」の存在なんて想像すらしていなかった。 ところがどうだ、東京に来てみれば見慣れないやつが桜餅を名乗っていた。平べったい生地で餡をロールケーキのように巻いてその上からさらに桜の葉を巻いた和菓子。関東ではこれを「桜餅」と呼ぶらしい。 アホか。どこが餅だ。今日からきみは桜クレープと名乗りなさい。おしゃれぶりやがって。なんだその軽やかなフォルムは。ヨックモック気取りか。洋菓子のパーティにでもお呼ばれしているのか?大体その葉っぱはなんだ。意味があるのか?その桜の葉っぱはな、本物の桜餅をそのまま触ると手がべたついてしまうから巻かれているんだよ。きみは見たところ結構さらさらしているようだが本当に桜の葉っぱが必要だったか?そのまま手でつまんで食べられそうな

                                                      関東地方で桜餅を騙っている簀巻き野郎について
                                                    • 犬とおばあちゃん助けたら最近かなりいい感じ

                                                      半年くらい前に車で家の近く走ってたら超デカい犬とおばあちゃんがうずくまってて、犬がそうしたいからそうしてんのかな〜と思ったが何か違うような気がして話しかけたところ、散歩中にいきなり犬が痛がって歩かなくなっちゃったとのこと。 本来だったら専用のカゴに入れてタクシー呼んで獣医連れてくんだけど取りに行くには離れなきゃいけないし…と大変困っていそうだったので、じゃあってことで自分の車に乗せて(このときジムニーのトランクに困り顔の犬がミチミチに詰まっているのが面白かった)獣医さんまで送って行った。結石ができていて早めに連れて行かないと結構危ない状態だったらしい。 しばらく後に無事退院したというので頂いていた連絡先に犬を見に行ったら、まあ犬のほうは元気そうにしていて良かった。が、今度はおばあちゃんのほうがだいぶ落ち込んでいて、2年ほど前までは旦那さんがいて車も出してくれていたけど今はそれもできないし、

                                                        犬とおばあちゃん助けたら最近かなりいい感じ
                                                      • タイミー疲れたよ日記

                                                        こんど転職するのだが、見切り発車で仕事をやめた結果、次の仕事が始まるまで1か月ほど暇な時間ができてしまった。 2週間ほど休んだらもう休むのが嫌になってしまったので、せっかくなのでタイミーとやらを試してみようと思いついたときの話。 意外にも未経験だとできる仕事は少なく、やっと見つけたのは某化粧品とか日用品、掃除用品を作っている会社の流通倉庫でのピッキング作業。 朝から夕方までガッツリ働いても9000円いかないのには驚いたが、バイトなんて学生の頃以来なのでちょっと楽しみだ。 働いてみると、想像していたよりもずっとホワイト、というか巨大なシステムの一部として期待されていること以上のことは一切期待されていない、という労働環境なのでなかなか気楽で楽しかった。 休憩を抜くと7時間ほどハンドフォークを引っ張りながら歩きっぱなしだったが、毎日リングフィットをしているおかげかさほどダメージはなかった。 その

                                                          タイミー疲れたよ日記
                                                        • 好きなことで生きていく - megamouthの葬列

                                                          昔DeNAの新人が入社後半年だかの振り返りのプレゼンの中で「うまくモチベーションが上がらなくて」ということを言った時に、南場社長が「社会人がモチベーションで仕事をするな」とすごく怒ったという話*1があって、とても印象に残っている。 また、これは実体験だが、その当時所属していた会社のけっこう中心的な人物が退職する送別会で、その人が受け持っていた客の話になった時、「あれもこれも大変なお客さんですね。私たちに引き継ぎできるものですかね」と残された側が不安をこぼすと、その人は「仕事やろ」とピシャリと言った、という場面をよく覚えている。 どちらも胸に氷を刺されたような、うすら寒い気持ちになったからだった。 私は、社会人だが、どうにも好き嫌いで仕事をしている節があった。やるべきことを淡々とこなすのではなく、やらなくてはならないことの中に何とか自分の興味が持てるようなテーマを見いだして、努力の為のエネル

                                                            好きなことで生きていく - megamouthの葬列
                                                          • Ingressでおかしくなって和歌山県の山中で正気を取り戻した話

                                                            なああんた、あんたはゲーム脳って信じるか? ゲーム脳なんてインチキだ、って答えるだろうなあんたは。オレも信じちゃいない。それでもゲームで人間が狂っちまうことはある。あのときオレは復讐者になっていた。警告がてら、ちょっと思い出話に付き合ってくれ。 何年か前にIngressってゲームが流行っただろ。青組と緑組にわかれて陣取りゲームやる、ポケゴーの元になったゲームだ。ポケゴーのジムやポケストップをIngressではポータルって呼ぶが、占拠したポータル同士を直線で繋ぎ合わせて三角形をつくると自分の色の陣地にできて、ヘッドフォンからは「素晴らしい成果です」とお褒めの言葉が流れてくる。シンプルに見えて奥の深いゲームだったからオレはやる気になって青色の三角をつくりはじめた。 Ingressは誰かがポータルを占拠したり三角を作ったりするたびに行動ログが流れるから、オレの成果はすべてのエージェント(プレイヤ

                                                              Ingressでおかしくなって和歌山県の山中で正気を取り戻した話
                                                            • コミュ障が10年かけて社交的になって気づいたこと

                                                              コミュ障時代の俺1日の口数が5つあれば多い方他人と目を合わせて話せない雑談などできるはずもないお店の店員に質問できないネットのチャットでさえも話し方が分からない たぶん病気レベルで社交性に問題があったと思う。 社交的になった今の俺相手がいればなにかしら話してる他人と目を合わせて笑顔で話せるようになった会話を繋ぐ程度の雑談ができるようになった 場を盛り上げるトーク力はないお店やレストランで自然に質問できるようになったネットでチャットの会話もできるようになった とりあえず日常生活を気分良く過ごせるようになるまで成長できたと思う。 なんで社交的になろうとしたのか?特に大きな出来事はなかったんだけど年と共に 「人とまともにコミュニケーション取れないと生きててめんどくさい」 と思うようになった。 聞けば数分で済む仕事に何時間も使ったり。 お店で質問すればすぐわかることを躊躇して買うのやめたり。 コミ

                                                                コミュ障が10年かけて社交的になって気づいたこと
                                                              • 和包丁という文化が無くなるかもしれんよという話

                                                                和包丁という文化が無くなるかもしれんよという話 日本の包丁というのは切れ味が格段に良くて海外からわざわざ取り寄せる人が居るほどカルト的な人気がある。 コロナ前はかっぱ橋道具街にも外国人が沢山いて数万円もする包丁がよく売れていた。 だが実はこの高級和包丁の原料を作っている会社というのはほんの僅かなのだ。寡占市場なんである。 その一番の鋼材供給元である日立金属安来工場の先行きが不透明である。 和包丁には作りが二つあって 1.刃物鋼を軟鉄でサンドイッチして鍛造する「霞」(割り込み包丁) 2.全身が刃物鋼の「本焼き」(全鋼とも) 一般的に霞より本焼きの方が高くて玄人好みなのだが、どっちの包丁でも肝心の切れ味を左右する刃先は刃物鋼という特殊鋼で作られる。 この刃物鋼には炭素鋼の白紙、炭素鋼にタングステン等を混ぜて切れ味を長持ちさせた青紙などがある。 だがこの白紙も青紙も作っているのは島根県の日立金属

                                                                  和包丁という文化が無くなるかもしれんよという話
                                                                • 実家の犬に 弔辞

                                                                  実家の犬が昨日亡くなったそうだ。東京からは帰省も出来ず、会えなかった。 我が家には過ぎるくらいのいい犬だった。 犬との思い出を書こうと思ったが、そんなことをしていたら辞書くらいの分量がいる。 どうしてもなにか書きとめておきたいkら、誰に聞かせるわけでもないけれど弔辞だけ書いた。 犬よ おれが10歳のときに拾ってきた犬よ バイパスの高架の下に捨てられていて みかんの箱で連れて帰って 獣医さんにもに連れていって うちの軒下に住むことになった 6月6日の小さな犬よ おれが散歩に連れて行った犬よ 昔はなんでもちょっかい出して よせばいいのにマムシをいじめて 鼻面がビビるくらいに腫れていて 獣医とておまえが悪いと言っていた 夏の散歩が大好きな犬よ おれの家出についてきた犬よ おまえはおそらく散歩のつもりで おれは二度とは帰らぬつもりで あくる日は隣の町で見つかって おれたちは泣きながら帰った 冬のあ

                                                                    実家の犬に 弔辞
                                                                  • 夫に好きな人がいる

                                                                    6月初旬 喧嘩が増えてた。 私も、仕事が繁忙期なのもありイライラしていて、夫の些細なことが気になる。 ある晩に、夫から「気に入らないなら離婚」と言われる。売り言葉に買い言葉じゃないけど、私もカッとなってたので、「わかった近々離婚届持って帰るわ」と返す。 後悔してるんだけど、この時わたしは「もう夫のこと好きじゃないし、今後また好きになることもない」と言ってしまった。 でも、この時はただの口喧嘩で、お互い本気じゃないと思っていた。 そう思っていたのは私だけだった。 6月中旬 あれから何度か「離婚の話し合いしよう」「離婚届はまだ?」と言われていたが、繁忙期で疲れており、「仕事が落ち着くまで待って」と返していたら、次第に言われなくなった。 6月下旬 繁忙期が終わった。 頃合いを見計らってか、夫から「離婚の話し合いしよう」と言われる。この頃の私は離婚のことをすっかり忘れてたし、思い出しても「ただの口

                                                                      夫に好きな人がいる
                                                                    • 弱者男性を救うのはお前だ中島

                                                                      弱者男性への救いとは、具体的に何か https://anond.hatelabo.jp/20210405201511 解決策は 「女をあてがう」「ドラッグ」「カネ」「平等」「風俗代」 …お前は何を言っているんだ? おれは昨日これを書いた増田だ https://anond.hatelabo.jp/20210405145048 やや露悪的なタイトルをつけたが ついたのはこんなコメントだ 「たのしそう」 「普通にいい人生」 「友だちいるやつが弱者男性なんて呼ばれてるの違和感あるよな」 わかるか? 弱者男性を救うのは何か? お前だ中島 お前が弱者男性を救うんだ お前が磯野を野球に誘うんだ 今すぐ磯野の家に行け 玄関で大声をあげろ 「磯野!野球しようぜ!」 …もちろん磯野は出てこない 当たり前だ 磯野も昔は野球が好きだった 今はなんJを見るだけだ グローブすら持っていない 中島、知っているか? 東京

                                                                        弱者男性を救うのはお前だ中島
                                                                      • 【追記】

                                                                        なんかコピペって言われてて???ってなったけど https://twitter.com/viyoukama/status/1369923434839347201?s=21 これか。初めて見た。下に書いたのは普通に俺の話だよ。日本の大学の外国語学部からサラマンカに留学してた 当時海外留学してた人なら分かるかもしれないけどだいたい人の暖かさに触れたんじゃないだろうか スペインは本当にいい国だから興味持ってくれた人はコロナが落ち着いたら行ってほしい だいたいマドリードかバルセロナになると思うけど、サラマンカにもぜひ行って欲しい マヨール広場懐かしい。今思えばあそこを通学路にしてたなんて信じられないほど美しい あともらったお金は被災地(日本)支援にあてたよ ・・・ 3.11地震の時スペインに留学してた ある時カフェで飯食ってたらおっさんにハポネス?(日本人?)と聞かれてシー(はい)と返すと ワーー

                                                                          【追記】
                                                                        • 税務官僚だった頃の思い出 Part1/3

                                                                          国税庁の最終面接のことを思い出している。大学四年生の頃だ。今までの面接は、無機質な長机とパイプ椅子でのものだった。だがその時は、四角いどっかりとした檜机と、ふかふかの椅子だった。それでいて圧迫感のある面接であり、最後に「私達と一緒に働けますか?」と言われたのを憶えている。 「はい。私でよければ宜しくお願いします」といったことを告げると、その場で最終合格が遠回しな言い方で告げられた。内定通知は賃貸アパートに届いた。 こんなところに書くほどだから予想はつくだろうが、結構前に官僚を辞めている。仕事は大変キツかった(きっつー、というやつ)が、やりがいはあった。いつかは挑戦してみたい仕事もあった。 思えば、大学3年生の春からコツコツコツコツと勉強を重ねて、やっと第一志望のひとつだった官庁に合格できて、「やったー!」と無邪気に思っていた。案外こんなものだ。 国家公務員(課税部門)としての経験は20数年

                                                                            税務官僚だった頃の思い出 Part1/3
                                                                          • 子が死んで楽になってしまった

                                                                            子、発達障害の診断はないんだけど、いわゆる「手のかかる子」で、療育なんかにも通わせていた 手のかかる子だった 走り回るわ、叫ぶわ、飯は食わんわ、預けたら他の子と喧嘩するわで、すごかった それで、ある日どうやってか家を抜け出して、交通事故で死んだ メチャクチャ楽になってしまった そりゃ最初は悲しかったんだけど、1年経って、冷静に考えてみて、子の死がプラスかマイナスかっていうと、正直ややプラスな気がしてならない 楽になったんだホントに 問題はもう起きないし、子の将来のこととか考えなくていいし、金は余る ぶっちゃけ嫌いだったんだよな、子…… 愛情というか、愛着は当然なくはなかったけど、クソガキが!死に晒せ!と思うことのほうが多かった 実際死に晒した 喪ってわかる大切さ、なかった ああ楽になったな……という気持ちがマジで強い 週末、夫婦でゆっくり過ごせるのが楽すぎる ただ、対外的には悲劇っぽさを出

                                                                              子が死んで楽になってしまった
                                                                            • 嫁に内緒でテレワーク中にウーバーイーツ配達員を1ヶ月やってみたらアナルが爆発して稼ぎがプラマイ0だった話

                                                                              内容は全部タイトルに書いてある通り。 コロナ禍の真っ最中の話だし、前職辞めてるからもう時効だと思うしここに書く。なお申し訳無いけどおじさんの下半身の話も出るから気を付けてね。 数年前、世間はコロナの真っ最中で、増田の勤め先も漏れなく在宅のリモートワークになった。 営業職の増田にとっては天国だった。得意先に行かなくても商品と数字は引き続き動く、増田の業務はせいぜい1日に数回客先からの電話とメールくらい。そりゃあサボりにサボった。 在宅ワーク経験者は分かると思うが、面白いもので最初は皆おっかなびっくり、コソコソとサボる。 勤務時間中だけど近所のカフェに行っちゃおう〜とか、朝に始業の連絡入れたあと二度寝しちゃおう〜とか可愛いものである。どうせすぐに終わるボーナスタイムだ、満喫しないと損だと考えた。 だが予想に反して世間は落ち着かず、在宅ワークは長く続いた。サボりも2年目ともなれば慣れたものである

                                                                                嫁に内緒でテレワーク中にウーバーイーツ配達員を1ヶ月やってみたらアナルが爆発して稼ぎがプラマイ0だった話
                                                                              • 定年した親父が覚醒して熟年離婚が回避された

                                                                                親父の定年1年前。 母親に「お父さんが定年したら離婚しようと思ってる」と言われた俺 親父は典型的な昭和の父!で専業の母に全てを任せっきりで、仕事一筋人間だった それなりに子供のことも妻のことも愛しているのはわかっていたが、休みは寝てるだけ、家族サービスも家族に言われればつきあうが自分から「どこにいこう」とは言わない 上げ膳据え膳、脱いだ服もほったらかし、掃除も料理もなにもしない 「おいビール」 そんな親父 母親が遊びに行ったりするのを止めることは一切なかったが、旅行から帰ってくると皿一つ洗ってない台所を見て母がうんざりする、という感じだった 定年したらあんなのが1日家にいてお世話をするのがもういやだ、会社に行ってるから耐えられる、とのことで、でも一人で母が生活できるのか? 金は?なんぞと思っていたが 「すぐに決めないで定年してしばらくは様子を見たらどうだ」というに留めるのが精一杯だった し

                                                                                  定年した親父が覚醒して熟年離婚が回避された
                                                                                • 糸柳とドワンゴの話

                                                                                  https://anond.hatelabo.jp/20250105165945 上の記事を読んで、ドワンゴの中の人として糸柳で思い出したこと、彼を雇ったドワンゴがどんな会社だったのかを書いてみようと思う。 糸柳を雇ったのは、ドワンゴのエンジニアのトップだったS君だ。ここでは鉄男(仮名)と呼ぶことにする。 糸柳を雇う少し前、僕は鉄男を叱責したことがある。「お前は自分の使いやすい人間しか採用してない。だからてめえは小物なんだ。自分にない能力をもった奴を採用しろ」みたいなことを言った。 鉄男は中卒だ。そう、ドワンゴのエンジニアのトップは中卒だった。いや、鉄男だけでなく、ドワンゴの幹部エンジニアの半分以上は中卒、あるいは高卒だった。 これは当たり前で、当時のドワンゴは天才エンジニアみたいなやつがゴロゴロいる職場だった。同じ天才エンジニアなら、高校も大学も行かずにずっとプログラミングをやっている中

                                                                                    糸柳とドワンゴの話

                                                                                  新着記事