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もっとアニメの話をしよう。
昭和100年の年、アニプレックスが興行を席巻。アニメ界にとどまらない存在感を示した。 『鬼滅の刃 無限城編 第一章 猗窩座再来』は歴代2位となる386億超の興行収入を稼ぎ、歴代1位である同『無限列車編』にどれだけ迫るかに関心が集まっている。一方、製作幹事をつとめた「国宝」は181億超を記録、実写劇場作品の歴代興収を22年ぶりに塗り替えた。大作にとどまらず、インディーズ作品の続編『JUNK WORLD』、中国配信発の話題作『羅小黒戦記II ぼくらが望む未来』、ミニシアター系の『ヴァージン・パンク』と、剛速球から曲球まで硬軟とりまぜて配給を手がけているところも力強い。 TVシリーズに目を移せば、カラーとサンライズの共同制作による『機動戦士Gundamジークアクス』が話題に。仮想戦記的なインパクトの強い設定、めまぐるしい展開で、多くの耳目を引きつけ、SNSが翌週の放映まで様々な考察や予想であふれ
【新刊告知】初出資料満載!『名探偵ホームズ』の資料集を刊行 制作初期の全26話エピソード構成案も収録!! 宮崎駿が初期制作話数の監督を務めたことで知られる傑作冒険活劇『名探偵ホームズ』(1984年と86年に劇場公開。1984年から1985年にTV放送)。その資料集である「名探偵ホームズ 資料集」を刊行します。 この書籍では当時の制作スタッフによって描かれたイメージボードの数々、レイアウトを収録。キャラクター、小道具、美術等の設定資料は、宮崎監督体制で制作が進められていた初期制作話数のものと、後に御厨恭輔監督体制で制作された20話分のものの両方を収録。現存するイラストも載せました。 そして、制作初期の全26話エピソード構成案も収録しました。その内容はファンにとって驚きに満ちた内容であるはず(ただし、これは制作中に暫定的に書かれたものであり、宮崎監督体制で全26話が作られたとしても、この通りに
小黒さんから、私のインタビューがやや淡白だと指摘がありましたので、こんなエピソードを。 ◯芝山さんの近くにいてなんでも聞いていた頃、「芝山さんは宮崎作品は観ないんですか」と聞いたら「観ないねー」と言われていたのですが、ある時、芝山さんが変わった夢を見たと話していて「どんな夢だったんですか」と聞いたら「宮崎さんの絵コンテが置いてあったんで、手に取ったら、絵コンテの画が動いていたんだ……」。それを聞いて、内心「やっぱり意識はしていたんだ」と思った本郷でした。 ◯私が在籍していた頃の亜細亜堂は毎年社員旅行があり、大分お酒が入った芝山さんが「みんなで寄ってたかってオレの絵コンテをダメにしやがって!」と言っているのを聞いて、「やっぱりな……」と思った本郷でした。このふたつのエピソードは面白いので言って回っていたら、周囲の人はいつの間にか自分が芝山さんから直接聞いた話だと思い込んでいたようです。直接聞
―― よろしくお願いします。 本郷 はい、よろしくお願いします。 ―― 芝山努さんの事はいつからご存じでしたか。 本郷 子供の頃にTVアニメの『元祖天才バカボン』『ど根性ガエル』『ガンバの冒険』等が好きで、それらの作品のオープニングに芝山さんの名前が出ていて、なんとなく記憶していたと思います。 ―― それで芝山さんが主催していたスタジオ、亜細亜堂に入ったのでしょうか。 本郷 そうですね。アニメ雑誌に亜細亜堂の動画募集があったんです。芝山努さん、小林治さんの名前だけは知っていましたので。 ―― そこで芝山さんとお会いになったのですか。 本郷 そうだと思いますが、21歳から始めた動画の時は接する機会がほとんどなくて、記憶に残るエピソードはありませんね。 ―― それでは亜細亜堂で演出を始めてから? 本郷 はい、そうです。機会があって23歳で演出助手として『まんが日本昔ばなし』で作画打ち合わせに立
本郷 今日は芝山さんとの仕事の関わりを中心にお聞きしたいと思っています。もりさんが最初に絵コンテ・演出をやったのは1988年の『燃える!お兄さん』で。 もり そうです。 本郷 その1~2年前に亜細亜堂に入社ですか。 もり 1985年の12月に動画の研修で入って。初めて芝山さんにお会いしたのはその頃ですね。研修の課題の動画をやって、当時の重鎮にあいさつ代わりに見ていただくんです。それが、山田(みちしろ)さんから始まって、須田(裕美子)さん、小林(治)さん、河内(日出夫)さん、芝山さんだったかな。順番は違っているかもしれないですが。芝山さんと最初に会ったのがその時ですね。 本郷 その時の芝山さんの印象はどうでしたか。 もり やっぱ巧い。巧いのは当たり前ですけど、巧い上に飄々とされている。 本郷 そういうところはあるかもしれないですね。 もり その後、動画を1年やって原画。『きまぐれオレンジ★ロ
◇口上◇ 本郷みつるです。もう40年以上アニメーションの仕事をしています。そのキャリアの最初は亜細亜堂という会社からスタートしました。私はその会社でアニメーションの演出の仕事を始め、社長の芝山努さんと出会いました。私のいた頃、芝山さんは『ドラえもん』『ちびまる子ちゃん』『忍たま乱太郎』の監督を同時にこなしていました。『ドラえもん』に関しては毎年劇場の監督をやり、絵コンテも1人でやっていました。とにかく圧倒的な仕事の質と量です。現場から引退されてしばらく経ちましたが、後世に残した影響は計り知れません。でもご本人は前に出る事を好むタイプではなく、業界に関わった人間が「芝山さんは凄かった」と言うのを伝え聞く機会があるくらいです。そこで今回、私の知っているアニメーターや演出の方にインタビューをして芝山さんの凄さを後世に伝えたいと考えこの企画をスタートしました。何回続くか分かりませんが、よろしくお願
今年は『宇宙戦艦ヤマト』放映50周年。第1次アニメブームからおよそ半世紀を数えることになる。アニメを取り巻く状況も大きく変わった。来年は昭和100年、戦後80年という節目の年を迎える。 そんななか、『ルックバック』がアニメ界・興行界を驚かせた。『チェンソーマン』の藤本タツキの「マンガ家マンガ」が原作。単行本1冊に収まるコンパクトな内容を、押山清高監督が自身の会社・スタジオドリアンで劇場アニメ化。60分に満たない中編で、さしたる宣伝もないまま、興収20億を上げたのだ。 『ルックバック』をはじめとして、絵描きを主役に据えた作品が目立ったのも今年の特徴だろう。アニメーターを主人公に据えたちな監督の短編『ファーストライン』、MV制作に情熱を傾ける男子高校生を描くHurray!制作の『数分間のエールを』、イラストにトラウマを抱えた女子高生が仲間と共に再起を図る竹下良平監督のTVシリーズ『夜のクラゲは
腹巻猫です。2024年1月期に放送されたTVアニメ『勇気爆発バーンブレイバーン』のサウンドトラック・アルバムが11月15日に発売されました。放映終了から半年以上経っての発売は、本作の音楽に大きな反響があったことをうかがわせます。筆者もさっそく購入して聴きました。今回は、この異色ロボットアニメの音楽を紹介します。 『勇気爆発バーンブレイバーン』は2024年1月から3月まで放送されたTVアニメ。原作・Cygames、監督・大張正己、アニメーション制作・CygamesPicturesによる、オリジナル・ロボットアニメである。 ハワイで人型機動兵器・ティタノストライドを投入した合同軍事演習が実施された。自衛隊のパイロット、イサミ・アオと米軍のパイロット、ルイス・スミスは演習中に出会い、意気投合する。が、突然、宇宙から飛来した謎の侵略者デスドライヴズの襲撃を受け、ハワイの軍事基地は壊滅の危機に瀕した
プロデューサーとして活躍し、OVA『超神伝説 うろつき童子』、OVA『ジャイアントロボ THE ANIMATION 地球が静止する日』等を手がけた山木泰人さんが、昨2023年11月26日に急逝されました。66歳でした。 通夜、告別式はご本人とご遺族の意向で近親者のみで執り行われました。 尚、弔問やご遺族への直接の連絡につきましては、ご遺族の意向により、差し控えていただくようお願い申し上げます。 生前に取材やトークショーで関係がありましたアニメスタイルが代理でお伝えさせていただいております。 心よりご冥福をお祈りいたします。 2024年1月15日
今年の振り返りは、この話題から始めるしかないだろう。 宮崎駿監督の『君たちはどう生きるか』が公開された。『風立ちぬ』から10年ぶり。記者会見を開いて引退宣言まで行い、スタジオジブリも制作部門もいったん解散となった。それを覆しての新作長編だ。事前に公開されたのは、イメージビジュアル1点のみ。内容を明かさないどころか予告編すら作らず、宣伝を一切しないという姿勢が貫かれた。それがかえって注目を集めたというのもあるだろう。蓋を開ければ、12月までに86億円の興行収入をあげ、現在も公開中。自伝的な要素を盛り込み、思うに任せたかのような展開も話題になった。80歳を超えてなお続く創作への情熱は驚異と言えよう。 スタジオジブリが日本テレビに売却されたのも広く報じられた。日本有数のヒットメーカーだけに、創業メンバーが高齢化する中、その行く末はかねてから関心を集めていた。日本テレビは『魔女の宅急便』以来(さら
小黒 次が『異国迷路のクロワーゼ』(TV・2011年)です。これはシリーズ構成と音響監督としての参加ですね。 佐藤 そうですね。随分前に1回企画として立ち上がったことがあって、監督をやるように言われたんです。原作の画が緻密で、これを再現しないと『クロワーゼ』という作品になんないけど、カロリーが相当高いから難しいだろうと言って、二の足踏んでた記憶があるんですよね。それが、安田(賢司)監督でやることが決まったところで、当時サテライトにいた金子文雄プロデューサーから、「シリーズ構成をやりませんか」って話をもらって。 小黒 ここまでで何度かお名前の出ている金子さんですね。 佐藤 そうそう。その金子の作品なので、基本的にはノーとは言わないという流れです。だから、原作の先生にシリーズ構成をプレゼンするところぐらいから入ってますね。 小黒 では、現場のことはやらないで、お話作りとか。 佐藤 うん。脚本発
小黒 『たまゆら』は評判もよく、シリーズになっていくわけですね。 佐藤 おかげさまで、という感じですね。『ARIA』ファンが結構乗っかってくれたのも大きいと思います。 小黒 スタッフの話に戻ると、「飯塚晴子さんのキャラクターデザインでアニメを作りたい」という動機で始まったけど、飯塚さん自身はあまり作画監督をしていない。これは、飯塚さんのお仕事が重なっていたからですか。 佐藤 そうですね。当時の飯塚さんの軸足はJ.C.STAFFだったかと思います。現場に張りついての作業もなかなかお願いできないし、TYOアニメーションズの制作スタイルもあるので、中に入ってガッツリとやるのも難しそうだなと。まずはキャラクターデザインと版権を描いていただいて、余力があったら肝のところを作監修正していただけるといいかなと思っていました。 小黒 キャラクターの外見等に、佐藤さんの要望も入っているんでしょうか。 佐藤
小黒 この後は佐藤さんが取材を沢山受けた作品が続きます。他の媒体の記事と内容が重複するかもしれませんが、そこは気にせずにいきましょう。 佐藤 はい。 小黒 こうして振り返ると、松竹の作品が多いですね。佐藤さんと松竹の繋がりはいつ頃から始まってるんですか。 佐藤 『ARIA The ANIMATION』(TV・2005年)が最初かな。同じ松竹でも作品ごとにプロデューサーが違うんです。『たまゆら』は『うみものがたり』の繋がりで田坂秀将さんで、『ARIA』と『あまんちゅ!』(TV・2016年)は飯塚寿雄さんというように、同じ松竹作品だけどラインは別なんですよ。 小黒 なるほど。 佐藤 しかも、プロデューサー同士が凄く緊密に情報共有をする感じでもなく、わりと独立して活動している。その都度、お互いの状況を聞きながらそれぞれの仕事をするような感じでしたね。 小黒 「今は『たまゆら』が動いてるから『AR
1993年末に刊行された同人誌「機動戦士ガンダム 逆襲のシャア 友の会」が、商業出版のかたちで復刻されることとなった。 「機動戦士ガンダム 逆襲のシャア 友の会」で企画・発行人・責任編集を務めたのは『エヴァンゲリオン』シリーズ、『シン・ゴジラ』等の監督/総監督として知られる庵野秀明。「機動戦士ガンダム 逆襲のシャア 友の会」はインタビューと寄稿を通じて『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』を検証・総括することを目的として制作されたものである。 同人誌ではあるが、錚々たる顔ぶれが揃っている。インタビューには庵野秀明も参加。様々な角度から『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』が語られており、ファンにとって興味深い一冊であるはずだ。 なお、復刻作業はオリジナルの同人誌を忠実に再現するかたちで進められたが、デザイン、テキストに関しては僅かではあるが、修正が施されている。また、イラストの一部、人物写真につい
明暗ともに東映アニメーションの年だった。 暗の部分を挙げれば、サイバー攻撃を受け、社内システムが使えなくなり、TV4作品が2ヶ月にわたって新作放映休止を強いられ、劇場作品も公開延期に追い込まれた。一方の明は、『ONE PIECE FILM RED』が、それまでの東映配給作品の記録を塗り替える歴史的な大ヒットに。12月公開の『THE FIRST SLAM DUNK』は、内容を秘匿する宣伝手法やキャスト変更が物議を醸したものの、蓋を開ければ、圧倒的な映像の力に絶賛の声が集中。公開延期の苦汁をなめた『DRAGON BALL超 スーパーヒーロー』も、3DCGを活かしながら原作の絵柄に近づけたビジュアルを見せ、興収20億円を挙げた。一般向けアニメ興行全盛期にあって、むしろ苦戦を強いられていた同社が、得意のマーチャンダイジングの分野で一般向けにチューニングを合わせ、大成功を収めてみせたのだ。好調の企業
庵野秀明が責任編集を務めた伝説の同人誌「機動戦士ガンダム 逆襲のシャア 友の会」が復刻! C101で先行発売!! 1993年末に刊行された同人誌「機動戦士ガンダム 逆襲のシャア 友の会」が、商業出版のかたちで復刻されることとなった。 「機動戦士ガンダム 逆襲のシャア 友の会」で企画・発行人・責任編集を務めたのは『エヴァンゲリオン』シリーズ、『シン・ゴジラ』等の監督/総監督として知られる庵野秀明。「機動戦士ガンダム 逆襲のシャア 友の会」はインタビューと寄稿を通じて『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』を検証・総括することを目的として制作されたものである。 インタビュー及び、寄稿で参加しているのは以下の方達だ。 ▼インタビュー 富野由悠季 山賀博之 井上伸一郎 内田健二 北爪宏幸 出渕裕 (イラスト寄稿も有り) 鈴木敏夫 永島収 押井守 幾原邦彦 ゆうきまさみ(4コママンガ寄稿も有り) ▼寄稿者
小黒 『うみものがたり~あなたがいてくれたコト~』(TV・2009年)は僕が不思議だと思っている作品です。この取材の前に全話を観返しました。 佐藤 ああ、ありがとうございます。 小黒 本放映で観て、以前に飯塚(晴子)さんの取材する時に観返して、今回も取材の前に観ているので、3回目の視聴でした。キャラクターの気持ちはしっかり追っていて、ちゃんとドラマになっている。 佐藤 はいはい。 小黒 でも、「なんでこういう作品になったのか?」が分からない。この企画はパチンコ・パチスロの「海物語」の映像化から始まってるわけですよね。それが、どうしてああいう作品になったんですか。 佐藤 これは活字にしづらい事情が多い話だと思うんですけど(苦笑)。企画をもらった時に、まずは話を聞いてみて、会社(TYOアニメーションズ)としてやる意義があればやりますと。ただ、自分がガチッと監督をやるのは無理なんで、「監修ならで
【C99先行発売】レア資料満載!「22/7 あの日の彼女たち Animation note」が発売。堀口悠紀子さんの複製原画付きもあります!! アニメスタイルは『22/7 「あの日の彼女たち」』の書籍を刊行します。タイトルは「22/7 あの日の彼女たち Animation note」。 『22/7 「あの日の彼女たち」』は「22/7」プロジェクトのひとつとして制作された連作アニメーションです。精緻な演出と画作りで少女達の日常を切り取ったもので、各話1分ほどの長さでありながら、見応えたっぷりの傑作として仕上がっています。 監督は『ワンダーエッグ・プライオリティ』を手がけた若林信さん、キャラクターデザイン・作画監督は『けいおん!』等で知られる堀口悠紀子さん。制作はCloverWorks。2018年に配信、全8話。演出や作画が好きなアニメファンには是非チェックしてほしい作品です。 「22/7 あ
小黒 そして『カレイドスター』が終わって『ケロロ軍曹』が始まる。 佐藤 はいはい。 小黒 『カレイドスター』の放映が2004年3月までで、『ケロロ軍曹』が4月にスタート。『カレイド』の作業を引っ張ったので、佐藤さんが『ケロロ』に本格的に入るのが遅れた、と聞いた記憶があります。 佐藤 そう……だったです? 並行してやっている時期があるのか。『ケロロ』とか『(ふしぎ星の☆)ふたご姫』(TV・2005年)とか、その頃の記憶は、色々ごちゃごちゃになってるんですよね。 小黒 並行してやっていたのは間違いないですね。『カレイド』が遅れていなかったとしても、『カレイド』の制作中に『ケロロ』の仕込みをやっていたわけですよね。 佐藤 そうだね。気分がダウンになった頃の具体的な記憶はないんですけど、例えば『ふたご姫』の主題歌を聴くと、その時の気分がよみがえるんですよ。 小黒 つらかった時の気分ですか? 佐藤
小黒 「佐藤順一の昔から今まで」の取材は今回で4回目です。『カレイドスター』(TV・2003年)からうかがいますね。佐藤順一ヒストリーの中でも、大きな1本ではないかと思いますが。 佐藤 そうですね。 小黒 そもそも、どうしてGONZOで監督をする事に? 佐藤 この前にGONZOの『ゲートキーパーズ』(TV・2000年)というTVシリーズがあったんですよ。オファーをもらって『ゲートキーパーズ』をやっている時に、池田東陽がアシスタントプロデューサーとして入っていて。「次は1本、一緒にやりたいよね」と話をしてる中で「こんなんあるんだけど」と言って出した企画が、『カレイドスター』のペライチの企画書。 小黒 じゃあ、元々の企画案は佐藤さんから出されたんですね。 佐藤 そうですね。僕のほうから「こんなTVシリーズやってみたいな」という企画を提出して、それを池田東陽が成立させたっていうのが、大まかな流れ
小黒 この頃のお仕事に『新世紀エヴァンゲリオン』がありますね。 佐藤 お手伝いしていますね。 小黒 甚目喜一のペンネームで絵コンテを担当された。これは、佐藤さんにとっては大きい仕事ではないのですか。 佐藤 いや、大きいですね。こう言ってはなんですけど、庵野さんの作品に、自分が合うとはカケラも思っていなくて。一生接点がない人だろうと思っていた。 小黒 最初に庵野さんに会ったのが「アニメージュ」の座談会ですか(前出の「アニメージュ」1993年5月号の記事)。 佐藤 そうなんです。庵野さんが『セーラームーン』をお好きということで座談会を組んでいただいたことがあって。 小黒 僕が企画した記事だと思います。 佐藤 お世話になっています(笑)。それで、お好きならばということで、原画や絵コンテをやっていただいたりしました。でも、庵野さんが作っておられる作品、例えば、『王立宇宙軍』みたいな作品に、自分の居
小黒 話は前後しますが、佐藤さんは『セーラームーン』の45話「セーラー戦士死す! 悲壮なる最終戦」で絵コンテを担当している。これは『ユンカース』の制作に入ってる最中に描いてるわけですね。 佐藤 そうですね。 小黒 その頃は脚本打ちには参加されていなくて、思いもよらない壮絶な内容の脚本を受け取ったということになるんでしょうか。 佐藤 ええ!(笑) そうです、そうです。(声が裏返りそうになりつつ)「本当にこれやるの!?」っていう感じのものが上がってきたので、びっくりした(笑)。 小黒 当時、「こういうものから一番遠いところにあるものを作っていたはずなのに」とおっしゃっていました。 佐藤 「どうしちゃった?」って、やっぱ思いますよね(笑)。だけど、やるなら、しっかりやるしかないしなあ、という感じでしたね。 小黒 でも、ご立派な出来でしたよ。「佐藤順一絵コンテ全集」を出版するなら、ぜひともこの話の
小黒 世間では『きんぎょ注意報!』は「新しい表現を始めた画期的な作品」とされていますね。佐藤さん自身は自然体で作られたのではないですか。 佐藤 そうですね。『(もーれつ)ア太郎』と同じく、あまり気張ることなくやれていますよね。 小黒 原作は表現に特徴のある作品ですが、アニメ化は難しいと思いました? 佐藤 いや、特に難しいとも思わなかったですね。ギャグ顔でニコニコすると、目が太い線になるんですけど、最初はそれがゲジゲジ眉毛に見えたので「目だと分かるようにしておいたほうがいいのかな」と思ったりはしたけど、段々慣れてきたので「これはこれでいいのかな」と思うようになったしね。 小黒 入好(さとる)さんの作監回だけかもしれないですが、シリーズ後半は、わぴこのニコニコ目がもの凄く太くなりますよね。 佐藤 なります、なります(笑)。特に入好さんはそうかもしれないですね。 小黒 あれは美しいデフォルメです
新型コロナウイルス感染症の大流行は国を超え、「世界同時体験」といえる災厄となった。当然ながら、アニメ界も大きな影響を被った。 まずはTVアニメ。当初は中国大陸での感染拡大から、ひっ迫したスケジュールで制作していた作品に影響が現れた。その後、国内の感染状況の悪化を受けて、次第に多くの作品へと影響が広がる。アニメは実写に比べ、個々人の作業や分業により制作の継続が容易だったが、密を避けられないアフレコの問題もあり、比較的優良なスケジュールを維持していたと思われる東映アニメーションやOLMの作品も含め、4月下旬から6月上旬にかけて、多くが放映延期、あるいは再放送へと追い込まれた。制作途上の作品も当然ながら状況の見直しを迫られた。今年の放映を明らかにしながら、2021年へと切り替えた国内作品は以下のとおり。 『約束のネバーランド[2期]』 『キングダム[3期]』5話以降 『五等分の花嫁∬』 『スケー
小黒 「佐藤順一の昔から今まで」2度目の取材です。よろしくお願いします。 佐藤 よろしくお願いします。 小黒 少し話を戻します。東映動画は東映株式会社と深い関係があり、 そのために体育会系的なところがあったのではないかと思うんですが、そこの空気には馴染めたんですか。 佐藤 確かに最初は慣れなかったですね。体育会系というよりも、映画屋なんですね。入ってからそれが分かるまで、そんなに時間は掛からなかった。当時は「演出は丁稚奉公から始めるのである」「背中を見て学べ」みたいなことが普通にあった世界だったね。上下関係も含めて、上司で面倒くさい人もいたから、「それは僕の仕事じゃないと思います」とか言って反抗したりしましたけど。 小黒 佐藤さんが入る前に新人を採用しない時期があったので、演出家の先輩はベテランばかりだったわけですよね。 佐藤 そうですね。久々に若手が入ってきたみたいな状況でしたね。 小黒
小黒 『ステップジュン』の放送中に、ペンネームで『機動戦士Ζガンダム』(TV・1985年)の絵コンテを描かれてるわけですね。 佐藤 そうです。富野(由悠季)さんに、僕の仕事のサンプルとして送られたのが『ステップジュン』2話のコンテだったので、その時期で間違いないです。 小黒 これはどなたからのご紹介だったんですか。 佐藤 オファーをくれたのは、バンダイビジュアルにいた高梨(実)さんだと思いますね。高梨さんは『メモル』を観て「こいつ面白そうだな」と思ってくれていたようで、サンライズの内田(健二)さんから「誰かいない?」と聞かれた時に、僕を推してくれたんじゃないかな。この縁がゆくゆくは『ユンカース・カム・ヒア』(劇場・1995年)に繋がるんです。 小黒 なるほど。東映の研修生は他所の仕事をするのはマズかったんですか。 佐藤 基本的には、そうですね。『Zガンダム』の前に芦田(豊雄)さんがやってい
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小黒 『こてんぐテン丸』の放送が1983年10月に終わって、『メモル』が1984年3月に始まるまで、クレジットされている仕事は『愛してナイト』(TV・1983年)の演出助手が1本あるだけですね。他には何をされていたんですか。 佐藤 『メモル』は準備室があったんですよ。土田さんと葛西さんもいたと思いますけれど、一緒に設定作りや資料作りを手伝ってましたね。僕はアシスタントディレクター的な立場での参加でした。 小黒 準備段階で参加していた若手演出家は佐藤さんだけで、貝澤さんはその段階では入ってないんですね? 佐藤 貝ちゃんはいないですね。 小黒 名倉さんは当然その準備室にいるんですね。 佐藤 いましたね。 小黒 その段階でキャラクターデザインの鈴木欽一郎さんは参加していたんですか。 佐藤 鈴木さんの参加は、スタッフルームがちゃんとできてからだったかな。 小黒 『メモル』の準備段階では、佐藤さんは
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