◆ヤクルト3―2広島(9日・神宮)

 劇的な一打に神宮の杜(もり)が、歓声と涙に包まれた。同点の延長12回先頭、ヤクルトの大松が代打サヨナラ本塁打。かつてのロッテの主砲。戦力外からテスト入団まで経験した34歳。昨季のアキレスけん断裂や車いす生活を乗り越え、新天地で輝いた。ヤクルトでは4月2日のDeNA戦で鵜久森が放って以来の代打サヨナラ弾。チームで同一シーズンに代打2人がサヨナラ弾を放ったのは、51年ぶりだ。オリックスから移籍した近藤が移籍後初勝利を挙げた。

 思いを込めた放物線が、右翼席へと描かれた。大松は走り出しながら、願った。「頼む! 入ってくれ!」。スタンド最前列に白球が吸い込まれた瞬間、自然と人さし指を立てていた。サヨナラだ。ぼやけて見える本塁上の輪に、ヘルメットを投げて突っ込んだ。勝利の味は、頭上から浴びせられたスポーツドリンクの、甘美なものだった。

 延長12回無死、代打で登場。中田の2ボール1ストライクからの内角スライダーを捉えた。ロッテ時代の14年4月25日の日本ハム戦(札幌D)以来、1110日ぶりのアーチは、ヤクルトでの1号劇弾だ。昨オフにロッテを戦力外となり、今春キャンプで入団テストを経てヤクルト入りした男は「拾っていただいた。獲って良かったと思ってもらうのが、一つの目標だった」と恩返しに胸を張り「いつかその日が来ると信じてリハビリしてきた。感無量です」と笑った。

 この瞬間のために、試練を乗り越えた。ロッテにいた16年5月29日のイースタン・楽天戦で右アキレスけんを断裂した。「何が起こったか分からなかった。ただ、大事なものがなくなったな、と」。縫合手術を受け、全治6か月。「一回、野球ができないところまで行ったけど、もう一回打席に立ちたいという気持ちは忘れなかった」。車いす生活を経て、始まったリハビリ。自力で立てたことが、前日より一歩多く歩けたことが、何よりうれしかった。

 今でも超音波治療で患部をほぐすなど、毎日のケアを欠かせない。「でも、やることが多いということは、まだまだ良くなる。伸びしろがあるということです」と笑い飛ばす。野球ができることに感謝し、前向きに捉えられるのも、リハビリで心が強くなったからだ。

 移籍後、初のお立ち台。上る直前、ナインに告げた。「もしかしたら、泣くかもしれん」「大松さん、きょう泣きま〜す!」。若手に、はやされたことで逆に冷静になれた。「初めまして。ヤクルトスワローズの大松尚逸です」。開幕前の2軍でもヒーローインタビューを受けたが「神宮までとっておく」と温存していた自己紹介を、ツバメ党にはっきりと届けた。「まだまだベテランじゃない。ちょっと年いってる経験を生かしたい」。野球人生の第2章。新たなページを華々しく刻んだ。(西村 茂展)

 ◆大松 尚逸(おおまつ・しょういつ)1982年6月16日、金沢市生まれ。34歳。金沢高、東海大を経て2004年ドラフト5巡目でロッテ入団。08年には24本塁打、91打点をマークし球宴にも初出場。16年に戦力外となり、17年ヤクルトにテスト入団。184センチ、93キロ。左投左打。