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衆議院選挙2026
note.com/junya_tsutsui
今回は、「けなげにがんばる」という振る舞いが、政治を空回りさせるに至った経緯についてお話します。一人の社会学者として(短くも)丁寧に論じたいので、どうしてもまわりくどくなりますが…。 前回の記事で、政治の一つの側面として「討論(議論)」がある、という話をしました。討論することで、法案・方針はブラッシュアップされて、「使える」ものに仕上がっていきます。 政治のこの活動を効率的に「前に進める」ための装置として、議論するための建物があり、その近くに議論に必要な事実関係を整理してくれるスタッフ(政策秘書や官僚)を、お金をかけて配置することができます。(ほぼ自分でやっている研究者からすればうらやましい限りです。) 代議制もその装置の一つですね。全員で討論するのはお金と時間の無駄ですから、上記の機能を果たしてくれる人を選ぶのです。(実際にはそういう人を選んでないことが多いですが。)一回の選挙で数百億円
選挙の結果を受けたテレビ番組で、芸人の太田さんが高市総理への質問をするやりとりにおいて、高市総理が「意地悪」という表現を用いたことが話題になっています。 この問題について、一人の社会学者として、あまり雑に扱わず丁寧に論じたいので、唐突に聞こえることをいとわず、まずは「自然科学」と「社会科学」の境界の話から聞いてください。 自然科学の文法とは「自然科学」と「社会科学」の境界についてはいろんな側面からいろんな議論が展開されてきましたが、わりと新しめの社会学ではどう論じられているのかを、理系の人にでも伝わりそうな言い回しを意識して書いてみます。社会学のアプローチや理論は、哲学の動向を踏まえたものが多いので、前半は哲学的な話になります。 人間は、物理的・化学的プロセスを記述する言語(科学記号、数学、専門的概念など)を構築し、それを用いて対象を記述し、説明することができます。対象は、原子、天体、微生
▼人口問題における「近代的企業」という存在前回の記事では、人口が定常状態を維持できずに減少していく根本理由として、近代社会の基本構造をあげておいた。社会学では、近代社会の最大の特徴として公私の分離を考える。ここでの文脈だと家族と企業の分離が重要である。 近代化をどう捉えるのかには様々な見方がある。社会学において強調されるのは公私分離、工業化、雇用労働化などだ。これと関連するが、個人的には家族の語彙を逃れた私企業の爆発的増加に注目しておきたい。前近代は、家族あるいは家、そしてその論理が社会の隅々に行き渡った社会だった。結婚も出生も、経営の語彙と分かちがたく結びついていた。これに対して近代社会は私企業が家族に比べて格段に大きな資本を持っている資本主義社会であるか、そうでなくとも国家(社会主義政府)が巨大な資産・生産手段を管理している社会である。 企業は、出生や結婚によってではなく、雇用契約によ
「多産多死から少産少死」への移行を予測する人口転換論では、基本的には、人口が定常状態から出発し(第一段階)、過渡期の人口増加(多産少死、第二段階)を経て、再び定常状態(第三段階)に落ち着くことが想定されていた。第三段階では妊娠・出産すれば高確率で子どもが育っていく状態を想定できるようになり、計画的な妊娠出産を通じて「多くの人が2〜3人の子どもをもつ」体制に移行する、という予測である。 この予測はどれくらい妥当したのだろうか。 結論から言えば、二つの点で、予測通りになっているとはいえない状態が生じた。ひとつは持続的な人口増加、もうひとつは持続的な人口減少である。 ▼持続的な人口増加はなぜ生じたのか一部地域、特に(コンゴ民主共和国など)サブサハラ・アフリカ地域では第二段階(人口増加)が持続している。この地域での5歳時未満の子どもの死亡率の低下は1960年代には軌道に乗り、そこから60年間で1/
(フランドランの『性の歴史』の表紙が「センシティブ」ということらしいので、宮本太郎先生編著(筒井分担執筆)の『子どもが消えゆく国の転換』の表紙にしました。) 参院選前ということもあるのだろうか。少子化問題について、いろんな人が自由に考えを出しあっている。だからこそ、研究者の間である程度知られている知識を共有しておくにこしたことはないだろう。今回はまず、人類社会における長期的な出生率低下について解説する。 ▼出生率の低下は世界的現象前近代では、地域によるが、女性は平均して一生で4〜7(人)くらいの子どもを産んでいたのではないか、といわれている。それでも長い間人口がそれほど増えず、定常状態に近かったのは、死亡率が高かったからだ。結局、ネットの再生産率(純再生産率)は1前後になって、女性は平均すれば1人くらいの女性を残す、という状態が長く続いた。 現在では、いわゆる経済先進国でなくとも出生率(期
拙著『人はなぜ結婚するのか』(中公新書)が発売されました。中公新書では、『仕事と家族』について二冊目です。 執筆中に考えていたタイトルは『結婚とは何か』でした。出版社のほうでの討議の結果、『人はなぜ結婚するのか』になりましたが、同じような意味だと理解していただければと思います。 さて、なぜ人(人類)は結婚するのか。そもそも結婚とは何か。 詳しくは本を手に取っていただきたいところですが、部分的に本書の内容をまとめておきます。 ■結婚とは何か?結婚の意味や意義は時代や社会に応じて多様ですが、ある程度は共通する要素があります。それは、人類社会において、例外もありますが、たいていの結婚は「非親族の同輩との、性愛を含む共同生活」の典型例であったことです。 ここには四つの要素があります。「非親族(極端に近くない)」「同輩(だいたい同じ世代)」「性愛関係(あるいは性関係)」「共同性」です。 「同輩関係」
ウェブジャーナルの記事にナヤールの話が出てくることは珍しい。 https://president.jp/articles/-/87959 ただ、若干言葉足らずのところがある記事に見えなくもない。 確かに、父系出自の社会に比べると母系出自の社会は少なく、インドのケララで展開されていたナヤール・カーストのケースは何人かの人類学者や社会学者の注目を集めてきた。目立つところだとキャスリーン・ゴフ*や中根千枝がいる。社会学だと山根常男が論文を書いている。 *ゴフの論考(Nayar: Central Kerala. University of California Press. 1961など)は、若干ゴフのフェミニズム的な関心に引きずられているようにみえなくもないので、所々割り引く必要があるかもしれない。 ▼母系社会とはナヤールは確かに母系社会によく見られる独特の構造を体現していた。中国のモソ族と同じ
最近、自治体単位の人口・出生率の動向について、講演などで話題にすることが増えたので、いくつか論点をあげておきたいと思います。 結婚と出産(親なり)に進むには当たり前と言えば当たり前ですが、子どもを持つには結婚かそれに類するカップル形成をすることが、たいていの場合には出発点になります。これはどの国でも《ある程度は》そうです。婚外出生率が高い国もありますが、その場合でも子どもの多くは安定したカップル(事実婚を含む)から生まれてきます。 多くの経済先進国では、カップルは親と独立して住みます(これを「ネオローカル」といいます)。そして子どもをもつことを想定したカップル形成においては、性愛感情のみならず、所得と住居に関して一定の基盤があるか、あるいはそれが得られる見込みがあることが重要になります。 この基盤が得られる見込みは、地域や都市度に応じていろいろです。都市圏では比較的安定した仕事が多いのです
毎年この時期、メディアの恒例行事ともなっているジェンダーギャップ指数(gender gap index)ですが、いつものことながら、違和感をもつ日本人も多いのではないでしょうか。 違和感の理由にも色々ありそうです。いわゆる経済的豊かさの指標(一人あたりGDPなど)とはかけ離れた順位になる上に、多くのアフリカ諸国よりも日本が下にランク付けされています。素朴に「何かがおかしい」と思わせてしまうところがジェンダーギャップ指数にはあることは否定できません*。 *本川先生の疑問、畠山先生の指摘も参照。 おそらく適正な受け止め方は、「まだこんな指数報道しているのか」といった全否定でもなく、また順位だけを見て「日本はやっぱりダメだな」と判断するのでもなく、別のところにあるのだと思います。 しばしばこの指標について指摘されているように、日本の順位を下げているのは、使われている4つの指標(健康、教育、経済、
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