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Claude Code
delete-all.hatenablog.com
僕は食品会社の営業部長だ。3月である。年度末である。気分が沈む。というのもこの時期はノルマ未達見込みの部下が作り上げた出来の悪い言い訳を聞かされるという苦行が待っているからである。彼らは先行きの見えない社会を呪い、己の不運を嘆く。「仕事にやりがいがない」「モチベーションが上がらない」と真顔で言う。彼らは、失敗の理由がわかっていながら、言い訳をする。聞くだけ無駄だ。やりがいはない。でも仕事だから真顔で聞く。ひととおり話を聞き、アドバイスしたあとで「やりがいは仕事に必要かな?」と質問する。彼らから、やりがいは不可欠ではないけれどあった方がいい、という答えが返ってくる。そんな彼らに僕が出来ることは「仕事は生活のためにやるものだよ」と言うことくらいしかない。 仕事についての考え方は人それぞれである。だがそれでも僕は仕事は生活のためにやるものであり、それ以上でもそれ以下でもないと考えている。生活はや
僕は食品会社の営業部長だ。先日の会議で、会社上層部に「なぜ業界のことを知ろうとしないのですか?」と質問をした。彼らは金融機関からの出向でやってきて、取締役におさまった。そして、十年もその立場にあって業界の知識とコネがゼロで、的外れなことばかりしている。先日も受託している社員食堂の販売価格を、委託契約を無視して上げようとして先方とトラブルになりかけた。「牛丼屋だって自由に価格に決めている」が言い分であった。外食産業と給食事業の区別がついていないのだ。質問に対する専務(上層部トップ)の回答が想定外だった。「あえて学ばないようにしている」と彼は言い切ったのだ。「君たちは業界の知識常識に縛られているが、私たちはフラットな視点で見ることができる。なぜかわかるかね営業部長」。わからない。わかりたくもない。「我々はプロの経営者だからだ」と彼は付け加えた。プロ経営者があらわれた! プロ経営者と聞いてフラッ
三連休の初日に大学時代の友人Aと後輩Bに会った。三人で会うのは2004年以来になる。物理的距離的体力的な問題の同時多発的な発生により、ずっと会うことが出来なかった。友人Aが2010年の冬に体調を崩してどうにもならなくなり東京から故郷の青森に帰省し、新聞社に勤めていた後輩Bはすでに九州へ異動していたため、三人で会うにも会えなかったのだ。おっさん三人には若いカップルのような遠距離を埋めるほどの愛の力はなかった。昨年、後輩Bが長年の激務が祟って体調を崩して仕事を辞め、地元の栃木に帰ってきた。そして、10数年かけて生活の安定した友人Aが青森から夜行バスで上京することになり、後輩Bも合流して上野で会うことになったのである。 上野恩賜公園のカエル噴水で待ち合わせした友人Aは元気そうだった。16年経って僕らは52歳のおじさんになっていた。青森へ帰るとき、死人みたいな青白い顔をしていたので、顔をあわせるな
僕は52歳の就職氷河期世代で、中小企業で営業部長として働き、家族は妻とサボテン、こづかいは月額19000円である。先日、衆議院選挙が終わった。ここ1年超で実施された三回の国政選挙で就職氷河期世代は完全に見捨てられたと実感する。国政選挙が始まる前は、氷河期世代は属する人数が多いからだろうけど、その救済策が話題に登るけれども、選挙がはじまるとトーンダウンし、選挙後にはほとんど触れられない。このお決まりのパターンを繰り返している。施策は行われているけれども、救済が必要な人がまだいるので十分とはいえないし、それ以前に、世代の上の方の年齢が50代半ばに達したので時間切れだ。 もちろん、氷河期世代全員が負けたわけでもない。ほとんどの人は粘り強く戦って生き抜いている。優秀な人間もたくさんいる。僕の観測範囲、僕の周辺では、なんらかの公的な保護が必要なほど困窮している人間はいない。僕も何とかここまで生き残っ
僕は食品会社の営業部長だ。営業部ってのは、毎日どこかで誰かが燃えてる場所だ。もちろん実際に火がついてるわけじゃないけど、精神的にはしょっちゅう火事。僕はその真ん中で部長なんて肩書きをぶら下げて立っている。肩書きは重いが、実際に重いのは肩そのものだ。四十肩あらため五十肩、可動域は四十年前のロボットのプラモデル級だ。 ある日の午後、部下がやってきて、ちょっとご相談があります、と言った。表情は若々しい。こういう場合のちょっとがちょっとであった試しがない。それに、相談という言葉は、どうして人間の脳みそをざわつかせるのだろう。 相談はとある顧客への見積提出だった。僕は部下のクソ長い説明に耐えた。案件の難易度、部下の気持ちの湿度、過去のいきさつ、それらを何の処理もせず、まとめて机の上にドサッと置いていかれた感じだ。期限は明日の午前で、なんとか決裁をいただいて持参しなければならないと部下は言う。 どうし
僕は食品会社の営業部長。新規開発営業が本業だが、都合よく会社に使われ、給食事業の既存顧客との価格交渉も任されている。最近は価格協議が多い。昨今の原材料および人件費高騰を反映した委託費や販売価格を勝ち取るのだ。これだけの物価高、人件費高でも全ての顧客が価格改定に応じてくれるわけではない。たとえば、某神奈川に本社を置く自動車メーカーの部品を作っている企業のような経営の先行きが見通せないところなどは、価格交渉は難航している。仕方がない。 話が出来ればいいほうだ。まったく聞いてくれないところもある。値上げを求めるだけで協議せず、即コンペになったり、解約をほのめかされて脅されたりしたことは何度もある。下請けきっつー、と嘆いていたら、下請けではなくなっていた。https://www.gov-online.go.jp/article/202511/entry-9983.html どういうわけかというと今
そのカラオケボックスは、いつ来ても“人生の残りカス”みたいな匂いがする。壁の吸音材は、歌声よりも後悔と怨念を吸いこんでいるのだろう。それらと時間を混ぜるとクソみたいな匂いを放つのだ。クソみたいな匂いのする部屋で歌うという行為は、人生のどこかで落としたネジを探す儀式みたいなものだ。そんな場所の真ん中に、義父が座っている。 義父は七十代。箱職人で、木と紙と、昭和と平成の湿気でできている。そして、酒が一滴も飲めない。「飲めるけどな」と義父は強がるが、ほとんど酒が飲めない老人は、ブコウスキーの小説に出てきたら、たぶん一行で退場させられる。義父は人生の苦味をどうやって流してきたのだろう。ビール吸引機のごとく、がぶがぶ飲んでいる僕には理解できない。義父からカラオケに誘われた。嫌な予感がした。これは歌うためじゃない。義父の心の中につもった“おが屑”を掃除する時間なのだと。 僕はウーロンハイを頼み、義父は
1994年、冬、僕は東京にある私立大学の法学部の3年生で、刑事訴訟法ゼミに所属していた。そのゼミは面接だけで入れたが、なぜか人気がなかった。不人気の理由は入ってから知った。四年生に上がるときの条件が厳しく、三年末でクビが続出していたのだ。生存率30〜40パーセント。ゼミに入っていないと就職で不利になるのだ。「彼女」はゼミ同期で唯一の女の子だった。よく笑うチャーミングガールで、優秀だった。課題をこなすだけで精一杯な僕とはちがって、進んで教授に質問したり、教授室に押しかけたりしていた。僕とは違う世界の住人だった。ゼミ以外で顔を合わせても、挨拶をするくらいの関係。 ある冬の日、休講をいいことに学食で友達と馬鹿話をしている僕のもとに彼女は現れた。「ちょっと付き合ってくれない?」と彼女は言った。あなたは逃げられないのよ、と告げるような凄みが彼女の言葉にはあった。まるで起訴されたら100%有罪になる刑
横浜の街中で、偶然、「彼」と会った。彼は、かつての上司だ。二十数年ぶりの再会。四十代だった彼は「定年退職して、今は毎日サンデーだよ」と笑った。薄くなった頭髪。シワとシミが目立つ顔面。それでもあの頃そのままの変わらない笑顔に、僕は胸がいっぱいになった。何かが胸の奥からこみ上げてきた。感謝の気持ちを伝えたかったけれど、こんなとき僕はいつも言葉が出てこない。適切な言葉を探しているうちに、タイミングを失ってしまう。そんな僕を置いてきぼりにして、彼は近況や当時の仲間たちの噂話をすると、こう言った。「私を部下にしてみないか?今の君に私が使えるか?」 三十年前(1990年代後半)、二十代の僕は今とは異なる業界で営業として働いていた。昭和のモーレツな働き方が色濃く残り、各種ハラスメントは当たり前の環境。営業部門は特にそういった傾向が強く残っていた。厳しかった。先輩たちの指導は容赦ないものだった。同僚との競
僕は食品会社の営業部長だ。ウチの会社の給食事業において、とあるクライアントと昨年夏から年末までの値上げ交渉をおこなっていたが不調に終わってしまった。その原因はクライアント(顧客)、カスタマー(利用者)、につづく第三の客、労働組合。労働組合が取引において大きな存在感を示すのは給食業では普通だが、一般的には知られていないようだ。案件は、とある企業の社員食堂で、ウチの会社は長年契約を継続していただいている。昨今の食材高騰と人件費の確保のために、価格アップをお願いしていた。数か月にわたって、クライアントの担当者と慎重に協議を重ねてきて、ほぼ合意まで至ったけれども、残念ながら最後の最後で労働組合によってひっくり返されたのである。 社員食堂は福利厚生施設だ。毎日利用する人もいるように、従業員の生活に密接に関わっているという点が、レストランや食堂と異なる。もう一点異なるのは、社員食堂がクライアントから施
僕は団塊ジュニアで就職氷河期世代の一人だ。大学新卒時の就職率は確か6割ちょっとで、底ではなかったとはいえ厳しく、僕のような平凡な法学部生は、夢や希望を目指すよりまず、就職することが現実的な目標だった。企業には門前払いされまくった。だから、当時まともに相手にしてくれなかった某社が先日、新卒を確保するために初任給を大幅にあげて人事担当が「学生たちに気持ちよく働いてもらいたい」と言っているのをみて、「入社3日で退職者続出しろー!」と呪詛を唱えずにはいられなかった。 昨年の選挙の際、一瞬、氷河期世代救済が話題(争点)になりかけた。「選挙のネタにするなよ」と思ったが、一転して今回の衆議院選挙では話題になっていない。それはそれでどうなのか。各政党のサイトに氷河期世代救済策的なものが掲載されているものの、柱ではない。ネタにならなくなったのだろう。氷河期世代支援策は、それが十分なものかはさておき、すでにい
21年前に亡くなった愛犬タロウ(享年20歳)の犬小屋を処分することにしました。終活の一環です。とりあえず汚れを落としました。 pic.twitter.com/dVKRcsGCUT — フミコ・フミオ【「給食営業マンサバイバル戦記」9/18発売】 (@Delete_All) 2026年1月26日 僕の人生にはずっと犬がいる。タロウは1985年の冬に我が家の一員になった。兄弟ワンと二匹で段ボール箱に入れられて通学路の脇に捨てられていた。茶白のオスの雑種は、先代犬タロウの名を引き継いで家族になった(灰色のオスは「ムク」と名づけられて、近所のKさんに引き取られた)。タロウはオテ、オカワリ、マテくらいしか出来なかったけれど、手がかからない奴だった。病気や怪我とは無縁。一晩中吠え続けて僕らを睡眠不足にすることもなかった。前足を組むのが子犬の頃からのクセで「偉そうに腕を組んだまま寝ている」とよく笑った。
僕は食品会社の営業部長だ。長年、営業をしかける側にいたけれども、管理職になってから営業を受ける側になる機会が増えている。僕が勤めている会社は業務用食材事業と給食事業の二つを柱にしている。食材商社や衛生機器やオフィス機器を扱う業者から営業を受けることが多いが、最近はコンサルの営業が増えている。ほとんど金融機関出身の会社上層部からの紹介である。つまり業務命令だ。 先日、とあるコンサル事務所から革命的な提案をしていただいたので、人類の資産とするため、ここで共有したい。当該コンサルの詳細については差し控えるけれども、金融機関出身の代表者、つまり当社上層部の後輩が設立した事務所で、特に強みや特徴はないが、業績は上々でさらに事業の拡大を図っているらしい。面談前に当社の業績をあげるための簡単な提案を求めておいた。テーマがあるほうが話を進めやすいからだ。 やってきたのは若いスタッフだった。年齢は30歳前後
離婚届け出は冬がピーク 熟年離婚が増加「夫が死ぬまで待てない」(毎日新聞) - Yahoo!ニュース 熟年離婚が冬に多いというニュース。若年で離婚するよりはいいのでは?季節もクソ暑い夏よりいい。寒いほうが冷静な判断が期待できる。人間関係において、無理は無理なので、その二文字が頭から離れないなら離婚したほうがいい。離婚はめずらしくない。特別でもない。普通の行為だ。だから「離婚して私は、新しく生まれ変わった。本当の自分を取り戻した」といってゴミみたいなライフスタイル情報をネットやSNSに流さないでほしい。結婚して引退したグラビアアイドルが、中年に差し掛かったところで離婚、「覚悟のグラビア」を披露して復活したときに覚える、微妙な気持ちと似た気持ちになる。 なぜ熟年離婚するのか。長い時間をかけて、相手に期待していたものとの差異やズレが大きくなったということ。経験豊かな大人が正常な判断力で下した結論
僕は食品会社の営業部長だ。長いこと現職にあるため、同業他社の営業部門の責任者とのコネもあり、たびたび情報交換をしている。普段は同行他社、コンペなどで争うときに競合他社になるのだ。そんな関係性のなかで、昨年末、同業他社の責任者Aから連絡があった。とある法人の給食調理業務のコンペに参加してほしいという依頼だった。年末。コンペ。参加。お願い。嫌な予感しかない。Aの会社はその法人の福祉施設の給食業者を受託している、つまり現業者である。コンペに参加する業者が集まらないので協力してほしい、参加してほしい、コンペが不調になると困る、という話であった。参加する業者を既知の業者にしたいという思惑を感じた。 当該施設のコンペは定期的に行われていた。過去に参加したこともあった。定期的なコンペにしては時期が早すぎるので、何か裏があるのでは?と質問するとAは「やばいことになっている」と白状した。法人の総務部門の責任
最近、会社が騒々しい。騒々しさの原因はアホだが、問題は深刻だ。多くの中小企業が直面している問題だ。ウチの会社は、昨今の新卒採用市場に合わせて新卒採用の条件を大幅に引き上げた。「大手に負けない」という心意気は良い。しかし残念ながら当社は中小企業。新卒の待遇を上げる一方で、既存の社員の待遇の底上げは行われなかった。その結果、新卒と中堅社員の給与がほぼ変わらないというアホな状況となりギスギスしているのである。とはいえ、新卒採用などで新しい力を入れていかなければ会社は衰退してしまう。新卒採用のために条件をよくするのは不可欠だ。ただ、中小は既存社員の待遇を底上げする体力に欠けている。大手や一流企業と同じ水準の待遇を約束しても、最近の若者は安定安全志向なので、中小はなかなか選ばれないのが悲しい。一方で中堅社員は面白くない。ほぼ同じ基準の給料をもらっている新人に対して「これくらいやってよ」的な態度を取り
僕は食品会社の営業部長。昨年夏に某法人から解約通知を受けた。業務内容は福祉施設の給食提供業務だった。解約通知には、ウチの会社に委託している業務を分析した結果、コストに見合わないと書かれていた。インターネットで見つけてきたテンプレ文章で気取っていたけれども、「給食なんて簡単だから自分のところでやる。金がもったいない」ということであった。給食業務の泣き所である。設備と人材さえ確保できれば始めるのはそれほど難しいものではないからだ。当該法人は、福祉施設に派遣している当社のスタッフを引き抜きまで行っていた。スタッフたちもウチよりも若干良い条件で雇用されるため、解約によって痛みを負うのは売上を失うウチの会社だけである。お支払いいただいている金額以上の価値観を提供できなかったということだ。ウチの会社上層部は解約に対して「失礼だ」「素人がやってもうまくいかない」と決めつけて激怒していた。なお、給食の素人
一年ぶりにかつて食品会社で共に働いた亡きトンデモ上司の言葉をまとめてみました。昨年に続き、入門者にもわかりやすい「オールタイムベスト」と、手帳に記録されたものからセレクトした「発掘品」で構成。混迷極める現代を生き抜くヒントになりそうな…気がしたのは錯覚でした。 【オールタイムベスト】 ・「刺身が生なんだが……」刺身に対する熱いクレーム。 ・「妻の配偶者が死んだ……」斬新な欠勤理由。人間て想定外の事態に遭遇したとき「お前や」のひとことが出ないものですね。その後無事に離婚されました。 ・「俺はチャンスをピンチに変える男だ…」やめてくれ ・「腹を切って話し合いましょうや」本音で話そうの意らしい。 ・「強いていえば、人間の業…ですかね…」クライアントからトラブルの原因を質問されたときのひとこと。汎用性高すぎ。 ・「最後に…私事になりますが、先日一年間別居しておりました妻との協議離婚が無事成立いたし
友人の訃報が届いた。亡くなったのは、はてなダイアリーで知り合ったmk君(id:Geheimagent)だ。ご遺族のSNS投稿で彼の死を知った。最後に連絡を取ったのは今年の9月で、僕の著作を彼の自宅へ送ったときのやりとりが最後になった。彼を知ったのは2008年。当時、運営していたはてなダイアリー(「石版!」)に実家の犬小屋をアップしていて(はてな親父が作った犬小屋出し - sekibang 1.0)「変な人がいるものだなー」と認識したのがファーストコンタクトのはず。その後、はてなダイアリーを通じたやりとりを経て実際に新宿で会ったのがその年の初夏だった。なので彼とは18年の付き合いになる。mk君は、ネットで知り合ってから、18年間、やりとりを継続していた数少ない友人の一人である。第一印象は、勉強家であり、知識が豊富で、くだらないことにも興味を持つ、はっきりした口調で話す、ちょっと風変りな青年。
某地方自治体から給食事業の問い合わせを受けた。内容は、とある施設の給食業務に参加しませんか?入札方式はプロポーザルです、というものだった。ちょっと調べてみたら内容が大ありだった。被害をこうむっているわけではないので、本文で固有名詞は謳わない。ただ、そういうやり方をしていると、良い方向には動かないよ、とだけは言っておきたい。 今件はこの夏にプロポーザル方式で業者選定を行っている。内容は、地方自治体が運営している施設の食事提供業務だ。これまでは運営母体の地方自治体が直接、食事提供業務、いわゆる給食を運営していた。もろもろの問題(これがネックになる)により施設自体の運営を地方自治体から独立行政法人に移行する計画で、それにあわせて給食も委託化に動いたのだ。夏の段階のプロポーザルには参加しなかった。既存事業で人員不足となっていて、余力がなかったのだ。検討もせず、話はそれきりで終わっていた。同業他社が
最近は減ってきたけれども、参加者が資料を順番に唱和するような、無意味で無駄な会議がまだまだ多いように思われる。会議や打合せは最小限にして、その労力を本業に向けるべきだ。僕が勤めているような余裕のない中小企業ならなおさらだ。だが、なくならない。理由はいくつかあるけれども、会議を仕事にしている重役の存在が最も大きな要因だろう。見かけないだろうか?予定表に「会議」しか記入していない取締役。会議に命をかけている重役。会議のための打ち合わせ。先日、会社上層部に重要案件の最終見積の決裁をもらおうとしたら「会議の資料を作るから後にしてくれ」と言われ、「思想の違いだよね」と受け流したのだけど、当該資料に「スピーディーな意志決定の徹底が生き残りの鍵」と書かれていて脱糞しかけたものである。 当社の場合、上層部は金融機関から、出向を経て現職に就いている。業界の経験も知識もない。業界のコネクションもない。そんな彼
年賀はがきのやりとりを何年かかけて縮小している。やりとりをしているのは、古くからの友人、年に数回会うかどうか、あるいは全く合わない知人に限られている。年始の挨拶というよりは、生存確認の意味合いが強い。12月上旬になると少なくなったやりとりの中で喪中はがきが何枚か届く。同じようなモノトーンのデザインだ。どの喪中はがきも内容は一緒で、近い家族が亡くなったと言うもの。亡くなった人に面識はないので、僕は差し出し人を確認して、年賀状を出さないリストに入れるだけだ。20数年前、今の業界に入った数年間、お世話になった先輩からも喪中はがきが届いた。先輩からは昨年も喪中はがきが送られてきたので、2年連続だ。連続喪中はがきはめずらしくない。僕と僕に関係する人たちがそういう年齢に差し掛かったことの証だ。 20歳上の先輩と過ごした時期は暗黒の時代だった。僕が転職してきた数か月後に、先輩は後から中途で入ってきた。先
諸事情で離脱した同僚の代理で、これまで付き合いの少なかった部署の社員たちと一緒に仕事をしている。なるべく目立たないように仕事を進めている。なぜなら仕事デキル感が会社上層部に伝わると、給料据え置きで、業務がアドオンされるのが目に見えているからだ。さいわい代役業務のなかで「これは…」と思うことは少なく、「このまま任期が終わったらいいな、あんなことこんなこといっぱいあるけど」と浮かれている姿を神様が見ていたのだろうね、少々気になる光景に出くわしてしまった。若手社員の仕事への周囲の対応がおかしいのである。新商品(メニュー)の試作における試食をした社員たちが「いいんじゃない」「まあまあだね」と評価、意見、感想にならない言葉を発しているのである。なんとなく良い商品な空気が醸成されていた。開発を担当した若手女性社員は「ありがとうございますー」とニッコリ笑っている。ヌルすぎる。味については個人差があるので
事業部長代理として採用面接に同席した。面接の実務は担当スタッフがやってくれるので、僕は逃亡した事業部長の代わりに厳格な顔をして座っているだけである。最近、募集を出しても反応が薄い。そのなかで応じてくるのは就職氷河期世代か高齢者が多い。本音をいえば30代までの若い人間を採用して若返りをはかりたい。今回、面接にやってきたのは就職氷河期世代の男性。アラフィフ。経歴を見ると、なんとも言えない気持ちになった。募集要項にマネージャー経験や営業経験がある人優先的な記載があったはずだが、経歴書にはそれに該当するものはなかった。2001年から約25年間、派遣社員や期間工として交互に働いていて、合間を埋めるようにアルバイトとしてコンビニなどで働いていた。半年から2年を派遣社員等、数か月から1年をアルバイト、そのパターンを繰り返していた。 就職氷河期世代は、たぶん、世の中の都合で、正規雇用と非正規雇用で真っ二つ
社会に出て働きはじめて丸30年になる。ずっと営業職だ。運にも恵まれて、30年間、ノルマ達成を続けてこられた。パーフェクトではない。月単位や週単位のノルマをしくじったことは何度もある。しくじったあとでリカバリーをして、年単位のノルマを30年間、達成し続けてきたということだ。継続できたのは、たまたま運に恵まれた結果だけれども、ノルマや目標を達成するのは最低限のタスクだと思っているので特に感想はない。「よくやってこられたなあ」と時々振り返るくらいだ。 同僚や後輩に30年間ノルマ達成の話をすると驚かれる。反応は二種類。ひとつは、「おかしい」「ヤバい」という怪物扱いと、もうひとつは「コツはありますか」というテクニック的なものの開示請求だ。後者みたいな反応には戸惑ってしまう。コツといわれても、地味にコツコツやってきただけで決定打になるテクニックなど思いつかないからだ。それに、各々、能力や条件が違うので
スマホやインターネットはなかった。コカ・コーラは250mlの細い缶で飲んでいた。どこにいっても煙草を吸うおっさんがいた。電車に乗るには、改札で乗車券にハサミを入れてもらわなければならなかった。1980年代。僕は小学生だった。そういえば駅の券売機で子供価格の切符を買うには、カバーを上げてからボタンを押す必要があった。子供用切符ボタンを守っていたあのプラスティック製のカバーは、何者から僕ら子供を守っていたのだろう? コンビニエンス・ストアはいくつかあったけれども、勢力は小さかった。まだまだ個人経営のスーパーマーケットが元気な時代。僕の家の近所にもそんなスーパーがあった。食品スーパーではない。品揃えは現在のコンビニよりもバラエティに富んでいた。肉、魚、野菜、生鮮食品コーナー。冷凍、冷蔵、加工食品のブース。店頭の焼き台からは焼き鳥やお好み焼きの匂いが流れていた。お菓子。各種飲料。文房具。店先には1
僕は給食会社の営業部長。当社に納品されている業務用のお米の価格が、先月からキロ800円前後へ値上がりした。それまでは平均400円弱だったので、ほぼ二倍。黒目が消えるかと思った。収益の悪化が予想され、各部署が対応に追われている。「ブランド米」表記でアピールしていた顧客に対しては、夜間にひっそりと「ブレンド米」に変えてしまおうという声が上がっているくらいだ(詐欺)。昨年から今年の春と違うのは、お米自体があること。米不足で需要と供給のバランスが崩れて価格が急騰したという説明はなんだったのか。 当社では、お米がもっとも取扱量の多い食材だ。昨年から続く値上げに対しては、顧客と交渉を進めて、契約を見直して、春から夏にかけての食単価アップという形でカバーしてきた。だが、それ以降の大幅な米の価格の値上げに対して顧客が応じてくれるかは流動的だ。理解のある顧客であれば応じてくれそうだが、今春に続いての二度目の
僕は給食会社の営業部長だ。新規事業の立ち上げなどで、一時的に、他部署の人間を預かって仕事をすることもある。中小企業なので、営業の仕事だけではすまないのだ。今は、営業の業務と並行して、某保養所案件を任されている。そうしたなかで、同僚のスパイ行為に気づいてしまった。 某企業の保養所の管理業務を受託している。スパイ疑惑のある人物は、その保養所を所有している某企業の元担当者のオッサンで、定年退職時に先方から請われて雇用されている。典型的ななんとか下りだ。ポジションは前職の経験とコネを活かしたマネージャー(得意先との折衝と保養所全般のマネジメントを行う)。本名を暴露したいところだが、アーニャ(仮)と呼ぶことにする。 『SPY×FAMILY』Season 3 Vol.1 完全初回数量限定版 [Blu-ray] 江口拓也 Amazon アーニャを通じて、その某企業から、別の保養所の管理業務を紹介された。
僕は給食会社の営業部長だ。某市役所の担当者から電話があった。休業中の市役所食堂についての問い合わせだ。すでに何回か電話で対応したことのある案件だ。これまでは条件が悪く収益が見込めない、と理由を挙げて断っている。今回の問い合わせは、条件を見直したので再度検討してくれないか、というもの。なお、先行して話を持ちかけた2社からはいい返事をもらえなかったそうである。そんなことを最初に言われたら身構えてしまう。身構えていれば死神は来ないものだ。 前回の条件は、市役所内の食堂/営業時間は平日ランチタイム/実績1日平均100食50席/厨房機器と食器什器備品と高熱費は業者負担。もちろん各消耗品も/施設使用料(テナント料)を売上に応じた額を支払う/市役所食堂なので価格は上限750~800円に抑えてほしい/であった。これらの条件で試算したら赤字不可避なので断ったのだ。→関連エントリーお役所プロデュースの採算度外
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