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衆議院選挙2026
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「天皇機関説タイフーン」 [著]平山周吉 歴史の隙間に消えてしまいそうな言葉を丁寧に紹介する。そのためにもこの分厚さが必要だったのだろう。とりわけ以下の言葉は印象的だ。「戦争を起こして日本をこんなにしたのは軍人ばかりが悪いのではなく、日本中の男という男がみな卑怯(ひきょう)だったからです。わたくしはそう思います」 発言の主は美濃部民子。夫の憲法学者・美濃部達吉は戦前、天皇を「国家の最高機関」とする説に立っていたが、「不敬」だとして右翼や軍部から攻撃された。学界や官界の常識だった天皇機関説はいとも簡単に葬られ、神がかり的な天皇主権説の天下になる。「卑怯」の2字が重いのは、そのとき声をあげるべき人たちがほとんどあげなかったからだ。 その一人が憲法学の弟子にあたる宮沢俊義だ。宮沢が戦後に語った弁がある。「わたしは事情の許すかぎり、小さくなっていようと決心しました」。下手に抵抗しても効果がないだけ
新年早々、太平洋を遠く隔てた彼(か)の地から、帝国主義的に振る舞うアメリカのニュースが飛び込んできた。ベネズエラを電撃的に攻撃し、マドゥロ大統領を拘束。「国際法は必要ない」という認識をかねてより示してきたトランプ大統領が、自身の国際政治観に基づいて蛮行を「有言実行」したのである。 戦後80年あまりに及んだ国際的平和秩序の尊重・追究が否定され、いまや世界は「帝国主義」の時代へ急速に回帰しつつある。西半球を「勢力圏」とみなすトランプ流の外交戦略は、100年前の世界のありようと二重写しに見える。 実は100年前、アジアを舞台に、帝国主義的に振る舞う国家があった。日本である。その日本は、満洲事変、日中戦争、太平洋戦争を経て、「大東亜共栄圏」建設を構想するに至った。平和的であったはずの1920年代の国際秩序は、わずか10年あまりで脆(もろ)くも崩壊したのである。 なぜ、そうなってしまったのか。その動
記事:白水社 横濱竜也著『移民/難民の法哲学 ―ナショナリズムに向き合う』(白水社)は、経済的利益と排外感情に引き裂かれる外国人移民問題の論点を整理し、処方箋を提示する初めての試み。 書籍情報はこちら 近年の日本社会では、これまでとは明らかに違った形で「移民/難民」について語られるようになった。直近の選挙で目覚ましく躍進した参政党は「日本人ファースト」というスローガンを掲げていたが、まさにこの「日本人とは誰なのか」という問いかけが、真正面からタブーなき形で言説空間に登場してくるようになったのである。 本書は、このような問題に関して法哲学・政治哲学の観点から様々な理論的アプローチを整理・解説した上での議論を試みるものだが、その深層には先述の「日本人とは誰なのか」という問いに対して真摯に応答しようとするライトモチーフが通奏している。 横濱竜也『移民/難民の法哲学 ―ナショナリズムに向き合う』(
記事:白揚社 読書猿さんに『はじめての圏論――ブンゲン先生の現代数学入門』(加藤文元 著、講談社)を紹介いただきます。Illustration & design by 長尾和美(Ampersand Inc.) 書籍情報はこちら なぜ今、圏論なのか? 近年、数学界のみならず情報科学、哲学、社会理論の周辺まで、「圏論」という語が急速に浸透しつつある。書店には専門書のみならず、一般向けの解説書や入門書が並び、ちょっとした「圏論ブーム」が形成されている。 加藤文元『はじめての圏論』(講談社ブルーバックス、2025年)は、そうした中に投じられた一冊であり、これまでこのブームを遠巻きに見ていた人たちにも、この世界への扉を開く一書である。 『はじめての圏論 ブンゲン先生の現代数学入門』 圏論が注目を集める理由はいくつかある。 私たちは長らく「モノ」に注目してきた。例えば「ものづくり」で外貨を稼ぎ、高価な
坂本湾さん=撮影・武藤奈緒美 第62回文藝賞 受賞作「BOXBOXBOXBOX」 霧の中の宅配所で働く安(あん)は、流れてくる箱の中身を妄想することで、単純労働に耐えていた。新入りの稲森は初めて履いた安全靴でベルトコンベアを蹴り、妻の治療費のため働く斎藤は酒で不安を紛らわす。現場監督の神代は些末なことも一人で対応し、鎮痛剤が手放せない。あるとき思いもよらぬ理由から、安ははじめて箱を開けることに成功し――。 北海道→沖縄の引っ越しで本好きに 坂本さんと本の出会いは、小学1年生のときの引っ越しがきっかけだった。 「母の実家の北海道から、父の実家の沖縄県宮古島へ行くことになって。方言がわからず引っ込み思案な性格もあって小学4年生まで全然友だちができませんでした。それで図書館に行って読書するようになったんです」 その頃は青い鳥文庫の「パスワード」シリーズや江戸川乱歩の「少年探偵団」シリーズにハマっ
東欧の体制転換と新自由主義――1989年以後のヨーロッパ 著者:フィリップ・テーア 出版社:みすず書房 ジャンル:社会・政治 「東欧の体制転換と新自由主義」 [著]フィリップ・テーア 1989年。この年に東欧の共産主義体制が崩壊したという事実を、教科書で知る世代が多くなった。ソ連の崩壊後に生まれた世代が増えていく中、それは当然なことなのだろう。だが、強調したい。いま、89年ほど、その解釈をめぐって熱い議論が交わされているテーマはないということを。30年以上経ち、あの年がようやく歴史研究の対象になったのだ。 89年はかつて体制転換や民主化などと称されてきた。ヴァウェンサ(ワレサ)やハヴェルらの反体制活動は民主化運動と同義のものと認識され、彼らの89年は民主革命とも形容された。フランス革命勃発からちょうど200年。革命には少なからず情緒的でポジティブな意味が与えられていた。ただ、現在では、「新
小川哲さん=撮影・武藤奈緒美 選考の基準は「何を書くか」「どう書くか」 山本周五郎賞と文藝賞の選考委員である小川さんが小説について考察した『言語化するための小説思考』。新人賞受賞のヒントを得られるのではと飛びつきました。「あらゆる文章表現に共通しているのが、その文章に価値があるかどうかを決めるのが『他者』という点」というまえがきの言葉ですでに唸らされたのですが、その公式「他者」とも言える小川さんは、なにを基準に受賞作を決めているのですか。 「僕の場合は、何を書くか、どう書くか。表現しようとしていることが、どれぐらいの価値があるか、それにふさわしいやり方でできているかを総合的に見て判断します。選考委員によっては、どう書くかの部分を重視する人もいれば、何を書くかの部分を重視する人もいる。そのどちらでもなく、共感や描写の妙を重視する人もいる。だからこそ選考会は複数人による合議制なんです」 でも、
HOME インタビュー 彬子さまエッセイ集「飼い犬に腹を噛まれる」インタビュー 導かれるまま、ふわりふわり「文章自体が寄り道」 彬子さま=篠田英美撮影 彬子女王(あきこじょおう) 1981年、三笠宮家の長男・寬仁さまの第一女子として生まれる。学習院大学在学中及び卒業後に、英国オックスフォード大学マートン・コレッジに留学し、女性皇族初の博士号を取得(専攻は日本美術)。京都産業大学日本文化研究所特別教授、一般社団法人心游舎総裁などを務める。著書に『赤と青のガウン オックスフォード留学記』(PHP文庫)、『新装版 京都 ものがたりの道』(毎日新聞出版)、『日本美のこころ イノリノカタチ』(小学館)などがある。「和樂」、「Casa BRUTUS」、「サンデー毎日」など各種雑誌でも連載を持つ。 再評価され「書いておいてよかった」 2015年に発売された『赤と青のガウン オックスフォード留学記』(以下
革命を鎮圧せよ: アメリカが市民に仕掛けた戦争 (サピエンティア) 著者:バーナード・E. ハーコート 出版社:法政大学出版局 ジャンル:社会・政治 「革命を鎮圧せよ」 [著]バーナード・E・ハーコート 大学では、必ず映画を学生に見せる。パキスタン系英国人の若者が、間違ってグアンタナモに連行され、二年以上も拘束される英映画だ。 主人公が受ける拷問、虐待の生々しさに、学生たちは突っ伏したり泣き出したりする。だが、本書が挙げる拷問や反乱鎮圧作戦のむごさは、読むだけでも辛(つら)い。 いかに海外で反乱を鎮圧するかは、北アフリカでの仏植民地支配に始まって、毛沢東の中国革命から学び、9.11後のアメリカへと継承された。 イラクであれアフガニスタンであれ、9.11以降展開された「対反乱」戦は、「洗練され、活用され、検証された」。 どう洗練されたのか。単なる戦場での軍事行動でなく、以下三つの柱を軸に展開
記事:筑摩書房 2025年11月14日・東京堂書店神田神保町店にて 書籍情報はこちら 質問「左翼アイデンティティの形成過程と、現在の日本共産党について」(斎藤→紙屋) 斎藤:私が大学生だった70年代後半は、もうマル経・近経という分類は無くなっていましたけど、私は経済学部の日本近代経済史の専攻だったので、それでもマルクスの初歩的な、党宣言(「共産党宣言」)とかチンシ(「賃労働と資本」)、ドイデ(ドイツ・イデオロギー)、ケイテツソウコウ(『経済学・哲学草稿』)、ぐらいは読まなきゃいけないんじゃないかなという感じはありました。でもそれは私の世代でギリギリ。紙屋さんはそれから十何年もたって大学生活を送っていて、この左翼アイデンティティはどのようにはぐくまれたのか。そこに興味があります。それと今の共産党ね。松竹伸幸さんとともに紙屋さんが追放されたという衝撃的な事実がご著書には出てくるのですが、そのよ
感情労働の未来: 脳はなぜ他者の“見えない心”を推しはかるのか? 著者:恩蔵 絢子 出版社:河出書房新社 ジャンル:科学・テクノロジー 「感情労働の未来」 [著]恩蔵絢子/「死んだら無になる」 [著]西村亨 『感情労働の未来』という書名は少しミスリーディングだ。仕事で無理に笑顔をつくり、疲れ果ててしまうような感情労働。それが今後どう変わるかが書いてあるのかと思うと、きれいに裏切られる。感情とは人間にとって何なのか、感情とどうつきあっていけばいいのかを脳科学者がじっくり考えた本である。 理性より下に見られがちな感情だが、著者はこう定義する。「感情は私たちが生物としてこの世界を生き抜くための知性の根源である」。例えばヒモ状のものを目にしたとき、脳の中で感情をつかさどる扁桃体(へんとうたい)が「ヘビかも!」と反応し、身を引かせて安全を確保する。「何だ、ベルトか」と分析できるのはその少し後だ。職業
【連載30回記念】市川沙央さん凱旋! 芥川賞後の長すぎた2年。「自費出版するしかないと思い詰めたことも」 小説家になりたい人が、なった人に〈その後〉を聞いてみた。#30 市川沙央さん(写真提供:文藝春秋) 物語の出来でいえばライトノベル>芥川賞 初代・小説家になった人、市川沙央。この人なくしては連載が30回を迎えることはなかっただろう。筋疾患先天性ミオパチーを患い、書くほかなかった市川さんが小説家になるまでを真摯に語った第1回は、瞬く間に100万PVを超え、「小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。」を人気連載へと押し上げた。 「私の方こそ、この連載がなかったら現在の市川沙央はなかったと言って過言ではありません。私たち、ここまで心は一緒に走ってきましたよね! 第1回のサムネイルを見るたび『シャツドレスのボタン、上まで留めすぎ』と思うのですが(笑)」 (今回の取材も前回同様、あらかじめメ
©とあるアラ子/講談社 「ブス」と言われ、学生時代にいじめられていた知子。大人になった彼女は、自分をいじめていた“美人”の同級生・梨花が美容家として成功していることを知り、怒りに震える。知子は、梨花への復讐を決意する――! それぞれの理由で「見た目」に振り回されてきた知子と梨花は、美醜の問題をどう受け止めるようになっていくのか。反ルッキズム×シスターフッドの物語。 誰もが当事者でありえる問題 ――『ブスなんて言わないで』完結おめでとうございます。描き終わってみて、今どんな感覚ですか? ルッキズムは、私にとっては描きやすい題材でした。美醜の問題を一度も考えたことがない人は少ないし、誰もが当事者でありえるからこそ、興味を持って読んでもらえる。色んなキャラクターが現れては悩みを吐露するという物語のフレームができてからはアイデアがどんどん湧いて、「最終回です」と言ったら、読者の方から「まだまだ描け
「人びとの社会戦争」 [著]益田肇 居心地が悪い。読んでいて、気持ちがざわざわする。それは本書が読者に、太平洋戦争の責任を突き付けるからだ。普通の人びとに、戦争は軍部や「上層部」の横暴のせいだとして、安全な地に逃げ込むことを許さないからだ。 太平洋戦争とそれに先立つ時代、総動員体制と統制強化のなかで、人々は圧政にあえぐ無力な犠牲者だった……。こうした見方に真っ向から異議を申し立てるのが、本書である。政府も軍も、ぎりぎりまで戦争回避を模索した。だが開戦を後押ししたのは「世間」であり、妥協したら「内乱」が起きるのではとの「世情」への不安だった。 著者はいう。日本社会は、個人主義や多様性の開花を享受し、ときに「エロ・グロ」までに発展する「解放の時代」と、それをよく思わない、「あるべき姿」の喪失を嘆き「らしさ」(日本らしさや男・女らしさ)と「一体感」の回復を求める社会保守運動とが、繰り返し戦いを繰
「北一輝・近衛文麿・石原莞爾と大東亜戦争」 [著]堀真清 著者は「大東亜戦争のキーワードとなった国家生存権の主張(A)」と「北、近衛、石原の言動に見いだされるべき共通項(B)」を検討し、BがあらわになったのがAではないかとの仮説を示す。それを裏付けるのが本書というわけである。 まず北一輝、近衛文麿、石原莞爾(かんじ)の来歴を、続いて彼らの思想を語り、それがどう戦争と関わっていくかが説かれる。北の『日本改造法案大綱』は西田税(みつぎ)によって出版・配布されたことで軍内に影響力を持つ。2・26事件(1936年)の伏線でもある。もともと北には社会主義者のレッテルが貼られていたが、北の国家生存権は「危険な正義」との著者の分析も頷(うなず)ける。 近衛が18年に書いた最初の論文「英米本位の平和主義を排す」は、国際社会の主たる秩序への異議申し立てであったが、近衛には終生この思想があったという。ここで説
10月13日の時点で興行収入160億円を突破! 映画「国宝」が実写邦画の歴代興行収入で一二を争う快進撃を続けている。任侠の家に生まれた喜久雄は15歳のとき歌舞伎俳優・花井半二郎に引き取られ、実の息子である俊介と兄弟のように育てられた。血筋が極めて重視される歌舞伎界で、持って生まれた天賦の才だけでどこまで戦えるのか。「才能VS血筋」が大きなテーマとなっている。 この対比そのものは決して目新しいものではない。実に半世紀前の1975年(76年1号)から「花とゆめ」(白泉社)で不定期連載されている未完の大作、『ガラスの仮面』(美内すずえ)を思い出した人も多いのではないだろうか。 父はなく、母は町中華の住み込み店員をしている北島マヤ。一見平凡で取り柄のない少女だが、彼女は天性の演技の才を持っていた。一方、生涯のライバルとなる姫川亜弓は、映画監督と人気女優を両親に持ち、5歳から子役として活躍していた芸
清水真砂子(しみず・まさこ) 翻訳家、児童文学研究者。青山学院女子短期大学名誉教授。「ゲド戦記」シリーズ、マーガレット・マーヒー『めざめれば魔女』、『トーク・トーク――カニグズバーグ講演集』(以上、岩波書店)など訳書多数。著書に『大人になるっておもしろい?』(岩波ジュニア新書)、『子どもの本のもつ力――世界と出会える60冊』(大月書店)など多数。 光と闇を一つの全きものにしていく物語 ――「ゲド戦記」は、アースシーと呼ばれる架空の多島海(アーキペラゴ)世界を舞台とするファンタジー。大魔法使いゲド(通名ハイタカ)の、若き日の物語として第1巻『影との戦い』ははじまります。冒頭、「ことばは沈黙に/光は闇に/生は死の中にあるものなれ/飛翔せるタカの/虚空にこそ輝ける如くに――」という架空の古い物語詩の一節から、本編へ入っていきます。凛とした訳文に魅了された読者も多かったのではないでしょうか。 それ
「リミタリアニズム」[著]イングリッド・ロベインス 2022年の報道によれば、世界には10億ドル以上の資産を持つ人が2668人いて、平均額は1人当たり47億5千万ドル。巨額すぎてピンとこないだろうからと、本書の著者は賃金に換算してみた。もし65歳まで働いてこの額を手にするなら時給はどれくらいか。答えは4万598ドル(約621万円)だ。 こんな桁外れな資産を持つことは正当化できるのか。本書は現代の経済的不平等そのものに切り込む意欲作である。1人が持てる財産に上限を設けるべきだというその主張は、最初は奇異に思えるかもしれない。しかし著者は大胆かつ丁寧な論理展開で、読者を説得していく。 大金持ちの存在が民主主義を損なう。例としてあげるのが、かつてドナルド・トランプ氏が口にした正直すぎる見解だ。実業家として共和党、民主党を問わず政治献金をしてきた理由について、こう述べたという。「何かしてほしいこと
記事:白揚社 『情報セキュリティの敗北史――脆弱性はどこから来たのか』(アンドリュー・スチュワート著、小林啓倫訳、白揚社) 書籍情報はこちら アサヒGHDを襲ったランサムウェア攻撃とは? 2025年9月、大手飲料・食品企業であるアサヒグループホールディングス(アサヒGHD)が、ランサムウェアによる大規模なサイバー攻撃の標的となった。ランサムウェアとは、いわゆるマルウェア(コンピューターウイルス)の一種で、感染した端末を使用不可能な状態にしてしまうというもの。それを解除してほしければ身代金(ランサム)を払え、と攻撃者が脅迫してくることからこの名前がついた。 アサヒGHDの場合、Qilin(キリン)というハッカー集団が放ったランサムウェアによって大規模なシステム障害が発生し、国内全拠点の生産・出荷の即時停止という深刻な事態を引き起こした。この記事を執筆している時点でも影響は残っており、アサヒG
竹中優子さん=撮影・武藤奈緒美 第56回新潮新人賞 受賞作『ダンス』 今日こそ3人まとめて往復ビンタしてやろうと堅く心に決めて会社に行った――。同僚3名の欠勤が続き、その分仕事が増えた「私」は怒りを募らせていた。ある日、3人のうちの一人である下村さんから、彼らの三角関係を知らされる。会社を休んで婚活パーティに行ったり、元カレとその新しい彼女が暮らすアパートを見張ったり、潔いのか未練たらしいのかわからない下村さんのダンスから、なぜか私は目が離せない。 綿矢・金原ショックで就職に逃げる 2016年に角川短歌賞、22年に第1歌集『輪をつくる』で現代短歌新人賞。同年、現代詩手帖賞、第1詩集『冬が終わるとき』で中原中也賞最終候補。そして2024年、『ダンス』で新潮新人賞を受賞し、同作が芥川賞候補に――。 あまりにも華麗な受賞歴に、この連載に出てもらうべきか迷った。天才の話は凡人の参考にならない。とこ
能登半島地震で被災した土蔵から運び出された古文書。「文化財レスキュー」が歴史を今につなぐ=2024年3月、石川県能登町 「現在を知るためには歴史を学ぶ必要がある」とはしばしば耳にするせりふである。しかし、過去の出来事と、私たちが生きている現在とはどのようにつながっているのだろうか。 そもそも、私たちは過去のことを、ある程度理解できてしまう。それはなぜなのだろう。戦後の日本中世史研究を長くリードした佐藤進一の『新版 古文書学入門』(法政大学出版局・3630円)は、その問いに答える手がかりを与えてくれる。「古文書」という言葉はさまざまな意味で使われるが、ここでの「古文書」は、日本史の専門家が使う狭い意味での「古文書」を指しており、佐藤によれば、ある人物あるいは組織から別の人物や組織へ、「意思表示」をしている文献のことである。たとえば、「命令書」とか、「請願書」といった書類は、それぞれ「命令」や
暗黒のアメリカ――第一次世界大戦と追い詰められる民主主義 著者:アダム・ホックシールド 出版社:みすず書房 ジャンル:思想・社会 「暗黒のアメリカ」 [著]アダム・ホックシールド ウッドロウ・ウィルソン米大統領は、第一次大戦に参戦し、「十四カ条の平和原則」を発表、国際連盟の創設に尽力したことで知られている。民主主義を擁護し、国際協調を主導した理想主義者のイメージだ。 しかし本書が描くのは、その裏面の物語である。つまり「世界を民主主義にとって安全な場にする」ことを目的として参加した戦争が、米国内の「民主主義に対する戦争の口実になったことについての物語」だ。 著者は、戦中から戦後の数年間が、アメリカの民主主義にとって「暗黒時代」だったことを掘り起こす。戦争熱の高まりとともに戦時に起きそうなことはすべて起きた。「非愛国者」や反戦論者の監視・取り締まり・投獄、スパイ活動取締法の制定、郵便や出版の妨
「現代史の起点」 [著]塩川伸明 歴史学では今、現代史と近世史が熱い。前者ではロシア・ウクライナ戦争やガザ問題を契機に再点検が始まっている。後者ではこの10年来、帝国や主権国家の捉え直しがテーマだ。本書はソ連解体の検証から現代史の起点を再考する意欲作。それゆえの波及効果だろうか。関係なさそうな近世史にまで架橋するような威力をもつから驚きだ。 ソ連解体過程の叙述は実に明晰(めいせき)。巷(ちまた)の思い込みに近い俗説――「改革は体制崩壊に行き着く」「旧体制の矛盾から崩壊」――に疑念を呈し、歴史がそのように単純なものでないことを、経済・政治・民族問題・国際関係の膨大な史料から語る。 特に1990年ごろから91年の8月クーデタ直前までの時期に、ソ連を構成する15の共和国別に質の異なる政権が成立し、ソ連の再建が頓挫(とんざ)していく過程の叙述は圧巻。大別すれば、ソ連邦構成共和国はのちの独立主権国家
『「イスラエル人」の世界観』 [著]大治朋子/「アメリカの中東戦略とはなにか」 [著]溝渕正季 イスラエルによるガザ攻撃開始から二年、悲惨な現状は今も続いている。死者数ばかりが増える毎日に、誰しも抱く疑問はこうだろう。なぜイスラエルは、ここまでパレスチナを敵視するのか。なぜ米国はいつも、イスラエルの暴力を擁護・支援するのか。 ガザの子どもたちの遺体が保冷箱に詰められる同じ地で、ユダヤ人がアイスクリームを楽しむ。その光景を『「イスラエル人」の世界観』で大治朋子は「彼らはなぜ『平気』なのか、なぜ正気でいられるのか」と問う。それが本書の出発点にある。ホロコーストの被害者だからこそ強くならねばと決意し、「被害者意識の牢獄」から抜けられない。ホロコーストの被害は絶対で、いかなる虐殺もその比ではないと、自身の被害体験を特別視する。 そのイスラエルをなぜ米国が支持するのか。米とイスラエルの「特別な関係」
水野太貴さん=篠塚ようこ撮影 水野太貴(みずの・だいき) 1995年生まれ。愛知県出身。名古屋大学文学部卒。専攻は言語学。出版社で編集者として勤務するかたわら、2021年からYouTube、ポッドキャストチャンネル「ゆる言語学ラジオ」で話し手を務める。同チャンネルのYouTube登録者数は38万人超。著書に『復刻版 言語オタクが友だちに700日間語り続けて引きずり込んだ言語沼』(バリューブックス・パブリッシング)、『きょう、ゴリラをうえたよ 愉快で深いこどものいいまちがい集』(KADOKAWA)がある。 予約受付でサーバーダウン 「ゆる言語学ラジオ」で、「会話の0.2秒を言語学する」の予約開始を告知したのは7月8日のこと。オンライン書店「バリューブックス」で予約特典付きの3500冊を用意したが、約6時間で完売し、アクセス過多でサーバーも落ちてしまった。急遽5000冊を追加したが、こちらも同
「極右インターナショナリズムの時代」 [著]佐原徹哉 歴史解釈ほど移ろいやすいものはない。1989年の東欧革命は当初、単に民主化または体制転換と形容された。だが、この10年の間に、新自由主義革命と再定義されるようになった。社会主義国家が資本主義世界発の新自由主義に呑(の)み込まれていく過程とみるのだ。欧州連合(EU)を新自由主義帝国とみる識者もいる。まさに東欧は新自由主義の浸透度を測るリトマス紙のような存在。東欧に典型的に表れるように、新自由主義の浸透が極右を生み、しかも極右をグローバルに跋扈(ばっこ)させたと主張するのが本書だ。 バルカン半島を軸に、世界的な右傾化のメカニズムを徐々に解きほぐす。問いは明快だ。西欧の極右に現れるカウンター・ジハード主義はなぜアルカイダや「イスラム国」(IS)ではなく、一般のムスリムや移民・難民に好意的なキリスト教徒を憎むのか。なぜ東欧のセルビア民族主義を称
渋谷陽一が亡くなった。これを機に彼が音楽評論家として鮮烈な活躍をした当時の記憶を通して「ロック批評の現在地」を考えてみたい。 渋谷陽一最大の功績は、ロック評論がまだ、遠い国の音楽の情報をいち早く知らせる「情報業」だった中、「ロックそのものではなく、ロックに触発された自分を語る」という手法の確立にあった。 レッド・ツェッペリンの名盤「プレゼンス」(1976年)のライナーノーツに「全く申し分ないツェッペリンの巨大な音を前に、僕はひたすら自分が開かれていくのを感じる」と書ききっている。明らかに主題はツェッペリンではなく渋谷陽一本人なのだ。 また、マニア志向にならず、自ら書いた文章、自ら創刊した雑誌「ロッキング・オン」を、読者に確実に「開く」技術と情熱に長じていた。 創刊メンバーでもある橘川幸夫の『ロッキング・オンの時代』(晶文社・1760円)には、とにかく1冊でも多く売ってやるという、編集長・渋
民俗学生かしスケールの大きい恐怖 雑誌の記事やネットの投稿など、実際にありそうな文章を組み合わせることで、高いリアリティを演出するモキュメンタリーホラー。近年ではその手法が一般化し、「モキュメンタリーを使って何を表現するのか」が問われるようになってきた。 たとえば結末で明かされる真相の意外性で驚かせてくれるのが、斉砂波人『堕ちた儀式の記録』(KADOKAWA)である。大学で民俗学を研究している「僕」は、「ノミコ数珠回し」という珍しい儀式を現地調査するため、東北地方の山村に向かった。ノミコ数珠回しは輪になった村人たちが、長い数珠をじゃらじゃらと回す伝統的な儀式で、天の龍神に捧げられるものだという。 その調査と並行して、空から石や魚などが降ってくる「ファフロツキーズ」と呼ばれる超常現象、旧約聖書に記されたマナと呼ばれる食べ物、雨を降らせる龍の伝説などに関する解説パートがいくつも挿入される。これ
「日本 老いと成熟の平和」 [著]トム・フォン・リ 周辺諸国の軍事的な台頭に対抗するために、日本が戦後の非軍事主義的なスタンスを捨てて、保守派が言うところの「普通の国」になるのではないかとの懸念がある。だが、米国の大学で教鞭(きょうべん)を執(と)る本書の著者は、そうはならないだろうと明言する。大きな理由として挙げるのが、日本が直面する少子高齢化という人口動態上の制約である。国防は、予備的な人員を多く必要とする労働集約的な「産業」だ。自衛隊の採用もままならなくなっているのに軍拡などできるわけがないというのだ。実際に、最近も自衛隊の観閲式が人手不足を理由に今後は行われなくなるとの報道があった。 本書で紹介される防衛省幹部の言葉が、深刻な状況を端的に示している。自衛隊は(従来の規模を維持するには)毎年一万人の高卒人材を入隊させる必要があるが、年間の出生児数が百万人を切っている現状では、高校卒業
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