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あの日お会いすることができなかった「脱ステ」ママへの手紙
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2019年2月28日

あの日お会いすることができなかった「脱ステ」ママへの手紙

十数年前のあの日、外来に訪れなかったアトピー性皮膚炎の親子。SNSでステロイドのデマが飛び交う今、不安を抱くお母さんにどんな言葉をかけたいのか、綴ってみました。

私が20代の頃、勤務していた総合病院のすぐ近くにはステロイドを使わないでアトピー性皮膚炎(アトピー)を治療する、いわゆる「脱ステロイド(脱ステ)」で有名な皮膚科がありました。

そのため、脱ステロイドで皮膚炎が悪化し、耐えきれずドロップアウトした患者さんが私たちの病院にたびたび受診しました。

Kwangmoozaa / Getty Images

アトピー性皮膚炎の治療に迷うお母さんたちは多い

「昨日、救急外来に来たアトピーの赤ちゃん。爪が全部剥がれててひどかった」

先輩医師から聞いた話では、ステロイドをどうしても使いたくないお母さんが赤ちゃんを連れて救急外来を受診したとのこと。

あまりの症状の酷さに、ここまで放置しておいた母親を叱責し「ステロイドは正しく使えば怖くない」と説明したそうです。

「先生の次の外来に予約をとっておいたからよろしくね」

先輩医師の言葉を聞いたその日から、私はお母さんになんて話そうか考えていました。

ステロイドについて誤解している部分もあるだろうし、まずは正しい知識を知ってもらおう。そして、赤ちゃんにしっかりステロイドを塗ってもらうように指導しよう。

ステロイドに関するあらゆるデマを調べ、全てに反論を考え万全の準備をしました。

迎えた予約当日。

血だらけの赤ちゃんとお母さんは私の外来には現れませんでした。

今でもときどき思い出します。10数年前、お会いすることが出来なかったあのお母さんと赤ちゃんは今頃どうしているのだろうか?

SNSに広がる「脱ステロイド」のデマ

「ステロイド」という言葉をインターネットで検索すると、今でこそ医療機関や公的機関の情報がトップページに並ぶようになりました。

しかし、10数年前は違いました。ステロイドに関する間違った情報やデマが並び、ステロイドの恐怖をあおった民間療法の宣伝ページがまずは目に飛び込んできました。

状況は変わった。

ステロイドを怖いと思う患者さんは少しずつ減り、脱ステロイドは下火になってきた。大学病院で勤務する私は勝手にそう思っていました。

そんな時、SNSで医療情報を発信する仲間の医師からあることを聞かされます。

「インスタグラムがニセ医学でひどいことになっている」

かつてのインターネットの検索結果と同じことがいま、インスタグラムでおきているのです。

「#脱ステロイド」で検索すると沢山の写真が出てきます。

Instagramより

「#脱ステロイド」で検索すると、皮膚炎を悪化させた赤ちゃんの写真がたくさん出てくる

「体に溜まったステロイドを出して人間が本来備わっている自然治癒力を引き出す」

みなさんは思うかも知れません。赤ちゃんが可愛そう。なぜそんなことをするのだろう? 虐待じゃないか。と。

私も若い頃ずっと同じように思っていました。ステロイドも他の薬と同じで正しく使えば怖くないのに。

なぜだろう。

きちんとした治療を受けずに全部の爪が剥がれてしまった赤ちゃん。「脱ステ」ママとその赤ちゃんが私の予約に来てくれなかったあの日から、ずっと考え続けています。

インスタグラムで同じことが繰り返されているのを知って、あの日、私が伝えたかったことをもう一度思い返しています。そして、改めて言葉にしてみようと思います。あの時、お会いできなかった「脱ステ」ママへの手紙です。

会えなかった「脱ステ」ママのあなたへ

pixabay

会えなかった「脱ステ」ママのあなたへ。

もしかしたら、あなたは自然のものを好む自然派ママだったのかもしれません。赤ちゃんの健康を誰よりも考え、食事に人一倍気を遣い、赤ちゃんの身の回りのものを選ぶのにいつも真剣だったのかもしれませんね。

お子さんのアトピーも、お薬なんて使わずに治したいと思ったのかも知れません。その考えは私も含めて多くの方が賛同します。使わなくて済むのならお薬なんて使いたくありません。でも実際は、お薬を使わずお子さんの湿疹を放置しておくほうが大きな問題が起きてしまうことがあるのです。

赤ちゃんの顔が湿疹でジュクジュクになった状態。顔を布団にこすりつけたり、手で擦ったりするでしょう。これを繰り返すとあなたの赤ちゃんは将来、白内障になってしまう危険があります。かゆみのせいで目をこすったり叩いたりする動作はよくありません。

実は私も軽度の白内障と網膜剥離があるのですが、これはアレルギー性結膜炎を煩わせた結果です。子供の頃からアレルギー体質で喘息に加え鼻炎と結膜炎がありましたが、喘息以外は治療せずに放置してきました。

40歳を過ぎたある日、視界から消えない小さなゴミと物の見えにくさに気がついて眼科を受診して病気がわかりました。幸い、手術をするほどではなかったのですが、目の見えにくさは相変わらずそのままです。

白内障の原因はステロイドのせいだと聞いたことがあるかもしれません。それは少し違います。こすったり叩いたりする影響が大きいと考えられています(古江増隆:アトピー白内障とステロイド外用.日本白内障学会誌, 13: 58-61, 2001)。

私の白内障も目のかゆみを治療せずこすり続けた結果で起きたものです。なぜなら私はこれまで、ステロイドを含め結膜炎の治療を一切したことがないからです。

ステロイドにまつわる事実と嘘

ステロイドを顔に塗るのは怖いと思っているあなたの感覚は正しいものです。どんなお薬も、慎重に正しく使ってこそ副作用がなく効果を得られます。ステロイドを顔に塗る際のポイントがあります。

まず、まぶたにステロイドを長期間塗るのは避けたほうが良いでしょう。緑内障が副作用として起こりうるからです。顔にステロイドを塗る場合は、2週間以上継続して塗らないことも大事です。

医師の指導を守って正しくステロイドを使えば、赤ちゃんが将来、私のように白内障や網膜剥離で苦しむことはありません。ちなみに、今は「プロトピック軟膏」という、ステロイドではないお薬もあります。これなら白内障や緑内障の心配はぐっと減ります。

もしかしたらあなたはインターネットの情報を信じてステロイドが怖くなってしまったのかもしれません。

まず、ステロイドで皮膚が黒くなるというのは間違いです。ステロイドで皮膚の色は黒くなりません。皮膚炎は火事のようなものでステロイドは消防隊です。皮膚の色が黒くなるのは、炎症の結果でありステロイドは火を消す役目を担っています。

ステロイドが子宮にたまるというデマもあります。日常用品に使われている化学物質が皮膚から吸収されて体に毒がたまる「経皮毒」という嘘さえあります。これらはどんなにもっともらしい説明を目にしようと、嘘なので信じてはいけません。

長く使い続けてきたステロイドが怖くなって急にやめてしまうのも危険です。ステロイドを突然やめてしまうと急激な悪化を起こします。なかでも、「カポジ水痘様発疹症(すいとうようほっしんしょう)」というウイルス感染に注意が必要です。これは悪化すると脳炎や髄膜炎といった命に関わる合併症を引き起こします。

ステロイド外用剤はダラダラ使わずに、強めの薬を短期間しっかり塗るのが大事です。アトピーなどの慢性疾患では、湿疹が出てから塗るのではなく、湿疹が出る前に週2〜3回外用する「プロアクティブ療法」が推奨されています。

Nozomi Shiya / buzzfeed

従来は、悪化した時だけステロイドを塗る「リアクティブ療法」が主流だったが、今は、見た目がきれいになった後でも塗り続けて薬を少しずつ減らしていく「プロアクティブ療法」が効果があることがわかってきた

プロアクティブ療法がうまくいくと、徐々にステロイドを塗る回数が減ります。その結果、最終的には保湿剤のみに切り替えることが可能です。アトピーを専門としている医師であれば、こういったステロイドの塗り方をきちんと説明してくれます。

私たち医療側のあり方にも問題がある

いやいや、そういうことではない。

あなたはそう思いながらこの文章を読んでいるかも知れません。もしかしたらあなた自身がアトピーで苦労されたのかもしれませんね。それもステロイドでつらい思いをしたのかもしれません。だからこそ、自分の子供には絶対ステロイドを使いたくないと。

あなたもご存じのように、ステロイド外用薬にも副作用があります。長期間使用することで皮膚が薄くなります。薬の効きが悪くなる人もいます。ちゃんと塗っているのによくならない人だっています。ステロイド外用剤の使い方を一切教わらず、アトピーが全然良くならなかった患者さんもいます。

医者が変わるたびに違う説明をされたり、看護師さんや薬剤師さんに「ステロイドは怖い薬だからあまり使わないでください」と説明を受けたりした方もいるかもしれません。そんなとき、時間をかけて話を聞いてくれる優しい民間療法に心が引き寄せられてしまうのは当然のことです。

子供のアトピーが治らないのはお母さんのせいだと怒る医者がいるのも知っています。ごめんなさい。親の苦労や心配がわからない医者に誰だってかかりたくありませんよね。

副作用に苦しんだ人たち、標準治療からもれてしまった一部の人たち、医療機関でつらい思いをした人たち、そんな方々を悪者のようにひとまとめに切ってしまう同業の医師に私だって怒りを覚えます。

Sasiistock / Getty Images

医療側も患者さんや親御さんとのコミュニケーションの方法に問題があったのではないか?

塗れば治るって言われてしっかり塗ったけど私は全然治ってない。確かにステロイドで救われている患者さんが沢山いることも理解している。けど、今の治療は私を救ってくれなかった。そう思っているのかもしれません。

言い訳させてください。私たち皮膚科医はステロイドにまつわる嘘とデマをかき消すので精一杯だったのです。治るはずの人たちが嘘の情報に惑わされ苦しんでいるのをなんとかしたかったのです。

でも、その過程であなたのような本当に困っている人たちに気がつけなかった。気がついてはいても見て見ぬふりをしてしまった。20代の頃の私は医者としても未熟でした。

アトピーの治療はものすごく進歩している

もう少しだけ話を聞いてください。あなたにとっては今更かもしれませんが、医学はものすごいスピードで進歩しています。20年前、顔に強いステロイドを塗り続けて起きた「酒さ様皮膚炎」はプロトピックの登場で減ってきています。

乳児期からの保湿を積極的に行うことでアトピー性皮膚炎の発症が予防できることもわかりました。

ステロイドの効果が不十分な患者さんには、「デュピクセント(一般名:デュピルマブ)」という注射が登場し効果を発揮しています。この先もステロイド以外の新たな治療薬が増えます

かつてステロイドしか武器のなかったアトピーの治療はいま、急激に進歩しています。

あの時、会えなかったお母さん。そして、自分のお子さんに脱ステしているママさん。勇気を出して病院を受診してください。

アトピーっ子のお母さんのまわりにいるみなさんへ

まわりのみなさん。

赤ちゃんがひどい湿疹で泣いていても、どうかお母さんを責めないでください。お母さんはお母さんなりに自分の子供のことを考えて、一番いいことを選んでがんばってきたのです。やり方は間違っていたかもしれませんが、その愛情まで否定しないでください。

私は、一生懸命頑張ってきたママさんたちを「虐待だ」なんて言えません。私たち医者は、かゆくてつらそうな赤ちゃんを連れてきてくれたお母さんの苦労と努力をわかっています。ママさんたちが背負ってきた責任をおろしてあげるのが私たち医者の仕事です。病院に行けば必ず「治す光」が見つかります。

あの時、お会いすることが出来なかった「脱ステ」ママさんに届けたかった言葉はただひとつです。

「これまで大変でしたね。あとは専門家にまかせてください」

アトピーの子を持つお母さんたちがお子さんの心配から1日でも解放され、まずはあなた自身がぐっすり眠れますように。私は病院でずっと待っています。

【大塚篤司(おおつか・あつし)】京都大学医学部特定准教授(皮膚科兼任)

千葉県出身、1976年生まれ。2003年、信州大学医学部卒業。皮膚科専門医、がん治療認定医。チューリッヒ大学病院皮膚科客員研究員を経て、京都大学医学部特定准教授として診療・研究・教育に取り組んでいる。専門はアトピー性皮膚炎などのアレルギー皮膚疾患と皮膚悪性腫瘍(主にがん免疫療法)。コラムニストとしてネットニュースやSNSでの医療情報発信につとめている。Twitterアカウントは、@otsukaman

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