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個人的にすごく感慨深い体験ができたので、書き残しておこうと思います。 先日、「地下謎への招待状2025」にソロ参加してきました。 地下謎への招待状2025 SCRAPさんが提供している、いわゆる「リアル謎解き」「謎解き街歩き」といわれる系列のゲームです。 バラエティ豊かな謎を解きながら東京メトロで色んな場所を巡り、地下鉄旅を楽しみつつ、最後に隠された謎を解くことが目的のゲームです。 「脱出ゲーム」というと、「限られた空間内で謎解きをして制限時間内に脱出するゲーム」なわけですが、「謎解き街歩き」の方はそれよりもだいぶ時間制限も緩く、かつ色んな場所を見て回ることになるので運動にもなるし、知らなかった街を歩けて見聞も広がるし、個人的には脱出ゲーム以上にお気に入りです。 「地下謎への招待状2025」について、細かい感想を書くとネタバレになってしまうので、ここでは簡単な箇条書きに留めますが、 ・めち
AIでコンテンツを作れるようになった今、発信において、「人間」が果たすべき役割は、 ・他にはない「切り口」を出すこと ・AIの出力結果をチェックすること の2つに集約される。 平たく言うと、「企画」と「校閲」。 ただし、このうち、後者の「校閲」については、正直なところAIでもある程度代替可能である。 ではなぜ、人間がチェックをしなければならないのかというと、成果物の「責任」を誰かが取らなければならないからだ。 仕事においてはもちろん、 「AIのせいです、私は知りません」 というわけにはいかない。 そのため、「このAIの出力には、私が責任を負っています」という人が必要で、それが校閲の役割となっている。 まだAIに「企画」は出せない しかし、前者の企画、「おもしろい切り口」を出すという観点からすると、AIはまだ力不足、というのが実感として存在する。 残念ながらAIの出す企画は、普通で全く面白く
どうもこんにちは、しんざきです。段々あったかくなってきましたね。毎年この時期になると原因不明の鼻風邪にかかるんですが、遅めのインフルエンザでしょうか。 この記事で書きたいのは、大体以下のようなことです。 ・リモートワーク環境下で、一部の新人・中途さんが伸び悩んでいました ・原因の一つは、「仕事が分からない」を言語化できず、特にリモート環境だと気軽に質問・相談できないことのようでした ・文字だけで質問・相談のやり取りする際には、高い言語化能力か、遠慮のない質問力が必要です ・「じゃあAIに聞けば?」となるかも知れませんが、ただ「分からない」だけだと、たとえAIに投げても適切な答えは得られません ・「なにがわからないのか」を明確にして、人に投げられる質問に成型するためにAI相手の壁打ちを使ってみようと話して、生成AIとのやり取りをある程度テンプレ化してみました ・最近、「質問の適切な言語化」に
訳あって、アンダークラスについてちょっと調べている。この言葉は、なんらかの階級を指し示しているようで本当はそうではない気がしていたからだ。 そのうえで、私が診察室の内と外で見てきたアンダークラスらしき諸現象も思い出しながら、個人的な所感を付け加えたい。 まず、アンダークラスとはなにか。 これはそのものズバリ、そういう新書がまとめられているので参照する。(注:この文章で引用されているグラフも以下の新書からの引用です) アンダークラス ──新たな下層階級の出現 (ちくま新書) 著者は、はじめに永山則夫の言葉を引用しルンペンプロレタリアート(モノ持たぬ労働者階級)に言及したうえで、アンダークラスについては以下のように定義する。 ……そして底辺には、低賃金で不安定な非正規労働者の大群が形成されていて、その数と全体に占める比率は、増大を続けている。そしてこの構造は社会不安の大きな源泉になっている。
「先輩、ちょっとうちの会社、ひどくないですか?」 「何?」 「評価が公平じゃないと思うんですよ。」 「具体的には?」 「例えば、昇進の条件です。シニアコンサルタントになるためには、Aランクの顧客を2社以上担当しなければならない、ってあります。」 「うん、何もおかしくないと思うけど。」 「でも、Aランクのお客さん自体、うちの部署では、4、5社しかないじゃないですか。普通に考えたら担当できないと思うんですけど。」 「担当させてもらえるように頑張りなよ。同期の滝川さんは、こないだアサインされたよ。」 「知ってます。なんで彼がアサインされたんですか?」 「優秀だからじゃない?」 「どういう基準で優秀だとみなされたのか、わからないんですよ。」 「評価基準のシートを見ればいいじゃない。」 「あの基準、抽象的でよくわからないんですよ。「1億円以上のプロジェクトをリーダーとして遂行できる能力がある」とか。
いぬじんさんの「子供の中学受験が終わった」という記事を読んだ。 「中学受験かぁ、懐かしいな」と思った。 いぬじんさんはもうすぐ50歳だそうだ。ということは、彼は現在50歳の私と同学年か、一つ下なのだろう。 この年齢でこどもの中学受験に伴走するのは、さぞかし大変だったろうな。 結婚と出産が早かった私は、すでに子育てをほぼ終えている。 長男はとっくに大学を卒業し、就職して自立しており、長女はまだ大学生だけれど、成人式を終えた大人である。 なので、私が子供達の中学受験に血道を上げていたのも、今から10年〜15年ほど前の話だ。 当時の自分がどんな風に子供の中学受験に取り組んでいたのか、先月閉鎖したライブドアブログに記事が残っていた(現在は非公開)ので、編集した上で、ここに転載しておこうと思う。 2017年2月20日に書いた記事なので、今からちょうど8年前の出来事を綴っている。 **********
「タクシーに乗る時は、偉い人が一番奥で運転手さんの後ろです。お供の人は後から乗りましょう」 もう30年以上も前のこと、大手金融機関に入社した時の研修で、最初に教えられたビジネスマナーの一つだ。 不思議に思い、マナー講師さんに率直に疑問をぶつける。 「なぜですか?例えば部長とか偉い人は高齢の人も多く、奥に乗り込むのは大変だと思うんです。足が悪い人であればなおさらです」 「運転手さんの後ろが一番、事故の時に安全なんです。宴会などでも、上座は一番奥で下座は入り口に近いところです。同じことです」 「宴会はわかります、入り口で雑用をこなすためですよね?しかし可能性のほとんどない事故に備えるのが、本当に正しいのですか?」 するとマナー講師は、今はわからなくてもいいので奥が上座で手前が下座であると覚えろ、そのうちわかるというようなことを言った。 全く納得感がなかったが、新卒1年生だったこともありおとなし
アルコール依存ができなくなった人間の末路 おれはアルコールに依存していた。しかし、大病が原因でアルコールを飲めなくなった。 がんになれば禁酒なんて簡単なことさ 飲めなくなってどうしたのか。アルコールに代わるべつの依存先を探した。探した結果、そのとき行き着いたのがゼロ・コーラだった。おれはゼロ・コーラ依存症になって2ヶ月くらい過ごした。おれはゼロ・コーラを飲みまくった。 「ゼロ・コーラにもなんらかの害はあるのでは?」という疑問を持つ人もいるだろう。そりゃなんかあるだろう。 だが、アルコールの害とゼロ・コーラの害、どちらが大きいだろうか。とくにおれにとっては、差し迫った希少がんの手術ができるかどうかがかかっているのだ。 ゼロ・コーラを飲むのは「より害の小さい依存」にほかならない。AIなどと対話した先では「ゼロ・コーラより水を飲んだほうが健康的です」などと答えるが、それはさすがに人間をやめすぎて
ときどき、「ずいぶん未来まで生きたなぁ」と思うことがある。 未来を感じるのは、AIをいじっている時や凄まじいクオリティのアニメを眺めている時だけでない。地方を車で走っている時も、私は同じような感慨を持つ。 今日では当たり前の風景になった地方郊外のショッピングモールは、昭和時代から見れば未来に属するものだ。そのショッピングモールに、徹底的に整備された幹線道路や高速道路を使って大勢の地方民が集まってくる。そこに「未来」を感じる私は、昭和生まれ・昭和育ちのロートルなのだと思う。 定期的に「田舎は車無きゃ死」みたいな投稿流れてくるけど自家用車がちゃんと普及した70年代以前はそうじゃなかったはずで、「車無きゃ死」に切り替わる過渡期の話に興味あるんだけど、今のXに居る年寄りは「その頃の子ども」が中心でそっちはイマイチ流れてこないんだよな — ンジャメナ (@bg75gf) February 11, 2
こんにちは、しんざきです。気は長い方というか、ぼーっと待つのがあまり苦にならない性質でして、「昔のPCゲーのテープ読み込み待ちはこんなもんじゃなかった」を合い言葉にすると大体の待ち時間を穏やかな気持ちで乗り切ることができます。 いやー、大変でしたよね、昔のゲームの読み込み待ち。画面一枚表示するのに数十秒かかったりとか、場面転換の度にディスクを入れ替えないといけなかったりとか。今は場面転換どころか、セーブ&ロードすら一瞬で済むのすごい。 この記事で書きたいのは、大体以下のようなことです。 ・子どもと接する上では、「待つ」ことがとても大事です ・子どもは感情を扱うことに慣れていないので、整理がつくまで待ってあげないといけません ・ただ、「待つ」のは放置とみられがちだし、待つこと自体が状況的に難しいことも多いです ・だから、「待つタイミングを選ぶ、待つ基準を決めておく」「ゆっくり考えていい、とい
コミュニケーション力とは、「知性」のことである。 そのように主張すると、 「たかがコミュニケーション力で?」 と思う方もいるかもしれない。 しかしこれは事実だ。 クイーンズランド大の心理学教授、ウィリアム・フォン・ヒッペル氏は著書の中で、「コミュニケーション能力」を「社会的知性」と呼び、要は、 「他者の考えていることを類推する能力」であるとしている。 この「他者の思考を読む」という能力こそ、人類を地上の覇者にした能力、すなわち知性の本質だ。 なぜなら、これによって「協力」が可能になるからだ。 「協力」が苦手だと、組織を作ることができない。 例えば、人間と近縁種であるチンパンジーは、集団で狩りをするときでさえも、全員が参加するわけではない。 のんきに座り込んでいる者、騒ぎをただ見物するだけの者。 チンパンジーは、怠けものと協力者を、ほとんど区別しない。 しかし、人間は違う。 4歳の子供ですら
親はもうすぐ50歳 子どもの中学受験が終わった。 ぼくはもうすぐ50歳。夫婦ともにフルタイムで働きながらの中学受験は、とにかく体力の限界だった。 次に同じことをやれと言われても、お断りだ。お金を積まれてもお断りだ。 いやまあ金額によるけど、よほどでなければお断りだし、だいたい受験のスペシャリストでもなんでもないただのアラフィフに高額な報酬を払うような酔狂な人はいないだろう。 酔狂といえば、中学受験である。 中学受験に必要なのは父親の経済力と母親の狂気、とドラマ(原作はマンガ)『二月の勝者』で黒木先生が言ってたけど、ほんとそうだよなと思う。 まあ、父親に経済力がないばかりに苦労したのだけれども。 そのぶん、父親も狂気と、そして時間をしぼりださざるをえなかったのだけれども。 時間が…ない! お金がないなら、なんとか時間をしぼりだして、子どもの受験勉強をサポートするしかないのだが、これが大変だ。
ちいさいころ、近所の本屋さんに両親に連れて行ってもらうのが好きだった。 おもちゃ屋さんよりも好きだったかもしれない。 なぜかというと、おもちゃ屋さんでは、めったに欲しいものを買ってもらえなかったが、本屋さんでは、欲しいものが買ってもらえたからだ。 せまーい通路をぬって歩いて、自分のお気に入りを見つけ、隙があれば、工作の本や、付録付きの雑誌なども買ってもらう。 両親の財布の紐がゆるくなる場所、それが私の子供の頃の印象だ。 そして今もなお、本屋さんは、特別な場所だ。 「特別」というと、ちょっと大げさかもしれないが。 例えば、飲食店は「料理」を売る。スポーツ用品店は「スポーツ用品」を売るし、家電量販店は「電気製品」を売っている。不動産屋さんは「家・土地」を売っている。 一般的には、お店というのは、何かを「売る」、つまり消費をする場所だ。 しかし、本屋さんは「本を売っているお店」と言えるのか、とい
はじめに これから希少がんを切り終わったあと、人工肛門を一時造設した自分の話をする。LARS(低位前方切除術後症候群)についても触れる。この状況については、希少がんはほぼ関係なく、広く大腸がん、直腸がんになった人に共通するものになるかと思う。 ただし、おれは横の比較をするつもりはない。あくまで縦の比較であり、おれがおれの身体を通して、おれのなかで感じたことを書く。 ん? 横と縦ってなんだって? たとえばある有馬記念があって、べつの馬同士、コスモキュランダとダノンデサイルの能力や実績を比べるのが横の比較だ。 一方で、コスモキュランダだけを見て過去の成績、好走傾向、調子の上下などを見るのが縦の比較だ。そういうことだ。 おれがいくら苦しいとわめいたところで、「もっと苦しい病気の人もいる」と言われてしまえば、それはそうだとしか言いようがない。「グエー死んだンゴニキ」はもっと若くして亡くなっている、
今年の正月休みのあいだに、私は長く続けてきたlivedoorブログを整理した。 Googleアドセンスを停止し、すべての記事を非公開にしたのだ。 最後にlivedoorで記事を更新し、活動の場をnoteに移したのは2025年の1月。 「noteに引っ越して、一年経ったらlivedoorブログを消そう」 そう決めていた。 告知はしていない。自分の中だけで決めていたことだ。人知れず、ひっそり消えるつもりだった。 「流れの早い世の中で、もはや個人のブログは読まれなくなっている。きっと1年も経ったら、私のブログが消えたところで誰にも気づかれないだろう」 そう思っていた。 案の定、年明けに全ての記事を非公開にしても、特に誰からも反応がなかった。誰にも気づかれなかったか、なんとも思われなかったのだろう。 寂しいような気もしたが、安堵の気持ちの方が大きい。 正直に言うと、会社員として働き始め、生活の中で
少し以前の事だが、陸上自衛隊の元最高幹部とお酒をご一緒させて頂いている時、こんな質問をしたことがある。 「鈴木貫太郎ってなぜ、あのタイミングで総理大臣を引き受けたのでしょう。実利からも名誉からも全く割に合わないので、よくわからないんです」 鈴木貫太郎とは、太平洋戦争で日本が敗れた時の最後の総理大臣だ。 1945年4月、敗戦のわずか5か月前に、今に至るも史上最高齢となる77歳で着任した首相として知られる。 昭和天皇から、戦争を終わらせるよう直々に大命を受け、文字通り命を懸けて戦争を終わらせた人物といえば、ご存じの方も多いだろう。 その鈴木、元々は生粋の軍人だった。 日露戦争では、駆逐隊の司令として日本海海戦に臨み、多くのロシア艦を撃沈した歴戦の英雄である。 多くの武勲もあり海軍大将まで昇るのだが、退役後は名誉職のポストを歴任しながら老後を養っていた。当然、総理大臣どころか何らの国務大臣を務め
「あいつら、内容の無いことばかり喋ってやがる」と学校や職場の同僚を馬鹿にする人は珍しくない。 世間を知らない学生のセリフかと思いきや、30代、40代の人が同じことをさえずっているのを見てびっくりさせられることもある。ほとんどの場合、こうしたセリフは人望が無い人の口から出てくる。 いつも思弁している人、いつも世界の重要事について考えている人は、世間では少数派だ。 いや、実のところ、「あいつらは内容の無いことばかり喋っている」と言っている本人だって本当はそうなのだ。有意味なこと・重要なことだけを喋る人間など、めったにいるものではない。 仮にいるとしたら、それは事務的な内容や数学の解法のような内容しか喋らない、ロボットじみた人間だろう。 少なくとも、「あいつらは内容の無いことばかり喋っている」などという、内容の無いことをペラペラ喋ったりはしない。 「コミュニケーションの内容」より「コミュニケーシ
どーもー、ズイショと申します。本年もよろしくお願いしますー! 本題ではないので諸々省いて結論から申し上げますと、今の僕はうつ病になってしまい休職中の身となっております。 まず睡眠時間がコントロールできない。朝まで寝れない時もあれば、一日中起き上がれずに布団でうとうとしている日もある。 夜20時に倒れるように眠りにつき25時頃に覚醒してそれから布団に入り直してもずっと眠れない。このテキストは早朝5時に書き始めています。 食事を取れるも取れないもその日次第で家族の団欒の日としたい土日はすき焼きやら寿司やらハンバーガーやら飲み食いはできるが、そんなハレの日に対して家族が家にいない平日のケの日は薬を飲むために仕方なくパウチのゼリーを腹に入れて薬飲んでそれだけなんてことを繰り返しています。半年で体重が10kg減ったり、カップ麺なんかに頼って5kg戻したり。 こんな「うつ病って大変なんだよ」なんて話は
こんにちは、しんざきです。ついこの間まで、2025年って12月60日くらいまで伸びないかなあと妄想していたんですが、気が付いたらもう2026年1月が半分を過ぎていますね。 何なんでしょうこの4倍速展開。イベントテキストを高速スキップする設定のソシャゲか? この記事で書きたいことは、大体以下のようなことです。 ・年末大掃除をしていて、「子どもが欲しがって/必要だと思って」買ったのに案外使われなかったものを色々整理しました ・「使われなかったもの」の共通の原因は、大きく「欲しがる動機が一過性」「片付けや出し入れに手間がかかる」「普段の生活で触れない/目にしない」あたりであった気がします ・つまり、「必要性の検討が不十分だった」「使い始めるまでの手間とハードルを甘く見積もっていた」「普段の行動の導線上になかった」ということになります ・あれ、これシステム開発の仕事でもよくやってるヤツだな? ・開
朝から朝までやりたいことだけやって生きる 以前『NHKスペシャル』でサカナクションの山口一郎さんがうつ病を抱えながら音楽活動を続けているのを見て、色々と心を揺さぶられた。 この年末にはそのドキュメンタリーに、あのすばらしい新曲『怪獣』に関する話が追加されたということで、あらためてはじめから見た。 そして、やっぱり同じところで引っかかるものがあった。 それは、うつ病と診断された山口さんが、自分の現状についての語っている言葉で、正確ではないけれどこんな感じのことだ。 ぼくにとって音楽は趣味…おおげさに言うと人生… でも今はバンドの他のメンバーには家庭があって、生活があって… だけど自分は今も変わらず音楽のことばかり考えている… 朝から朝まで… 本当に、ぼくには音楽しかないんですよ… その時にぼくが感じたモヤモヤは、共感というより、嫉妬だった。 ぼくは若い頃、コピーライターを目指していて、何年も
リクルートではカルチャーとして、何かを上司に相談すると「あなたはどうしたいの?」と聞かれるという。 リクルートにいたとき、上司に何を聞いても「お前はどうしたいの?」しか言われなくてなんだよコイツって思ってたけど、あるとき「どうしたらいいですか?」ではなく「こうしていいもですか?」と許可を求める行動をしろと言われた。自分の意志がない仕事は楽しくないだろと。すごく真っ当だよねこれ。 — moto (@moto_recruit) November 17, 2025 私が所属しているコンサルティング会社でも、同様のカルチャーがあり、 「で、安達さんはどうするの?」 「安達さんはどう思う?」 と、上司に何度も言われた記憶がある。 実際、自分の意見を持ってない状態で、上司に答えだけ求めるようなコンサルタントは 「使えないやつ」認定されて、キャリア的にも厳しい。 まあ、そうだろう。 「上司が出した案をそ
※著者は一時的ストーマ(人工肛門)造成者です。 ※ストーマの種類はイレオストミーです。 ※病気、治療やケアなどに関する知識などは、あなたの医者を頼ってください。 ※これは一当事者の直近の感想にすぎません。 ※必然的に排泄物などの話になります。読みたくない人は、今は読まなくていいと思います。ただ、いつか自分がオストメイトになったとき、なにかの役に立つかもしれないので、ブックマークでもしといたらいいかもしれない。 装具の交換訓練は多いほうがいい おれはNET G1という希少がんの手術で一時的ストーマ(人工肛門)造成者となった。そのあたりについては、承前、ということでお願いしたい。 ストーマ(人工肛門)とわたくし(出会い編) さて、前回はどこまで書いたか。なんとまだ入院中だ。そうだ、おれの入院は長引いた。長引いたおかげでいいことが一つだけあった。看護師さんのアドバイスを受けられる状態でストーマ装
自作の「100日行」をしていました ふと修行をしたいと思い立ち、「100日行」なる計画を勝手に作って、勝手にはじめた。 以前から修行はしたいと思っていたのだけど、家庭も仕事もあって、それらを投げうって山奥にこもったりする勇気は全くなかった。 ところが、ちょっとしたきっかけもあり、ひょっとして修行は別に山奥にこもらなくてもできるのではと思いつき、勝手に修行の計画を作って取り組み始めたのである。 行の内容はシンプルで、毎日、事前に立てた問いに対して答え続けるだけ。 自分は何を手に入れたいのか。 どうなりたいのか。 そのために何が必要なのか。 …などなどの問いを100日分作って、毎日1つずつ答えていく。 ただそれらを自問自答し続けるだけなのだが、やっていくと、実はこれがすごくきついことがわかってきた。 普段はフタをして見ないようにしている自分の内面を、無理にでももう一度ちゃんと見ないといけなくな
年末年始は、Xで見かけた「陰キャでも陽キャでもない無趣味な人に用意された、ドーパミン供給装置としての推し活」というセンテンスを反芻していた。 「推し活」って趣味というより高度にパッケージングされた消費行動でしかなくて、才能を持った他人の人生に相乗りして成功体験をインスタントに得ているだけ。 本質は疑似恋愛とかじゃなくて疑似成功体験なんだよな。 陰キャでも陽キャでもない無趣味な人に用意されたドーパミン供給装置としての推し活 — なぎ (@nagijanaiyo) December 4, 2025 1800万回以上表示されたというから、なかなかのバズだ。書き方も巧妙で、投稿者は「無趣味な人にドーパミンを供給する装置としての推し活(があり得る)」というエクスキューズ含みの書き方を選んでいる。 つまり、「推し活をやっている人々=無趣味」とは言い切っていないのだが、そういう風に解釈し、感情的なリアク
1年の最終日。今年を振り返りながら書いてみたい。 2024年末から2025年にかけて、「言語化」がブームだったようだ。 Amazonで検索してみると「言語化」関連の書籍がわんさか出てくる。 私もこのビッグウェーブに乗り、「バイトするなら、タウンワーク」などのコピーで知られる、コピーライターの梅田さんと、日経ビジネスで随分と「言語化」について話させていただいた。 ひとつ上の言語化 三省堂が2015年から開催するキャンペーン「今年の新語」で、2024年の大賞に輝いた「言語化」。かつて学術の世界に留まっていたこの言葉は、メディアでの露出を重ねながら私たちの日常に浸透し、静かなブームを起こしている。書店の棚を埋める関連書籍、そして「上手な伝え方」への関心の高まり……その背景には、複雑化する現代社会で胸の奥に渦巻く感情や思考を、的確に表現したいという切実な願いがある。 しかし、コミュニケーション技術
どうもこんにちは、しんざきです。 ここ最近は、大きめな組織の調整役みたいなことをやってまして、よく知らん分野での喧嘩を「まあまあ皆さん落ち着きましょう、知らんけど」的に調整する仕事で主に生計を立てています。そろそろDB設計やりたいです。 この記事で書きたいことは、以下のようなことです。 ・「対立軸を明確にする」、つまり「敵対関係」を作ってしまうことを避けがちな人は多いように思います ・ひとことで「対立」といっても色々あって、ざっくり言うと「人間関係的な対立」と「仕事の内容や方法についての意見の相違」があります ・上手に対立軸を作ると、「論点が明確になる」「ゴールラインが明確になる」「意思決定のスピードが早まる」「曖昧な要件が減る」などのメリットがあります ・そのためには以下のようなことが大事かなあと思っています -「誰と誰がどう対立しているのか」を早めに整理して、その対立軸を周囲に明示する
※著者は一時的ストーマ(人工肛門)造成者です。 ※ストーマの種類はイレオストミーです。 ※病気、治療やケアなどに関する知識などは、あなたの医者を頼ってください。 腹にストーマができるまで これまでのおさらいをしたい。おれの腹にストーマができるまでのおさらいだ。 なぜ、おれの腹の上にストーマがあるのか。手術をしたからだ。 なんの手術か。大腸切除の手術だ。なぜそんな手術をすることになったのか。おれの直腸にNET(神経内分泌腫瘍)という希少がんがあったからだ。 その希少がんはなぜ見つかったのか。大腸内視鏡検査をしたからだ。 なぜおれは少なくない金を払って検査を受けたのか。そのときのことはちゃんと書き記してある。 中年の異常な執念、あるいは私は如何にして大腸内視鏡検査を受けるようになったか おれが大腸がんから連想したのは、まず人工肛門だった。人工肛門を使用している人やその家族には悪いが、「人工肛門
「最近、全然リーチが取れなくなった」 ここ1〜2年、企業のSNS担当者の方と話していると、必ずと言っていいほどこの言葉が出ます。SNSマーケティング支援に携わる私自身も、実感する場面は多いです。 企業のマーケティング活動において、SNSの活用は随分一般的になりました。ChatGPTを始めとする生成AIを活用し、投稿用テキストや画像、動画制作を効率化している企業も少なくないでしょう。 しかし、SNSをオウンドメディアとして活用するだけでは、以前のような成果を得ることは難しいのが現状です。「SNSは無料で生活者に情報を届けられる」「良い投稿さえすれば自然に情報が広まって、もしかしたらバズるかもしれない」という期待をもっている方は、認識をアップデートする必要があります。 というのも、SNSは今や「レコメンドメディア」となり、以前ほどシンプルに成果が出せる媒体ではなくなったからです。 2026年を
はじめに、今月上旬にやたらとバズった以下のXのポストをご覧いただきたい。 「惚れた」と「社会適応にとってプラス」が重なりあう体質の人を例外として、大半の人にとって、配偶の相手として最適な人物と恋愛の相手として最高に思える人物って別じゃないですか。 それならもう、配偶や結婚や人生にとって恋愛は要らない子、なんなら足を引っ張る子でしょう? https://t.co/YuzoUG8zoP — p_shirokuma(熊代亨) (@twit_shirokuma) December 6, 2025 家族やパートナーとして長く付き合っていくのに適した異性と、恋愛において魅力的とみなされる異性がイコールではないことが多い。だとしたら、合理主義的に考えて、恋愛は人生の舵取りにとって邪魔な存在、控えめに言ってもせいぜい脇役の域を出ない存在であるはずだ。 そのことをXに書き置きしたらたくさんの引用リポストが集
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