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世界99 上下巻セット 集英社Amazonこの『世界99』は『コンビニ人間』などで知られる村田沙耶香の3年以上にわたる連載をまとめた大長篇だ。10人の子どもを産むことで一人の人間を殺しても良い、特殊なシステムが生まれた日本を描き出す「殺人出産」や、カジュアルに人が自死するようになり『可愛い死に方100選』のような本が本屋に自然と並ぶようになった世界を描く出す「余命」のようにラディカルな形で出産や死を扱う短篇を書いてきた村田沙耶香だが、本作はそうしたSF的な短篇群の集大成的な長篇といえる。 僕も2025年の3月に刊行されて少ししてから読んでいたのだが、久々に衝撃を受けたと言うか、うーんと考え込んでしまうようなSFで、どう紹介しようか、と考えあぐねているうちにだいぶ時間が経ってしまった。僕はSFを読みすぎたこともあってかだいたい元ネタや潮流がわかって、半ば予想&身構えながら読んでしまう。 だが
肉は美し 作者:アグスティナ・バステリカ河出書房新社Amazonこの『肉は美し』はブエノスアイレス生まれの著者による、人肉食が合法化された世界を描き出すディストピアSFホラー長篇だ。2017年に刊行された本作は、ショッキングな設定ながらも全世界100万部を突破しており、かなりの話題作といえる 人肉食が合法化されているということは、食用の人間を育てる場所もあれば、育て上げた人間を屠殺する人間もいるわけで、どのように食用人間が管理・運用・繁殖させられているのか、人々はどのような感想をもらしながら人の肉を食うのか、人肉食産業に関わるものはどのような思いや葛藤を抱えながらその仕事を行っているのか。そうした細々とした部分が、これでもかというほどに描きこまれていく。 今年読んだ中でもぶっちぎりレベルで胸糞が悪い小説といえる。村田沙耶香『世界99』も相当な胸糞小説だったので、現状は同率一位といったところ
ターミネーション・ショック 作者:ニール・スティーヴンスン,坂村健パーソナルメディアAmazonこの『ターミネーション・ショック』は、『スノウ・クラッシュ』をはじめとした数々の近未来・テクノロジーSFで知られるニール・スティーヴンスンによる最新の気候変動SF長篇だ。現在全世界規模で気候変動が進行していて、信じられないぐらい高温な日々が続いたり、ハリケーンが多発したり、海面が上昇したりと様々な実害がすでに各所で出ているが、そうした気候変動が未来に何を引き起こすのか。また、それにどう対抗するのかといった要素を描き出すのが、「気候変動SF」になる。 数多くいるSF作家の中でもニール・スティーヴンスンはとりわけ大好きな作家のうちの一人であり、読み終えて本作は傑作だと思ったが、一方で誰しもにオススメできる作品でもないというのが正直な感想であった。冒頭から二段組で40ページ以上に渡って長々とテキサスで
火星の女王 作者:小川 哲早川書房Amazonこの『火星の女王』はNHKの放送100年特集ドラマ「火星の女王」の原作にして、『君のクイズ』や『地図と拳』で知られる作家・小川哲によるSF長篇だ。小川哲は今年でデビュー10周年だというが、デビューは早川書房が主催するSFの長篇新人賞「SFコンテスト」への受賞作『ユートロニカのこちら側』からだった。 その後、早川書房で第二作にしてカンボジアの歴史と未来をゲームで統合した骨太のSF歴史長篇『ゲームの王国』で日本SF大賞受賞、山本周五郎賞受賞と新人作家としての力量、そして評価を確固たるものとし、その後は短篇集も挟みながら様々なジャンルでその才能を開花させてきた。そのどれもが方向性は少しずつ異なるにもかかわらず傑作で、現在30代の日本の作家としては最大の注目株といえるだろう。 そんな小川哲の最新作が、NHKの放送100年特集ドラマ、それも火星が舞台のド
ヤバい保険の経済学――〈選択問題〉で、なぜいつもコケてしまうのか? 作者:リラン・エイナヴ,エイミー・フィンケルスタイン,レイ・フィスマンみすず書房Amazonこの『ヤバい保険の経済学』は、特に保険でよくみられる「選択問題」、またこれが存在する「選択市場」の難しさを扱った一冊になる。選択問題って何?? 複数の選択肢から一個選ぶ系の問題? と思うかも知れないが、まったく違う。 「選択市場」とはどのようなものかといえば、条件は主に二つある。第一に、買い手は売り手の知らない自分についての情報を持っていること。二つ目は、買い手がどれほど良い顧客になるかに、この情報が影響を与えることだ。たとえば医療保険を売る側からしてみれば、「健康そのもので死ぬまで病気もしない顧客」を相手にしたい。しかし現実的にはそうではなく、健康に不安を抱える人間ほど、医療保険を求めるし、顧客の真の健康情報は(たとえば運動するか
絶滅の牙 (創元SF文庫) 作者:レイ・ネイラー東京創元社Amazonこの『絶滅の牙』は最新のヒューゴー賞でノヴェラ部門を受賞した、マンモスが〝脱絶滅〟を果たした未来を描き出す遺伝子工学SFだ。マンモスが遺伝子編集技術で復活する! と簡単に言うが、そこには多数のハードル・課題が存在する。 この未来の世界でもまだマンモスの遺伝子を完全に再現して作り出すことはできないから、あくまでも象の遺伝子を編集して「マンモスに近い何か」を作り出すことしかできない。そのうえ、おそらく群れで暮らしていたマンモスを単体で蘇らせても動物園の見世物にしかなんらず、真の復活のためには生態系ごと復活させる必要がある。さらには肝心のマンモスも「自分たちがかつてどうやって生きていたのか」など知るよしもないから、その教育が必要で──と、そこまでやっても今度はマンモスが多数保護区に復活したら今度は当然その牙を狙う密猟者たちがう
7 作者:トリスタン・ガルシア河出書房新社Amazonこの『7』は、フランスの小説家・哲学者のトリスタン・ガルシアによる、連作短篇集と長篇の間のようなSF作品集だ。物語は6つの短篇と一つの中篇から構成されているが、中篇(死んでも同じ自分に転生し幾度も生をやり直す男性の物語である)の中でそれまで語られてきた6篇に「あらたな意味を付与」する文脈が産まれ、ひとつひとつは独立した短篇・中篇でありながらも、通して読むとまとまりがある、そういう独特な構成になっている(同じ世界観の話というわけでもないんだよね)。 で、僕は著者の名前を知らず、単純に河出書房新社の新刊案内を見て「SFっぽい要素もありそうだなあ」と思って手にとって(僕はSFマガジンで翻訳SFブックガイドの連載を持っているので、翻訳SFならチェックする必要がある)読んでみたのだが、何の期待もしていなかったのにこれがあんまりおもしろくて最初の一
OUTLIVE(アウトリブ) 人はどこまで生きられるのか 健康長寿の限界を超える科学的戦略 作者:ピーター・アッティア,ビル・ギフォードNHK出版Amazonプーチンと習近平が臓器移植や永遠の命について語り合ったというニュースが先日世界をかけめぐった。権力者はなんでも思い通りになるものだから、最終的にはどうにもならない「自分の寿命」をなんとかしようとするものだ。幸いなことに現状「永遠の命」はどうにもならなそうだが、寿命の延長については研究が進んでいる。 『LIFESPAN』を皮切りに、ポピュラー・サイエンスノンフィクション界隈でも「科学的な知見に基づいて、「健康的な」寿命を増やすにはどうしたらいいのか?」というテーマの本は数多く出て人気となっている。本書『OUTLIVE』も、そうした流れに連なる一冊だ。国立がん研究所で、メラノーマの免疫療法の研究に従事するピーター・アッティアによる、「健康
ドクトル・ガーリン 作者:ウラジーミル・ソローキン河出書房新社Amazonこの『ドクトル・ガーリン』は、ロシアを代表する作家のひとりウラジミール・ソローキンによって2021年に刊行された、邦訳としては最新の長篇となる。ソローキンの作品としては、単独の長篇としては『ロマン』に次ぐ大作で(三部作なら『氷』が一番長い)、そのうえ「集大成的な作品らしい」という話は伝わってきていたから期待して読み始めたのだが、いやーこれはなかなか変な、掴みどころのない話だ。 本書が刊行された当初は2021年とコロナ禍がはじまったばかりの頃で、核攻撃が頻発する最中北を目指して旅を続ける医師ガーリンとG8首脳のクローンたちという構図や冒険活劇展開の意図が測りかねられていたようなのだ。訳者あとがきでも、最初に『作中で描かれる核攻撃や、戦争難民となる主人公たちの波乱に満ちた冒険活劇、そしてソローキンの作品としては珍しいヒュ
世界自炊紀行 作者:山口祐加晶文社Amazon この『世界自炊紀行』は、『自分のために料理を作る』などで知られる自炊料理家の山口祐加による、世界12カ国をめぐって各家庭の自炊料理や料理観を調査し、まとめた一冊である。僕も結婚してからずっと家の食事当番で、毎日「今日のご飯は何にしようかな」と頭を悩ませている。レシピならなんでもいいわけではなくて、近所のスーパーで売ってそうな食材しか使っていなくて、かつ時間をとらずに作れる料理でなくては毎日作れないので、実は選択肢はそう多くないのだ。夜ご飯のレパートリーの参考にもなるかなと思い手を出してみたのだが、こーれがめちゃくちゃおもしろい! まず、家庭での料理、自炊に対する考え方が各国で大きく異なることに驚かされたし、同時に「今まで自分が持っていた自炊観」が、世界でもハズレ値的に珍しいものであることが明らかになっていく。もちろんレシピ本的にも参考になって
GROWTH――「脱」でも「親」でもない新成長論 作者:ダニエル・サスキンドみすず書房Amazonこの『GROWTH』は、ロンドン大学キングス・カレッジ研究教授にしてテクノロジーの社会へのインパクトが専門の学者である著者が「経済成長」について語った一冊だ。経済成長は現代社会では大いに優先されるものである。国のGDPを上昇させ、技術やテクノロジー、新たな製品やサービスを生み出し続け、年月に応じて社会はより便利になってきた。仕事の時間はまだまだ多すぎると言われるが、それでも労働時間は減少し、ライフワーク・バランスもぐっとライフ重視へと移り変わってきた。 一方で、経済成長は問題ももたらす。石油燃料をガンガン燃やせば、気候変動を加速させる。AIの活用を推し進めれば、人間を次々解雇していくのが最適解になる。その結果として、経済成長をしているけれども、社会全体は大きなマイナスを被ってしまう──そうした
呼吸を取り戻せ――肺移植がもたらす奇跡と悲劇 みすず書房Amazonこの『呼吸を取り戻せ』は米国で移植医として長年勤務してきたデヴィッド・ワイルが書く、米国の移植医療にまつわる話と彼の人生を綴った回顧録だ。「移植医」とは耳慣れない言葉だが、外科手術を担当する呼吸器外科医ではなく、臓器移植に関する様々な決定に関わる移植プロジェクトのリーダー的な立ち位置のことらしい。 具体的には、誰がいつ移植を受けるかの発言権を有し、移植者の診断などを行い、術後のリカバリー管理、プログラム運営の責任も担うなど、移植の外科的な手術以外の多くの側面を担う専門家といったところだろうか。上記の説明に加えて解説の仲野徹いわく、『肺移植適応の可能性がある患者を、移植前から移植後まで一貫してケアし「生涯にわたる深い絆を築く」のが移植医、著者の職業だ。』ということになる。 移植医療をめぐる状況を綴ったノンフィクション 本書は
幽霊の脳科学 (ハヤカワ新書) 作者:古谷 博和早川書房Amazon睡眠中に枕元に立っている幽霊やろくろっ首、金縛りなど「定番」の幽霊譚・怪異譚というのは数多い。現代科学的な観点でいえばそうした幽霊が「実在」していないのは明らかだが、かといって何人もが体験談を披露するような定番のエピソードが存在する場合、それらを脳内に生み出す「何か」は存在するのではないか。それを解き明かしていくのが、脳神経内科医の古谷博和による『幽霊の脳科学』だ。 統合失調症など明確に幻覚をみる病気がある以上、そりゃ幽霊譚の中には脳科学で説明できるものもあるだろうけど、そんな本一冊になるほど説得力のある論が展開できるもんかなあ。こじつけめいた話なるのではないか……と若干疑りながら読み始めたのだが、豊富な臨床経験からくる実例の数々に加え、幽霊譚と脳科学の結びつけはどれも説得力があるもので、こーれはおもしろい! と太鼓判をお
AIは私たちの学び方をどう変えるのか―BRAVE NEW WORDS― 作者:サルマン・カーン東洋館出版社Amazonこの『AIは私たちの学び方をどう変えるのか』は、誰もがどこにいても無償で世界水準の教育を受けられることを使命とする非営利団体のカーンアカデミーを創設し、OpenAIと組んでAIを組み込んだ教育プラットフォーム「カンミーコ゚」なども開発しているサルマン・カーンが、AI✗教育の未来について語った一冊だ。 OpenAIに投資し、支援を受け、教師AIの分野でも当事者ということで、立場的には偏ったものになるが、ここで語られている「教師AIの有用性」は確かなもので、たしかにこうした活用手法は有用だろうな、と思わせる説得力がある。また、ChatGPTを教師役にするには依然として問題があるわけだが(間違いを教えられるなど)、そうした問題にどう対処すべきなのか。また、この生成AIを当たり前に
人間には12の感覚がある 動物たちに学ぶセンス・オブ・ワンダー (文春e-book) 作者:ジャッキー・ヒギンズ文藝春秋Amazonこの『人間には12の感覚がある』は、人間と動物の各種感覚──嗅覚とか視覚とか──について書かれた一冊だ。それって五感のこと? であれば十二もないんじゃない? と思うかも知れないが、現代の神経学者らによれば人間の感覚が五感に絞られるのは古い話で、今では三十三種類にものぼるという。感覚についての定義が明確になされているわけではないので専門家の間でも人間が持つ感覚の数について完全な一致はとれていないが、少なくとも五〜六感で終わり、ということはないわけだ。 本書の構成でおもしろいのは、人間の感覚をただ取り上げていくのではなく、常にそれとセットで人間以外の動物の特異な知覚について合わせて語られていくところにある。たとえば第一章では人間の色覚について触れているのだが、最初
御利益を科学する 宗教の儀式や祈りはなぜ効くのか 作者:デイヴィッド・デステノ,児島修白揚社Amazon世の中を見渡してみると儀式が多い。結婚式や葬式は言わずもがな、子どもが生まれたら七五三やらお宮参りやらお食い初めやらがどんどんと押し寄せてくる。 この『御利益を科学する』は、そうした日常の中に存在する儀式の数々から、キリスト教やイスラム教、仏教といった宗教が行う儀式が、「なぜ効くのか」を科学的に解き明かそうとする一冊である。著者のデイヴィッド・デステノはアメリカの大学の心理学教授で、瞑想や儀式がもたらす(実際的な)効果についての研究を行っている。たとえば、著者の研究チームは、人は他者(または神)に感謝すると、大切な人だけでなく、見知らぬ人にたいしても正直かつ寛容になることを発見したという。 他の研究は、宗教的実践が不安を和らげ、抑うつを軽減し、さらには身体の健康を増進することを明らかにし
毎年夏頃に恒例となっている早川書房の電子書籍最大80%割引のセールがきているので、今回も「前回から今回にかけて、新しくセール対象になった作品」を中心に紹介していこうかと。この夏のセールが作品点数的には年間を通して最大になるので、気になるものがあるなら次回を待つよりも今回抑えておくことがオススメされる。 特に今回は久しぶりのKindleセールであることもあってか『一億年のテレスコープ』とか『マン・カインド』とか、SFもノンフィクションも傑作揃いで、セール対象作品を探しながら「おお、これもなのか!!」「え、これも!?」と驚きの悲鳴が何個も上がった。紹介作品の期間的には、だいたい2024年5月頃〜2024年12月頃の作品までが新しくセール対象になっている。僕の得意分野がSFとノンフィクションなので、毎度のことだけれどもSFとノンフィクションを中心にオススメしていこう。 amzn.to SF・ファ
頂点都市 (創元SF文庫) 作者:ラヴァンヤ・ラクシュミナラヤン東京創元社Amazonこの『頂点都市』は、生産性や思想のスコアで厳格に個々人の評価が管理され、下位の10%に選ばれてしまったら最後デジタル社会からはじき出されてしまうディストピア化した近未来の都市”頂点都市”を舞台にした連作短編集だ。著者のラヴァンヤ・ラクシュミナラヤンはインドの作家・ゲームデザイナーで、本作がデビュー作。 もともとあまり読み慣れないインド作家のSFという時点で(未知のものが読めそうなので)だいぶ期待していたが、本書はインドの出版社が刊行した作品ながらもアメリカでローカス賞短編集部門のファイナリストとなったり、イギリス版がアーサー・C・クラーク賞の候補になったりと評価が高く期待はさらに大きくなっていた。 ソーシャルなスコアが実際の生活に影響を与える未来というのはSF的には何ら新しいものではないし(そもそも中国を
未来 作者:ナオミ・オルダーマン河出書房新社Amazonこの『未来』は、女性に電撃を放つ力が突如として宿り、女性が男性を支配するようになった世界を描き出した長篇『パワー』の著者ナオミ・オルダーマンの最新長篇である。前作が女性というジェンダーの意味を直接的に取り上げてヒットになった作品だったので、しばらくはジェンダーをテーマにした路線で行くのかなと思っていたのだが、そこで出てきたのは『パワー』とはまったく異なる──しかし同じぐらい衝撃的かつぱっと見は荒唐無稽で、パワーに満ち溢れた長篇であった。 今回のテーマはタイトルがそのまま現しているように、「未来」だ。昨今、AIが著しい勢いで発展している。AIは人工知能などと訳されるから「知能」であるとみなされているが、その仕組を紐解いてみるとやっていることは知能というより「高度な予測・シミュレーション能力を持ったアルゴリズム」という方が正確だ。それはつ
宇宙墓碑 現代中国SFアンソロジー (ハヤカワ文庫SF) 作者:倪 雪婷早川書房Amazonこの『宇宙墓碑』は、中国生まれ英国育ちの倪雪婷が編・翻訳を務めた、英語圏向けの中国SFアンソロジーの邦訳版である。中国SFは本邦でも流行を迎えており、中国SFアンソロジーに限っても、ケン・リュウによって編集された『折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー』をはじめとして片手で数え切れないほど出ている。*1 そんな中新しく加わった本書『宇宙墓碑』の(これまでの他アンソロジーと比べての)特徴がどこにあるのかといえば、まず比較的新しい(2021年)、英語圏向けに刊行された作品であるということ、そして編・訳者は中国で生まれ英国に渡った倪雪婷であること、最初から文庫で出ていることなどが挙げられる。が、まず何よりも推しておきたいのは、各作品のレベルが純粋に高いことだ。他のアンソロジーもおもしろいのだけど、本書収
世界の終わりの最後の殺人 (文春e-book) 作者:スチュアート・タートン文藝春秋Amazonこの『世界の終わりの最後の殺人』は、タイムループ物の特殊設定ミステリー『イヴリン嬢は七回殺される』や17世紀の帆船で起こった怪事件を追う『名探偵と海の悪魔』など、ミステリーという共通事項以外はバラバラのギミック・舞台・テーマで長篇を紡いできたイギリスの作家、スチュアート・タートンの最新邦訳作だ。 テーマとなっているのはタイトルにも入っているように「世界の終わり」。物語の舞台は謎の現象”霧”によって人類の大半が死滅し、最後に残された人々がバリアに守られて暮らすギリシャの島。90年以上に渡り殺人は発生していなかったが、ある時、長老と呼ばれる人々のうちの一人が殺されてしまう──。そしてとある事情からこの人物の死の謎を解かなければ、霧からこの最後の人類の生き残りを格納する島を保護するバリアが失われたまま
パラドクス・ホテル (創元SF文庫) 作者:ロブ・ハート東京創元社Amazonこの『パラドクス・ホテル』は、米国の作家ロブ・ハートによる時間SFミステリ長篇だ。物語の舞台になっているのは過去へのタイムトラベル技術が実用化された未来で、「時間離脱症(アンスタック)」と呼ばれる厄介な病にかかってしまった主人公ジャニュアリーと、タイムトラベル用の港に併設されたホテルで起こった世界を揺るがす大事件(とそこで起こった殺人事件)を追っていく構成になっている。 時間離脱症はタイムトラベラーがかかる病で、初期症状としては現在ではない過去や未来の情景が視界に映り込み、最終的には心が量子状態に陥り、負荷に耐えきれなくなって死に至るとされている。主人公のジャニュアリーはこの時間離脱症の初期症状がでているせいか、勤務先のホテルで「彼女以外見ることのできない、時間の止まった死体」を幻視してしまい──と、時間SFと殺
NEXUS 情報の人類史 上 人間のネットワーク 作者:ユヴァル・ノア・ハラリ河出書房新社Amazonこの『NEXUS』は、ホモ・サピエンスが世界を支配しているのは、特別に賢いからではなく「虚構」を操作し大勢で柔軟に協力できる唯一の種であると示した人類史本『サピエンス全史』で一躍有名になったユヴァル・ノア・ハラリの六年ぶりの大作ノンフィクションだ。今回のテーマは、副題にも入っているように「情報」になる(メインのNEXUSはつながりとか絆を意味する単語だが、その意味はのちにわかる)。 われわれはDNAからブラックホールまで、あらゆるものについて膨大な情報を獲得し、積み上げてきたにもかかわらずどうして世はこんなにもままならないのか? いまだに戦争も貧困も根絶することはできない。長期的にみたら世界は平和になっていることも示されているが、少なくとも短期的には著しい落ち込みを示すこともある。 私たち
テクノ封建制 デジタル空間の領主たちが私たち農奴を支配する とんでもなく醜くて、不公平な経済の話。(集英社シリーズ・コモン) (集英社学芸単行本) 作者:ヤニス・バルファキス,斎藤幸平集英社Amazonこの『テクノ封建制』は、『父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。』で知られる、経済学者ヤニス・バルファキスによる新刊で、テーマは「ポスト資本主義に移行している、現代の経済をめぐる状態について」になる。 バルファキスの著作には他にも、物語仕立てで「資本主義後以外の制度」を考察していく実質的なSF作品『クソッたれ資本主義が倒れたあとの、もう一つの世界』もあるが、本作もそうした、現代における資本主義の意味とそれ以外の未来を問い直していく流れの中にある一冊だ。本作でも前著で語られた「資本主義以降の制度の模索」はわかりやすく繰り返されているので、本作から読んでも特に問題
バベル オックスフォード翻訳家革命秘史 上 (海外文学セレクション) 作者:R・F・クァン東京創元社Amazonこの『バベル』は、R・F・クァンの四作目の長篇にして、ローカス、ネビュラなど数々の文学賞を受賞&ノミネートされた話題の本格ファンタジイ・歴史改変スペキュレイティブ・フィクションだ。著者は1996年に中国の広東省に生まれ4歳の頃にアメリカに移住し、数々の話題作を世に送り出している今最注目の作家の一人になる。 賞的な評価も高かったこともあって、期待して読み始めたのだけど、いやーこれが噂に違わずおもしろい! 揺らぎのある翻訳が魔法になるという独特な世界観。19世紀前半を舞台にし、翻訳=魔法を教えるオックスフォード大学に入学してくる多言語使いの若者たち──という冒頭の座組は完全に《ハリー・ポッター》なのだけど、多言語話者を集めたいという魔法の都合上、集められた若者たちは中国人や黒人といっ
課税と脱税の経済史――古今の(悪)知恵で学ぶ租税理論 みすず書房Amazon税金は基本的にあらゆる人々の生活に関わり、その行動に影響を与える。たとえば消費税がいついつから上がるとなればその前までに駆け込み需要が発生するものだし、タバコ税が上がればこれを機会にタバコをやめようという人も現れる。 17世紀のイングランドでは窓の数に応じて課税される「窓税」があったのだが(なぜなら窓がたくさんある家に住んでいる人は裕福だと思われていたので)、窓の個数に応じて課税額が変わったので、人々は自宅の窓を塞いでまわった。理不尽な税金が課せられた時、国家を転覆させるほどの暴動に発展することも珍しいことではない 本書『課税と脱税の経済史』は、こうした課税者側と、税金をなんとか逃れようとしてきた人々の歴史を紐解き、「公平な」課税方法は存在するのか。未来の課税方法はどのようなものでありえるのか。「真の課税負担者」は
マンガの原理 作者:大場 渉,森 薫,入江 亜季KADOKAWAAmazonこの『マンガの原理』は、『Fellows!』『ハルタ』や『青騎士』の創刊編集長である大場渉と、『乙嫁語り』『エマ』『シャーリー』で知られる森薫、『乱と灰色の世界』『群青学舎』の入江亜季による「体系的な漫画理論・技術」本だ。 その特徴といえるのは、コマをどうやって割るべきか、一コマ、一ページにセリフはどれだけ割り当てるべきか、めくりを意識したコマ配置、見せ場をおくべきコマはどこか──といった、細かいレベルから技術的な話を繰り返していく点にある。また、森・入江はどちらも高い技術を誇り自分なりの理論を構築している漫画家だが、大場編集はより多くの漫画に普遍的に使えるメソッドとして練り上げていて──と、作家側と編集側の視点が同時に読めるのが本書の場合良い効果をあげていると感じた。 ストーリーの作り方、キャラの立て方、視線誘導
ブック・ウォーズ――デジタル革命と本の未来 作者:ジョン・B・トンプソンみすず書房Amazonこの『ブック・ウォーズ』は商業出版・学術出版の研究などで知られる社会学者J・B・トンプソンによる、「本」とそれを取り巻く出版業界が、デジタル革命時を経てどのような変容をしてきたのかを描き出す大著だ(600ページ&5000円超え)。 今となってはデジタル革命による結果をわれわれ読者は当たり前のように受け取っている。たとえばこのようなノンフィクションも当たり前のように発売日付近に電子書籍で買えるし、デジタル革命初期は物珍しかったオーディブルもエンターテイメントフィクションを中心に作品が揃っている。クラウドファンディングで資金を募っての出版プロジェクトも今では珍しいものではないし、本についてpodcast、YouTubeで語る人も増え、その気になればKDPなどを用いて個人で出版するのも簡単だ。日本は小説
私はいかにハリウッドで100本の映画をつくり、しかも10セントも損をしなかったか (ハヤカワ文庫NF) 作者:ロジャー・コーマン,ジム・ジェローム早川書房Amazonこの『私はいかにハリウッドで100本の映画をつくり、しかも10セントも損をしなかったか』は低予算映画の王、B級映画の帝王などと呼ばれたロジャー・コーマンによる自伝的一冊だ(ジム・ジェロームとの共著)。もともと単行本で出ていたものが、今回文庫で復刊された(2024年にコーマンが亡くなったのも関係しているのだろう)。 彼は脚本家として映画業界でのキャリアをスタートさせ、その後映画プロデューサー・脚本家・監督、そして制作・配給まで会社まで立ち上げ、利益を上げ続けた。彼の映画製作の特徴は「とにかく早く、安い、そのわりにおもしろい」という点にある。本書には自伝的な要素だけじゃなく、彼の周辺にいた様々な人へのインタビュー文章も含まれている
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